〜FPの現場から見る「お金と時間」の真実〜
「ライフプランニング」と聞いて、みなさんはどのようなイメージをお持ちでしょうか?
「ある程度人生が上手くいっている人が、お金を整理してもっと豊かな生活を送るためのもの」と思われている方が多いかもしれません。しかし、私が相談現場で実感する実態は違います。
ライフプランニングとは、人生に難しさを感じたときに、その巻き返しを図るためのもの。
つらい人ほど人生を深く見つめ直し、再出発するためのルールなのです。
ライフプランの組み立てには「お金」と「時間」のどちらか、あるいは両方が必要になります。お金がなくても時間があれば将来を立て直せる。時間がなくてもお金があれば計画的に資産を守っていける。
では、「お金」も「時間」も厳しくなったとき、私たちはどうすればよいのでしょうか。今回は、あるお母様からのご相談の実話をお話しします。(※ご本人の承諾を得て掲載しています)
「私が死んだあと、娘はどう生きていくのでしょうか」
相談に来られたのは、80代のお母様でした。いわゆる「8050問題」――80代の高齢の親が、ひきこもり状態にある50代の子を養い、家庭全体が行き詰まってしまう社会問題です。
お母様は切実な眼差しで、こう切り出されました。
お母様「先生、私が死んだあと、娘はどうやって生きていくのでしょうか?」
私「娘さんは何かお病気をお持ちなのですか?」
お母様「病気ではありません。ただ、働いておらず、ずっと家にいます」
私「お仕事をされていた時期はあったのですか?」
お母様「学校を卒業して1年だけ勤めましたが、嫌になって辞めてしまって……それからはずっと働かずに家にいます」
私「働くように促したりはされなかったのですか?」
お母様「私は言いました。でも、当時はまだ主人が生きていて『女の子は結婚するまで家にいればいい』と、積極的に働かなくてもいいように言っていまして……」
私「ご結婚のお約束の方がいらしたのですか?」
お母様「いいえ。主人は求婚者が来ると思っていたようですが……」
会話を進める中で、状況の厳しさがより浮き彫りになっていきました。
私「娘さんに自活する能力や、お仕事につながる特技はありますか?」
お母様「ありません」
私「外に出ることはできますか?」
お母様「外には出られます。出かけるときは私がお小遣いを渡しています」
私「ご両親が残せる財産はありますか?」
お母様「ありません。蓄えはすべて使い切りました。今は私の年金だけで生活しています」
一通りの状況をお伺いしたあと、私はお母様にひとつの質問を投げかけました。
私「お母さん。今の状況になった一番の『転機』は、どこにあったと思われますか?」
お母様「転機……。私ももう長くありませんから、何が悪かったのかと考えることがあります。一番の問題は『優しすぎた』ことなのだと思います。それが私たちにもあの子にも結果的に毒だった。優しくするにしても、期限を決めるべきでした。『30歳までに結婚しなければ出ていきなさい』『就職して家にお金を入れなさい』と、娘が若いうちに、主人がまだいたときに一緒に行動すべきでした」
ライフプランニング表が書けなかった日
持ち家があれば売却して資金を作るプランニングも可能ですが、ご家庭は賃貸住宅で、預貯金もほぼ底を突いていました。娘さんは当時58歳。労働の意思もなく、残された「時間」も「お金」も厳しい状態であり、数値としてのライフプランニング表を作成することは不可能な状況でした。
しかし、人はどうあっても生きていかなければなりません。お母様と同じ日に、娘さんが亡くなるわけではないのです。
私はお母様に、今できる最善の「現実的な出口」をお伝えしました。
幸いにも、お母様が娘さんの国民年金保険料を欠かさず納めていらっしゃいました。
65歳からの満額受給開始に向けて、お母様が存命のうちにどう生活をつなぐか。そして親亡き後、現在の家賃の支払いが難しくなった場合は、国民年金のみで生活する「住居困窮者」として行政窓口を頼ること。収入に応じた大幅に家賃が安い市営・県営住宅への転居支援を受ける道筋を、ひとつひとつ整理して説明しました。
お母様は静かに頷かれ、帰り際にこうおっしゃいました。
お母様「私と同じような思いをしている親御さんが、今の世の中にはたくさんいるはずです。そういう人ほど、一刻も早く先生に相談してほしい……」
正直に申し上げれば、本件は私にとって「一番何もできない、無力さを痛感した対応」でした。私ができたことといえば、ほとんどがお母様のお話をじっくりとお聞きすることだけだったのかもしれません。
数値としての見事な計画表はお作りできませんでしたが、お話を傾聴し、行政の支援制度を含めた現実的な道筋を示したことで、お母様の胸を締め付けていた重い不安を少しだけ和らげる役には立てたようでした。
一人で抱え込まず、前を向くために
このようなご相談を受けるたび、私は強く感じます。
「どうにもならない」と諦めて放置してしまうことが、何より危険です。先の見えない不安を抱えたまま孤立すると、自暴自棄になったり、最悪の事態を引き起こしかねません。
どれほど絶望的に思える状況であっても、放置せず、公的制度や行政の手を借りて前を向けば、必ず生きる道はつながります。
ライフプランニングとは、単なる「数字の計算」ではありません。どんなに苦しい状況からでも、人生をもう一度前に進めるための「心の整理と戦略」です。
「うちの状況はもう手遅れかもしれない」「誰にも言えず一人で抱え込んでいる」――そんな不安をお持ちではありませんか?
たとえ綺麗な表が書けないような状況であっても、私は決してあなたを突き放したりせず、お気持ちに寄り添いながら、ご家族が安心して生きられる現実的な解決策を泥臭く一緒に探します。
手遅れになる前に、どうか一度、私にあなたのお話を聞かせてください。