取り憑かれた人たちの物語。クリストファー・ノーラン監督作品と「頭から離れない気持ち」

取り憑かれた人たちの物語。クリストファー・ノーラン監督作品と「頭から離れない気持ち」

記事
コラム
クリストファー・ノーラン監督の作品が好きです。

スタイリッシュな映像、
緻密な構成、
壮大なスケール


語られる部分はたくさんありますが、
私が一番惹かれているのは、
実は別のところにあります。



ノーラン監督の主人公たちは、

みんな何かに「取り憑かれて」いるんですよね。

記憶、
夢、
時間、
正しさ。


頭から離れない何かを抱えたまま、
物語が進んでいく。


今日は、
そんな視点で
メメント
インセプション
インターステラー
オッペンハイマー
プレステージ」の


5作品を振り返りながら、
私がチャットレディとして、

そして相談サービスで日々
「話を聴く」中で
感じていることを重ねてみたいと思います。



メメント —「自分が誰か」を保つための執着


「メメント」の主人公は、
10分しか記憶が持続しないという障害を抱えています。

妻を殺した犯人を追うために、
写真やタトゥーで
自分に情報を刻みつけながら生きている。


これって、
ものすごく切実な「執着」だと思うんです。

記憶が繋がらないなら、
繋げるしかない。

それが彼にとっての、
自分を保つための唯一の手段だから。


相談を聴いていても、
似たようなことをよく感じます。

同じ話を何度もする人、

何年も前の出来事を
昨日のことのように語る人。

「またその話か」と
思う人もいるかもしれませんが、


私はそこに、
その人なりの
「自分を保つための繰り返し」
があるんじゃないかと思っています。



インセプション —夢と現実の境界にある後悔


「インセプション」は、
他人の夢に入り込んでアイデアを植え付ける
という壮大な設定の映画ですが、

根底にあるのは主人公コブの、
亡き妻への執着です。


彼は夢の中で何度も妻を蘇らせ、
現実と夢の境界が分からなくなるほど、
その罪悪感と後悔にとらわれ続けます。


トーテムを回し続けるラストシーンは、

彼がいまだに
その境界の中にいることを示唆しているようにも見えます。


相談の中でも、

「もしあの時ああしていたら」という
後悔を抱えたまま何年も生きている人に出会います。

過去は変えられないのに、

頭の中では何度もその場面を再生してしまう。


それもまた、
コブが夢の中で妻を蘇らせ続けるのと、
どこか似ている気がするんです。



インターステラー —時間を超える、家族への想い


「インターステラー」は壮大な宇宙SFですが、
物語の芯にあるのはとてもシンプルな感情です。

父が娘のもとへ帰りたいという想い。


時間の流れ方が違う星、
相対性理論、
五次元の本棚


SF的な仕掛けはたくさんありますが、
最終的にクーパーを動かしていたのは

「娘に会いたい」という、
ただそれだけの気持ちでした。


相談でも、
複雑な事情を抱えた人ほど、

話を突き詰めていくと、
根っこにあるのはとてもシンプルな願いだったりします。


「ただ、認めてほしかった」
「ただ、そばにいてほしかった」


壮大な悩みの奥に、
たった一つの想いがあることを、
この映画を観るたびに思い出します。



オッペンハイマー —正しさと罪の意識にとらわれ続けた男


「オッペンハイマー」は、
原爆の開発者である
ロバート・オッペンハイマーの半生を描いた作品です。

彼は自分の成し遂げたことの重さに、
生涯とらわれ続けます。


「私は死神になった」
という彼の言葉は、

正しさとは何か、
自分のしたことにどう向き合うかという、

答えの出ない問いを
ずっと抱え続けた人の言葉だと思います。


白黒とカラーが交錯する構成も、

彼の中で
何度も反芻される
記憶や葛藤を表しているように感じました。


相談を聴いていても、

「あの時の自分の選択は正しかったのか」と、
何年経っても自問し続けている人がいます。


答えが出ないまま、
それでも問い続けることをやめられない。

オッペンハイマーの姿は、
そういう人たちの姿と重なります。



プレステージ —互いへの執念が、自分自身を蝕んでいく


「プレステージ」は、

2人の奇術師が
互いを出し抜こうと、執念を燃やし続ける物語です。


ロバートとアルフレッド、
それぞれが相手のトリックを暴くこと、

そして
相手を超えることに取り憑かれていき、

その執念は
やがて自分自身の人生や
大切な人まで
犠牲にするところまでエスカレートしていきます。


この映画の怖いところは、

2人とも
「相手のせいで、こうなった」
と思い込んでいるところだと思います。


本当は
自分自身の執念が自分を追い詰めているのに、
その矛先を相手に向け続けてしまう。


相談でも、

「あの人のせいで」
という言葉から始まる話をよく聴きます。


もちろん
相手に原因がある場合も多いのですが、

話を重ねていくうちに、
実はその人自身が

「負けたくない」
「認めさせたい」

という気持ちに、
いつの間にか
取り憑かれてしまっていることに気づく瞬間もあります。


プレステージの2人を見ていると、

そういう
「執念が執念を呼ぶ」怖さを思い出します。



そして、神話へ —「オデュッセイア」


ノーラン監督の新作は、

なんと神話
「オデュッセイア」を題材にしているそうです。


まだ観ていないのですが、

これまで

未来(インターステラー、テネット)や
過去の実話(オッペンハイマー、ダンケルク)を
舞台にしてきた監督が、

今度は神話という
時間軸のない物語を選んだことに、
個人的にすごく興味を惹かれています。


オデュッセウスもまた、

故郷や妻のもとへ帰るという

一つの想いに
何年も「取り憑かれ続けた」人物です。


もしかしたらこの新作も、

ノーラン監督らしい
「執着」の物語になるんじゃないかと、
観るのが今から楽しみです。



「取り憑かれた気持ち」を、そのまま聴くということ


5作品を振り返ってみると、

ノーラン監督の主人公たちは誰も、
その執着から簡単には自由になれません


解決するわけでも、
忘れられるわけでもなく、

それを抱えたまま生きていく。


私が相談で心がけているのも、
実はそれに近いことです。


「頭から離れない気持ち」を、
無理に手放させようとしたり、

正論で説得しようとしたりするのではなく、
まずはそのまま聴く。

取り憑かれていることそのものを、
否定しない。




ノーラン監督の映画を観ていると、

そういう
「割り切れなさ」こそが
人間らしさなんじゃないかと感じます。


もしあなたも、
何かが頭から離れずに悩んでいるなら、

その気持ちをまずは誰かに話してみませんか?


答えを出すことよりも先に、

ただ聴いてもらうことで、
少し軽くなることもあると思います(#^^#)

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