映画を観終わったあと、
感想を言葉にできない瞬間ってありませんか?
「面白かった」でも
「悲しかった」でもない、
「...。」としか言いようのない、あの独特な余韻。
私にとって、
それを一番強く感じさせてくれるのがポン・ジュノ監督の作品です。
ポン・ジュノ作品を観終わったあとに残るあの感覚は、
「え、そうなるの?」という呆気にとられる感覚と、
「なんとも言えない、やるせない」という感覚が、
ほとんど同時に押し寄せてくるものだと思っています。
この2つが
分かちがたく混ざり合っているからこそ、
他の監督の作品では味わえない独特な後味を残してくれるんです。
社会を描く作品に見る、呆気とやるせなさ
「パラサイト 半地下の家族」は、
後半の急展開に呆気にとられながら観る人が多い作品だと思います。
でも、
あの衝撃的な展開が終わったあとに残るのは、
格差という構造そのものは誰にも解決できないまま、
また日常が続いていくというやるせなさです。
誰か一人が悪いわけじゃない。
でも、何も変わらない。
その虚しさが、じわじわと効いてきます。
「吠える犬は噛まない」も、「スノーピアサー」も同じです。
社会の理不尽さをコミカルに、
時にグロテスクに見せつけながら、
笑ったあとにふと虚しさが残る。
ブラックユーモアと社会風刺が効いているからこそ、
笑いと虚しさが、表裏一体で襲ってくるんだと思います。
ずっしり残る作品に見る、呆気とやるせなさ
「殺人の追憶」は、
私にとって今でもずっと考え続けている作品です。
あの結末に呆気にとられると同時に、
真実がわからないまま時間だけが過ぎていく・・・
という、やるせなさが胸に残ります。
答えが出ないまま終わる、
その「わからなさ」自体が、この作品の本質なんだと思います。
「母なる証明」も、同じくらい強烈でした。
母親の行動に呆気にとられながら、
その裏にある業や愛のかたちに、
言葉にならない、やるせなさを感じずにいられませんでした。
傾聴の仕事との繋がり
こうした「呆気」と「やるせなさ」は、
実は私の仕事とも、どこかで繋がっています。
チャットレディとして、
そして今は
ココナラで相談を聴く仕事をする中で、
「え、そうだったんですか・・・?」
・・・と呆気にとられるようなお話を聴くこともあれば、
答えの出ない、
やるせない気持ちを
ただ抱えている方のお話を聴くこともあります。
そのどちらも、
無理に解決しようとせず、そのまま受け止めることが、
私の仕事の核にあるものだと感じています。
おわりに
呆気にとられることも、
やるせなさも、
無理に意味づけしなくていいと思うんです。
ポン・ジュノ監督の作品が、その感覚を否定せず、
そのまま提示してくれるように・・・。
私も、お話を聴かせていただく中で、
その感覚ごと
受け止められる場所でありたいと思っています(^^)
余談です(笑)
ポン・ジュノ作品は
「グエムル」も「オクジャ」も、なかなか見ごたえがあります♪
(「ミッキー17」は、まだ観てないので観たいです…!!)
でも、
私は「パラサイト」や「殺人の追憶」から観ることをお勧めします。
決して観やすい、分かりやすい作品ではないですが…
作品で、
圧倒とか、圧巻を感じたい方は是非ぜひ(^▽^)