こんばんは、原田です(^^)
夏到来…という雰囲気にすでに疲弊して
相変わらず、ほとんど引きこもりの生活を送っております。
大好きな映画の話。
私は、2〜3年前からギリシャの監督、ヨルゴス・ランティモスの作品にどっぷりハマっています。
『ロブスター』
『聖なる鹿殺し』
『女王陛下のお気に入り』
『哀れなるものたち』
『憐れみの3章』等々
……気づけば新作が出るたびに映画館に足を運ぶくらいの熱の入れようです。
最初は正直「なんだこのきちがい映画は…」と思いました(笑)。
でも観れば観るほど、
彼の作品には共通したテーマがあるなと気づいたんです。
それが
「人はみんな、本音を隠して生きている」ということ。
ランティモス作品に流れる「不自然な自然さ」
ランティモス監督の映画に出てくる人たちは、
みんなどこか演技めいた喋り方をします。
感情を表に出さず、決められたルールの中で淡々とセリフを交わす。
でもその奇妙さの奥に、抑えつけられた欲望や怒り、孤独がひたひたと流れているのが伝わってくるんですよね。
『ロブスター』では、
独身者は、45日以内にパートナーを見つけないと
動物に変えられてしまうという奇妙なホテルが舞台になります。
表面上は「恋愛推奨社会」のルールに従いながら、
登場人物たちは本当の気持ちを誰にも言えずにいる。
『哀れなるものたち』では、
主人公が社会の「こうあるべき」という型にはめられそうになりながら、
少しずつ自分の欲望や好奇心を取り戻していきます。
こういう場面を観るたびに、私はふと自分の仕事のことを思い出すんです。
「言えないこと」を抱えた人たちと向き合う仕事
私はチャットレディとして、
電話やチャットで色々な方のお話を聴く仕事をしています。
40代の男性から夫婦関係の悩みを、
30代の方から職場での我慢を、
時には誰にも言えない胸の内を打ち明けられることもあります。
そこで感じるのは、
ランティモス作品の登場人物たちと同じように、
多くの人が「本当はこう思っている」を、
日常の中では言えずに抱え込んでいる、ということです。
*家族の前では「大丈夫」と言い続けている
*職場では波風を立てないように本音を飲み込んでいる
*パートナーに気を遣いすぎて、自分の気持ちを後回しにしている
こうした「言えなさ」って、
ランティモス映画の中の登場人物が奇妙なルールに縛られている姿と、
どこか重なる気がするんですよね。
もちろん現実はあそこまで極端じゃないですが、
「本音を出せる場所がない」という感覚は、
意外と多くの人に共通しているんじゃないかなと。
聴くことは、その人の「檻」を少し開けること
ランティモス作品って、
観終わった後にすごく解放感があるものも多いんです。
『哀れなるものたち』の主人公が最後に見せる表情とか、
抑圧から少しずつ自由になっていく過程には、
観ていてジーンとくるものがあります。
私が電話やチャットでお話を聴くときも、目指しているのはまさにそこです。
誰かに話すことで、
「言えなかったこと」がひとつ外に出る。
それだけで、その人の中の何かがふっと軽くなる瞬間があります。
もちろん私は監督でも魔法使いでもないので、
劇的に人生を変えることはできません。
でも
「ここでなら言っていい」という場所を作ることはできるんじゃないかなと思っています。
おわりに
映画の趣味の話から、
まさか自分の仕事観にたどり着くとは思っていませんでした(笑)。
でも、
ランティモス監督の作品を観るたびに、
「人は誰しも、表に出せない本音を抱えている」
ということを改めて考えさせられます。
もし
「誰かに話したいけど、身近な人には言いにくい」
ということがあれば、いつでもお話を聴かせてください。
ランティモス映画のファンの方がいたら、
感想を語り合うのも大歓迎です(^^)
最後まで読んでいただき、ありがとうございました♪