老人ホームは、どこまで「普通の生活」を守れるのか?

老人ホームは、どこまで「普通の生活」を守れるのか?

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― 感染対策と、入居者の「その人らしい暮らし」をどう両立するか ―
老人ホームで働いていると、ときどき難しい判断を迫られることがあります。
感染症が流行している。
面会をどうするか。
外出はどうするか。
家族との食事は?
友人との交流は?
趣味の活動は?
施設としては感染を広げたくない。
でも、入居者には、
「家族に会いたい」
「外に出たい」
「友達に会いたい」
「好きなことを続けたい」
という思いがあります。
ここで難しいのは、
感染対策を強くすればするほど、入居者の生活が狭くなってしまうことがある
ということです。
もちろん、高齢者施設では感染症への備えが重要です。
高齢者介護施設は、感染症に対する抵抗力が弱い高齢者が集団で生活する場であり、厚生労働省も平常時からの予防と、感染症発生時の適切な対応を求めています。 厚生労働省
だから、
「感染対策なんて必要ない」
という話ではありません。
むしろ、必要です。
では、
感染を防ぐことと、普通に暮らすこと。
この二つは、どこまで両立できるのでしょうか。

老人ホームは「病院」ではない

病気になれば、治療のために病院へ行きます。
病院では、治療や感染管理が優先される場面があります。
一方、老人ホームは、入居者にとって暮らしの場です。
朝起きる。
ご飯を食べる。
テレビを見る。
家族と話す。
友人と会う。
散歩する。
好きな音楽を聴く。
趣味を楽しむ。
時には外へ出かける。
そうした一つ一つが、その人の生活です。
施設で働いていると、介助や安全管理、健康管理に意識が向きます。
それは当然です。
でも、入居者にとっては、
「介助を受けること」が生活のすべてではありません。
介護を受けながらも、その人自身の生活があります。
ここを忘れてしまうと、
「安全に過ごしてもらう」
ことが、
「施設の中だけで安全に過ごしてもらう」
ことに変わってしまうことがあります。

「感染を防ぐための制限」が、生活そのものを小さくしていないか

感染症が流行すると、
「面会を制限しましょう」
「外出は控えてもらいましょう」
「行事は中止しましょう」
という判断が出ることがあります。
もちろん、感染状況によっては必要な対応もあります。
問題は、
一度決めた制限が、そのまま当たり前になっていないか
ということです。
「感染症が怖いから、しばらく面会はなし」
となった。
その後、地域の感染状況が変わった。
施設内の状況も変わった。
それでも、
「前に禁止したから」
という理由だけで続いていないでしょうか。
感染対策は、状況に応じて見直す必要があります。
厚生労働省の「介護現場における感染対策の手引き」でも、面会については地域の発生状況や入居者・面会者の状況などを踏まえ、面会時間や回数、場所などを管理者が判断する考え方が示されています。 厚生労働省
つまり、
感染対策をするか、しないか
という二択ではありません。
どうすれば、できるだけ安全に生活を続けられるか
を考えることも感染対策の一部なのだと思います。

面会は「ぜいたく」なのか

たとえば、ある入居者が、
「娘に会いたい」
と言ったとします。
感染リスクを考えれば、
「今は面会を控えてもらった方が安全」
という意見も出るでしょう。
一方で、その方にとって娘との面会が、
毎週の楽しみだったとしたらどうでしょうか。
娘が来る日を楽しみにしている。
面会の日になると服を着替える。
朝から何度も、
「今日は来るかな」
と話す。
面会が終わった後も、
「今日は楽しかった」
と嬉しそうにする。
これは単なる「面会」ではありません。
その人にとっては、
生活の一部
かもしれません。
厚生労働省も、高齢者施設での面会について、感染経路の遮断だけではなく、人とのつながりや交流が心身の健康に与える影響を考慮し、可能な限り安全に実施できる方法を検討するという考え方を示しています。 厚生労働省
だから、
「面会を認める=感染対策を軽視している」
とは限りません。

「外出したい」は、わがままなのか

外出についても同じです。
「買い物に行きたい」
「美容院に行きたい」
「家族と食事をしたい」
「昔から行っている場所に行きたい」
そうした希望が出ることがあります。
施設側からすると、
「感染したらどうする?」
という心配があります。
当然の心配です。
特に高齢者施設では、感染症が広がった場合に重症化する人がいるため、慎重な判断が必要です。
しかし、
「感染する可能性があるから、外出は禁止」
だけで終わってよいのでしょうか。
厚生労働省の手引きでは、入所者の外出について、生活や健康の維持に必要なものは、基本的な感染対策を行ったうえで実施するという考え方が示されています。また、感染が拡大している地域では、感染拡大防止と入居者・家族のQOLの両方を考慮して対応することとされています。 厚生労働省
つまり、
「外出するか、しないか」
だけではありません。
「どうすれば外出できるか」
という考え方があります。

