長年勤めた職場を辞めると決めたとき、私にはやらなければならないタスクがあった。
いやいや、正確には、退職を決めた一因でもあるタスク。
そのタスクは、もう数年前からあった。
父を数年前にがんで亡くした。
その頃から、無言のタスクが私にはあった。
お墓をどうするのか。
父が相続するはずだった土地の相続。
そして、自宅の外壁のリフォーム。
どれも、いつかはやらなければならないこと。
わかってはいたけれど、なかなか腰が上がらなかった。
お墓をどうする?
父の生前、母と親戚がこそこそと相談しているのを偶然聞いた。
「私の檀家になっているお寺に永代供養のお墓が建つから、そこに入れたら?」
確か、そんな内容の助言だった。
父は、がんと闘病しながら、愛犬の散歩ができるようになることを目指して、あきらめずに頑張っていたというのに……。
父を思う子の視点。
ただ単純に、腹が立った。
それに、なぜ何の相談もなく、よりによって私が一番苦手な親戚に相談しているのか。
結果として、これまでもお墓掃除、墓参り、お寺へのお勤めは私の仕事だった。
私の代はいい。
でも、子の世代に同じ務めを背負わせるのは、苦行だと思う。
これまでのお寺様に相談し、新設される永代供養のお墓にご先祖様の分も納めていただき、墓じまいをすることにした。
ひとつ、タスクが片づいた。
どこにあるのかわからない畑
次は、父が相続するはずだった土地。
正直、どこからどこまでがそうなのかもわからない畑の存在。
ところが、相続登記が義務化された。
2024年4月1日から、不動産登記法の改正により、相続で土地や建物を取得したことを知った日から、原則3年以内に相続登記を申請することが義務となった。
しかも、それ以前の相続も対象。
2024年4月1日より前に相続したことを知っていた未登記の不動産は、原則として2027年3月31日までに登記が必要となる。
正当な理由なく申請を怠ると、10万円以下の過料が科される可能性もある。
母を看取り、いよいよ自宅と畑の相続登記をする必要ができた。
自分でやるつもりだった。
ところが、父は畑の相続登記をしないままで、名義は祖母の名前になっていた。
……そうきたか。
これは仕方ない。
司法書士の先生にお願いすることにした。
親から子へ、そして孫へ。
引き継ぐものは、思い出だけではないらしい。
そして、外壁のリフォーム
器用だった父は、自分の病気がはっきりする前に、はしごをかけ、手の届く範囲の外壁を自分で塗り直していた。
それも年月とともに劣化した。
次から次へと、リフォーム業者の営業が来る来る。
初めの頃は、チャイムが鳴るたびにドアを開けていた。
でも、あまりにも多い。
いつしか、ドアを開けずに断る技を習得した(笑)
お金はかかるが仕方ない。
ついに、一念発起。リフォームに向けて重い腰を上げた。
しかし、ここでも迷う。
子は、いつかこの家に戻る気があるのか?
それによっても、費用のかけ方は違う。
そもそも、私自身がここにずっと住むのか?
考え始めると、なかなか決められない。
そして、リフォームを考える以前に、片づけなければならないものが山ほどあった。
何年分のものかと思う、あきれるほどの洋服のストック。
購入した介護ベッド。
箪笥。
贈答品のタオルなどなど。
「断捨離しなさい」と口うるさく言っていた母。
どうやら、自分のことは別だったらしい(笑)
一回、ここで心が折れかかった。
家のあちこちに残る両親の会話
片づけを始めると、そこかしこに父や母の会話が宿っていることに気づく。
障害のあった母がつかまるために、父が作った手すり。
介護保険の利用を勧めたが、母のプライドは許さなかった。
そこで、器用な父の出番。
母のために手すりを作った。
洋裁をする母のために、広縁に作った作業台。
そもそも、その広縁は母のためのトイレを設置するために増築したものだった。
口喧嘩をしながらも、コツコツと作った父の作品。
どれも、母への思いの形だったのだと思う。
完成するまでは、あれこれ文句を言う母。
でも、使ってみると当たり前のように喜ぶ。
そんな二人の姿が思い浮かぶ。
……なかなかに賑やかだ。
「家は人生そのもの」
私はこれまで、介護支援専門員として、利用者様の住宅改修の話し合いに数多く関わってきた。
その中で、いろいろな言葉を聞いてきた。
「景観が悪くなるから、手すりは設置したくない」
「段差は問題ない。床まで直したらお金がかかる」
「俺の家だ。どうしようと俺が決める」
気持ちはわかる。
でも、転倒してしまえば、今の生活を続けることが難しくなるかもしれない。
住環境は、自宅での生活に大きく影響する。
だから、介護支援専門員として、必要な説明や提案はしなければならない。
それが仕事だった。
けれど、今になって思う。
私は、その方たちの思いを十分に聞き取れていたのだろうか。
他人には言わない、様々な思い。
「遺す財産としての家」
「思い出のある景色」
「自分が築いてきた財産としての家」
何に迷っているのか。
何が譲れないのか。
その葛藤を十分に話せるように、関われていたのだろうか。
「家は人生そのもの」
そう話してくれた方がいた。
今なら、わかる気がする。
若い頃の私は、その言葉の持つ重みを、どこまで理解できていただろう。
人生で何軒も家を持てる方も、稀にはいるだろう。
でも、多くの人にとって、家は人生の中でも大きな買い物。
お金だけでは測れないものが、そこにはある。
現に私自身、このリフォームに悩むだけで精一杯なのだから。
家を持つ人。
家を引き継ぐ人。
それぞれの立ち位置によっても、思いは違う。
専門職としての提案が間違っていたとは思わない。
でも、正しい提案をすることと、その方の思いに十分寄り添うことは、同じではないのかもしれない。
ちゃんと寄り添えていたか。
気遣えていたか。
思いやれていたか。
プレイヤーを卒業した今になっても、振り返る。
この家で、もう少し
その後も、ひとつ片づけるたびに、両親の会話が聞こえてくるような気がする。
父の作った手すり。
母の作業台。
何気なく過ごしていた日々の景色。
思い出し笑いをする私を、奇妙そうに見上げる愛犬。
この家にも、それぞれの人生、犬生がある(笑)
まだ、私の人生はこの家とともに続く。
遺してくれた両親と過ごした日々。
子が育った思い出の日々。
そして、ただただ働いた私の日々。
家を直すということは、外壁をきれいにするだけではないのかもしれない。
この家で過ごしてきた時間と、これからの暮らしを考えることでもあるのだろう。
そして、これまで出会ってきた方々に、十分な配慮ができていたのか。
そんな自問自答とともに。
まだまだ、私のタスクは続くらしい(笑)