いつ終わってもいいように、愛を伝える

いつ終わってもいいように、愛を伝える

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コラム
いつか終わるかもしれないから、愛を伝えない。

そんなふうに思うことがある。

いなくなったときが悲しいからペットを飼わないに近いものがある。

愛を出しすぎると、終わったときに苦しくなる。
大切にしすぎると、失ったときに痛くなる。
だから少し控える。
少し距離を取る。
少し冷静なふりをする。

でも最近、私は逆なんじゃないかと思う。

いつか終わるかもしれないから、愛を伝えないのではなく、
いつ終わってもいいように、愛を伝える。

明日終わるかもしれない。
来月には気持ちが変わっているかもしれない。
関係の形が変わるかもしれない。

人の気持ちや運命は、秋の空みたいによく変わる。

それは悲しいことでもあり、いいことだとも思う。

変わるからこそ、人は成長できるから。

どれだけ大切にしても、終わるものは終わる。
どれだけ好きでも、離れるときは離れる。
ずっと同じ温度でいられる保証なんて、どこにもない。

だからこそ、今の自分にできる範囲で愛を伝えたい。

もちろん、毎日ちゃんと愛せるわけではない。

疲れている日もある。
うまく言葉にできない日もある。
自分のことで精一杯の日もある。
愛したいのに、愛を出せない日もある。

それでもいいと思う。

その日その日の自分にできる範囲で、伝え続ければいい。

大事なのは、完璧に愛することではなく、
終わりのときに、自分の愛を疑わなくていいことだと思う。

「あのとき、もっと大切にすればよかった」
「本当に私は愛していたのだろうか」
「私は誰かをちゃんと愛せる人間なのだろうか」

そんなふうに、自分の愛まで疑わなくていいように。

終わりは必ず来る。

それは悲しいことだけれど、
自分なりに精一杯愛した記憶と実感があれば、
その愛は終わったあとにも残る。

関係は終わっても、
「私はちゃんと愛した」という感覚は残る。

そして、その感覚があるから、
次の誰かにも、また愛を注げるのだと思う。

やらなかった後悔を抱えると、
人は自分の愛を疑ってしまう。

でも、精一杯愛した記憶があると、
愛は消えるどころか、自分の中で少し増える。

愛し方が増える。 
人を大切にする力が増える。
また誰かに向かって、愛を出せるようになる。

だから私は、いつか終わるかもしれない関係にこそ、愛を注ぎたい。

終わらない保証があるから愛するのではなく、
終わるかもしれないからこそ、今できる愛を渡したい。

終わりのときに、
一緒にいられてよかったと思えるように。

終わったあとに、
自分の愛を疑わなくていいように。

一番簡単な愛の言葉は「ありがとう」です。

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