感染対策をめぐって、職員の意見が分かれることもある

実際の現場では、ここが簡単ではありません。
介護職は、
「本人はずっと楽しみにしているから、できれば行かせてあげたい」
と思う。
看護職は、
「感染した場合のリスクを考えると心配」
と思う。
管理者は、
「もし施設内に感染が広がったらどうする」
と考える。
家族は、
「本人の希望を尊重してほしい」
と思う。
そして本人は、
「私は行きたい」
と思っている。
どれも間違っているとは言い切れません。
だからこそ難しいのです。
ここで、
「安全を優先するのが正しい」
「本人の希望を優先するのが正しい」
と単純に決めてしまうと、どこかに無理が生じます。

「何かあったらどうする」という責任の重さ

管理者の立場になると、さらに難しくなります。
外出を認めた。
その後、感染した。
施設内にも感染が広がった。
そうなった場合、
「なぜ外出を認めたのか」
と言われるかもしれません。
反対に、
外出を禁止した。
面会も制限した。
本人が楽しみにしていたことを何度も諦めてもらった。
それでも、
「なぜそこまで制限したのか」
と問われるかもしれません。
つまり、
どちらを選んでも、リスクがゼロになるわけではありません。
だから管理者が抱えるのは、
「感染を防げるか」
だけではなく、
「どのリスクを、どこまで受け入れるのか」
という判断なのだと思います。

「安全」と「自由」を対立させない

ここで大切なのは、
「安全」か「自由」か、
という二択にしないことです。
たとえば外出なら、
・感染状況を確認する
・本人の体調を確認する
・行き先や時間を検討する
・混雑する場所を避ける
・必要な感染対策を行う
・帰所後の体調を確認する
など、リスクを小さくする方法があります。
面会でも、
・人数を調整する
・場所を工夫する
・時間を調整する
・換気を行う
・体調確認をする
・手指衛生を行う
など、方法を考えることができます。
実際、厚生労働省の手引きでも、面会については場所・時間・回数などを含めて実施方法を検討することが示されています。 厚生労働省
つまり、
「禁止する」か「何もしない」かの間には、たくさんの選択肢があります。

「感染しないこと」だけを目標にしてしまわない

感染対策を考えるとき、
「感染者を出さない」
という目標は分かりやすいものです。
しかし、施設の生活を考えるなら、それだけでは足りません。
たとえば、
感染は防げた。
でも、
家族に会えなかった。
外出できなかった。
趣味ができなくなった。
楽しみにしていた行事が何度も中止になった。
人との交流が減った。
本人が一日中部屋で過ごすようになった。
それなら、
「感染対策として成功した」とだけ言ってよいのでしょうか。
もちろん、感染症によって命を守ることが最優先になる場面もあります。
だからこそ、感染リスクだけではなく、
「生活を失うリスク」
も考える必要があるのだと思います。

入居者の「普通」は、施設の「普通」と違う

ここも大切なところです。
施設では、
「毎日決まった時間に食事」
「決まった時間に入浴」
「決まった日程で行事」
という生活になりやすい。
職員にとっては、それが「普通」になります。
でも入居者にとっては、
施設に入る前の生活があります。
朝起きる時間も違った。
好きなものを食べていた。
近所の友人と話していた。
買い物に行っていた。
家族と出かけていた。
好きなテレビ番組を見ていた。
庭に出ていた。
趣味を楽しんでいた。
その人には、その人の「普通」があります。
だから、
施設のルールに合わせることだけが、その人の生活を支えることではありません。
施設の中で暮らしていても、
その人らしい生活をどう残すか。
そこを考えることも介護なのではないでしょうか。

「本人の希望」と「安全」がぶつかったとき

では、本人の希望と安全がぶつかったらどうするのか。
簡単な答えはありません。
だからこそ、本人の希望を聞いて、
「なぜ、それをしたいのか」
まで考えてみることが大切だと思います。
「外に出たい」
という希望の背景には、
「家族と一緒に食事をしたい」
があるかもしれません。
「家族に会いたい」
という希望の背景には、
「孫の顔を見たい」
があるかもしれません。
「旅行に行きたい」
という希望の背景には、
「昔よく行った場所をもう一度見たい」
という思いがあるかもしれません。
希望をそのまま「実施できるか、できないか」で判断するのではなく、
その希望の中にある「本人にとって大切なもの」は何なのか
を考える。
そして、
「それを別の方法で実現できないか」
も考えてみる。
これだけでも、選択肢は変わってくるかもしれません。

