商店街を歩くと、少しだけ人にやさしくなれる

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ハルのよりそい相談室です。
今日は、商店街を歩いたときの話を書いてみます。
商店街って、なんだか不思議です。
特別な場所ではないのに、歩いているだけで少し落ち着く。
古い看板があって、店先に植木鉢が置いてあって、八百屋さんの前には段ボールが積まれていて、どこかから揚げ物の匂いがする。
大きなショッピングモールみたいに、全部がきれいに整っているわけではありません。
むしろ、少しごちゃっとしている。
でも、そのごちゃっとした感じの中に、人の暮らしがある気がします。
誰かが朝からシャッターを開けて、誰かが品物を並べて、誰かが「今日は寒いね」なんて言いながら買い物をしている。
そういう当たり前のやりとりが、ちゃんと残っている場所。
最近は、効率のいいものが増えました。
欲しいものはスマホで買えるし、誰とも話さなくても一日が終わることがあります。
便利です。
本当に便利です。
でも、ときどき思います。
便利さだけでは、心が少し置いていかれることがあるなと。
商店街には、用事のない時間があります。
急いで買わなくてもいい。
ただ歩くだけでもいい。
気になる店をのぞいて、買わずに帰ってもいい。
それでも、なんとなく受け入れてくれるような空気がある。
お惣菜屋さんの前で立ち止まる。
コロッケの匂いがする。
小さな和菓子屋さんのショーケースに、季節の名前がついたお菓子が並んでいる。
古い文房具屋さんの奥には、いつから置いてあるのかわからないノートが静かに眠っている。
そういうものを見ると、心の中の歩く速度が少しだけ遅くなります。
ああ、急がなくてもいいのかもしれない。
ちゃんと暮らすって、こういうことかもしれない。
そんなふうに思います。
人は、誰かに大きく励まされなくても、ふとした景色に救われることがあります。
「大丈夫だよ」と言われたわけではない。
でも、昔からある店の灯りや、店先に並んだ野菜や、すれ違う人の何気ない会話に、少しだけ安心する。
商店街は、そういう小さな安心が落ちている場所なのかもしれません。
相談室という名前をつけていると、何か特別な言葉を用意しなければいけない気がする日もあります。
でも、本当はそうじゃないのかもしれません。
うまい言葉よりも、あたたかいお茶。
正しい答えよりも、隣を歩く時間。
解決より先に、「そうだったんですね」と受け止めること。
商店街を歩いていると、そんなことを思います。
人の暮らしは、いつも完璧ではありません。
閉まっている店もある。
色あせたポスターもある。
昔より人通りが少なくなった道もある。
それでも、そこにまだ灯りがある。
まだ誰かが店を開けている。
まだ誰かが「また来てね」と言っている。
それだけで、少し勇気が出ることがあります。
今日も、どこかの商店街で、誰かがコロッケを買っている。
誰かが花を一本だけ選んでいる。
誰かが何も買わずに、ただ歩いている。
それでいいのだと思います。
何かを成し遂げた日だけが、いい日ではありません。
商店街を少し歩いた。
空を見上げた。
いい匂いがした。
誰かの声が聞こえた。
それだけで、心が少し戻ってくる日があります。
ハルのよりそい相談室は、そんな商店街の小さなお店みたいでありたいです。
立派な看板はなくてもいい。
通りすがりに、ふっと立ち寄れる場所。
話してもいいし、話さなくてもいい。
少し疲れた人が、ほんの少しだけ息をつける場所。
今日も、シャッターを半分くらい上げておきます。
無理に入らなくても大丈夫です。
通りかかったときに、少しだけ思い出してもらえたら。
それだけで、うれしいです。

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