今朝、作家・佐藤愛子先生の介護をした娘、杉山響子さんが書いた『憤怒の人 母・佐藤愛子のカケラ』について、テレビで放送していた。
その際、医師がMCI(軽度認知障害)について話していた。
認知症に関係する脳の変化は、症状が現れるずっと前から始まることがあるという。
早めに気づき、生活習慣を見直したり、必要な医療につながったりすることが大切だと。
地域包括支援センター勤務のとき、地域講座をかなりの数で行った。
やっぱり人気は「認知症」。
よく話したのは、認知症の準備は20年前から。
若年性認知症は、18歳でも発症する可能性がある。
「この中に、18歳未満の方、いらっしゃいますか?」
これで、間違いなく一笑いをいただいた(笑)。
20年くらい前、認知症疾患センターのある病院へ「認知症予防」について講義してくれる医師を紹介してほしいと依頼した。
しばらくして、
「そんな予防ができるなら、教えてほしいものだと医師が言っています」
と、笑って返答が来た。
認知症予防プログラムなどが動き出していたころだ。
なりたくない!
ならずに済むならヒントが欲しい!
素直な気持ち。万人の願いではないだろうか。
罹患した人しか興味がないのかい!
若かりし私は、厚かましくも怒っていたっけ(笑)。
「ボケ」「痴呆」などの言葉に苦言を呈し、病気の総称として「認知症」という言葉が使われ始めたころ。
たしか……そんな時代。
今は、睡眠、栄養、運動など、日々の生活を見直すことが認知症のリスクを減らすことにつながるといわれている。
早期に気づくことで、適切な医療や支援につながる時代。
よかった、よかった……。
善かれと思ったことが
佐藤愛子先生は、認知症を患い、それでも日当たりのいい書斎で小説を書いていたという。
ある日、いつも小説を書いていた書斎に介護用ベッドを入れた。
それがきっかけで、介護用ベッドが病院のベッドを連想させたのか、書斎を嫌がるようになったとか。
善かれと思ったことが、かえって悪化させてしまった。
そんな後悔があると響子さん。
娘さんは、きっと優しい方だと思う。
お母さんの善かれを、ちゃんと考えていたのだから。
子ども返りもあったという。
初めて見るお母さんを看ておられた、そんな中のこと。
きっと、そんな後悔は往々にしてある。
介護は、終わりがない。終わりが予測できない。
よく言われる話。
いや、終わりはある。人間の命には限りがあるから。
それでも、終わりが待てないストレスが介護にはある。
介護に正解はない。それは正しい。
唯一無二の、その方による。
洗濯機のところへ逃げた私
私は、よく洗濯機のところへ逃げた。
認知症の母の言動に、感情が止められなくなると感じたとき。
自分の感情を収めて、なんでもない顔をして戻る。
本当に日常茶飯事。
思い通りにならないと毒を吐く母。
きっと母も辛かった……それはわかる。
しかし、病気だからではなかなか済ませられない。
専門職の私も、人間だから(笑)。
思い出す度、我が子にはそんな思いをさせたくない。
しかし、在り得る。かなり、在り得る。
ならない保証は、どこにもない。
ストレスの多い仕事をしてきた私。
慢性的なストレスも認知症のリスクと関係があるという。
ここまでくれば、間違いない。( ノД`)シクシク…
だからこそ、ストレスも上手に発散しなくては。
栄養には気を遣う。バランスを考える。
睡眠は……良質?
運動が……足りない。
まずい!!
栄養だけで、肥えるだけ(笑)。
生きたいように生きる
認知症に残念ながら罹患した人の思い。
その人を支える人を、どちらも支えたい。
ん? その前にやっぱり……認知症予備軍適齢期。
どうする?
生きたいように生きる!楽しみありきで。
健やかでいられるように、予防だと認識し、楽しみながら。
それでも、認知症と診断されたそのときは、
「手に余したら、私が嫌だと言っても、サービスでも施設でも使って」
そう早めに伝えて、子どもに託そう。