「感染を防ぐために暮らす」のではなく、「暮らしを続けるために感染対策をする」

今回、一番考えたいのはここです。
感染対策は必要です。
でも、感染対策そのものが目的になってしまうと、
「感染しないために生活する」
という逆転が起きることがあります。
本来、感染対策は、
その人ができるだけ安心して生活を続けるために行うもの
でもあるはずです。
面会をするために感染対策をする。
外出するために感染対策をする。
趣味を続けるために感染対策をする。
家族との時間を守るために感染対策をする。
そう考えると、
「禁止する」
以外の方法を考えやすくなります。

管理者が考えたいのは、「禁止」ではなく「どうすればできるか」

管理者として、
「感染リスクがあるから禁止」
と判断する場面も当然あります。
それ自体が間違いとは言えません。
ただ、その前に一度、
「どうすれば、少しでも安全にできるだろうか?」
と考えてみる。
これだけでも、現場の考え方は変わるかもしれません。
そして、どうしても実施できない場合には、
「なぜできないのか」
を本人や家族に説明する。
いつまでなのか。
どの条件なら再開できるのか。
代わりに何ができるのか。
そこまで一緒に考える。
「ダメです」で終わらせないことが、生活を支えるうえで大切なのではないでしょうか。

老人ホームが守るべき「普通の生活」とは

老人ホームだから、
「普通の生活」をすべてそのまま再現できるわけではありません。
身体状況が変われば、できないこともあります。
安全上、制限が必要なこともあります。
感染症が流行すれば、一定期間の制限が必要になることもあります。
だから、
「何でも自由にできる施設が良い施設」
という話でもありません。
大切なのは、
その制限が本当に必要なのか。
本人にとって、どんな意味を持つ制限なのか。
他に方法はないのか。
状況が変わったら見直せるのか。
を考え続けることだと思います。
「安全にすること」と「その人らしく暮らすこと」は、どちらも大切
介護施設で働いていると、
「安全を守らなければならない」
という責任があります。
それと同時に、
「その人の生活を守る」
という責任もあります。
この二つは、時にぶつかります。
だからこそ、
どちらかを簡単に諦めるのではなく、
「どうすれば両方をできるだけ守れるか」
を考える。
そのためには、介護職だけでなく、看護職、ケアマネジャー、管理者、家族、そして本人も含めて考える必要があります。
正解が一つに決まっているわけではありません。
感染状況も変わります。
本人の体調も変わります。
家族の状況も変わります。
だからこそ、
一度決めたルールを守り続けることより、状況を見ながら考え直せる施設であること
が大切なのではないでしょうか。
老人ホームは、病院のように「治療する場所」だけではありません。
そこに暮らす人にとっては、
人生の続きを過ごす場所です。
だからこそ、
感染を防ぐ。
安全を守る。
それだけではなく、
笑う。
人と会う。
出かける。
好きなことをする。
家族と過ごす。
自分らしく暮らす。
そんな「普通の生活」も、できるだけ守っていきたい。
「感染を防ぐために暮らす」のではなく、
「暮らしを続けるために感染対策をする」。
この視点を持てることが、これからの老人ホームにはますます大切なのではないでしょうか。
参考文献・参考資料
・厚生労働省「介護現場における感染対策の手引き(第3版)」
面会・外出について、感染状況だけでなく入所者・家族のQOLや生活・健康維持も考慮した対応が示されています。 厚生労働省
・厚生労働省「高齢者施設における面会の実施に関する取組について」
高齢者施設での面会について、利用者や家族にとって重要なものとして、感染対策と両立させるための取り組みが紹介されています。 厚生労働省
・厚生労働省「高齢者介護福祉施設における感染対策マニュアル」
高齢者介護施設は感染症が広がりやすい環境であることを踏まえ、平常時からの予防と発生時の適切な対応が重要とされています。 厚生労働省
※本記事は、感染対策を否定するものではありません。高齢者施設では感染症の重症化や施設内でのまん延を防ぐため、適切な感染対策が必要です。その一方で、面会・外出・交流など、入居者の生活やQOLに関わる活動についても、感染状況や本人の状態などを踏まえて、可能な方法を検討することが重要だと考えています。
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