―「意見は出るが続かない」「そもそも意見が出ない」介護現場を考える―
介護現場の会議では、意外といい意見が出ます。
「申し送りをもう少し短くしてみよう」
「この記録、同じことを二重に書いていない?」
「この時間帯の職員配置を変えてみたら?」
話し合っているときは前向きで、
「それならできそうですね」
「来月からやってみましょう」
と改善策まで決まる。
ところが、1か月後に見てみると、いつの間にか以前のやり方に戻っている。
一方で、まったく違う会議もあります。
管理者が、
「何か困っていることはありませんか?」
「改善した方がいいことは?」
と聞いても、
「特にありません」
で終わってしまう。
結局、管理者が提案し、職員が了承して会議が終わる。
介護現場では、どちらも珍しくないのではないでしょうか。
では、この違いは何なのでしょう。
本当に「職員のやる気」の問題なのでしょうか。
「決めたこと」と「できること」は同じではない
まず分けて考えたいのが、
会議で改善策を決めることと、現場で実行できる状態をつくることは別
ということです。
心理学には「実行意図(implementation intentions)」という考え方があります。
目標を立てるだけでなく、
・いつ
・どこで
・どのように行うか
まで具体化することが、行動につながりやすくなるとされています。
介護現場で考えてみましょう。
「申し送りを短くしよう」
と会議で決めたとします。
しかし、
誰が進めるのか。
いつから始めるのか。
何を口頭で伝えるのか。
何を記録で確認するのか。
いつ振り返るのか。
ここまで決まっていなければ、勤務中に職員がその都度判断しなければなりません。
忙しくなれば、慣れている以前の方法に戻ることもあります。
つまり、
「職員が改善に消極的だった」のではなく、「改善案を日常業務につなげるところまで決めていなかった」
可能性もあります。
現場に戻れば、会議室とは条件が違う
会議中なら、
「この仕事は必要ないかもしれない」
と落ち着いて考えられます。
しかし現場では、
ナースコールが鳴る。
利用者への対応が重なる。
記録が残っている。
家族から電話が入る。
急な状態変化が起きる。
その中で、新しい方法を実行しなければなりません。
だから業務改善では、
「良い改善策か?」だけでなく、「忙しい現場でも続けられる改善策か?」
まで考える必要があります。
厚生労働省も、介護分野の生産性向上を「改善策を決めて終わり」とはしていません。
課題を見える化し、計画を立て、実行し、振り返り、必要なら計画を練り直していく。
つまり、
決める → 試す → 確認する → 修正する
ここまでが業務改善です。
「介護はマニュアル通りにいかない」は本当
介護現場では、
「介護はマニュアル通りにはいかない」
という言葉をよく聞きます。
これは、ある意味ではその通りだと思います。
同じ利用者でも、体調、気分、本人の希望、周囲の状況によって必要な対応は変わります。
だから、
「その人に合わせる」
「状況を見て判断する」
「臨機応変に対応する」
ことは大切です。
ただし、ここで一つ分けて考える必要があります。
「利用者に合わせること」と「仕事の役割が曖昧なこと」は同じでしょうか。
誰が記録するのか。
情報をどこに残すのか。
使えます。
標準化する部分と、個別に判断する部分を分ける。
これは介護現場の業務改善で、とても重要な視点だと思います。
「意見が出ない=何も考えていない」ではない
では、会議で意見が出ない場合はどうでしょう。
管理者が、
「何か改善案はありませんか?」
と聞いても沈黙する。
だからといって、
「うちの職員は何も考えていない」
とは限りません。
組織研究では、職員が改善案や懸念を伝える「voice(発言)」と、伝えずにいる「silence(沈黙)」について研究されています。
つまり、
「意見がない」と「意見を言わない」は同じではありません。
職員は、
「こんな小さなことを言っていいのかな」
「自分だけがそう思っているのでは?」
「提案したら自分が担当になるのでは?」
「前にも言ったけれど変わらなかった」
と思っているかもしれません。
もちろん、本当に特に困っていない場合もあります。
大切なのは、沈黙だけを見て「意見がない」と決めつけないことです。
「改善案は?」より「困っている場面は?」
そこで、会議での質問を少し変えてみます。
「何か改善案はありますか?」
ではなく、
「最近、二度手間だと思ったことは?」
「利用者ともっと関われたらと思った時間帯は?」
「昔からやっているけれど、なぜやっているのか分からない仕事は?」
「なくしたい仕事ではなく、やりやすくしたい仕事は?」
「逆に、今の方法で絶対に残したいことは?」
こう聞いた方が、職員は日々の経験から答えやすくなります。
いきなり「解決策」を求めるのではなく、
まず現場で起きていることを言葉にしてもらう。
管理者も、
「私はこう思うけれど、実際にやっている皆さんはどうですか?」
「これを変えたら、どこで困りそうですか?」
と問い直してみる。
管理者の案を「答え」として出すのではなく、一つの案として出す。
それだけでも、会議の雰囲気は変わるかもしれません。
意見が出た後こそ「小さく試す」
良い意見が出たからといって、すぐ施設全体を変える必要はありません。
会議の最後に、
・何をするか
・誰がするか
・いつから始めるか
・どこで試すか
・いつ振り返るか
を決めます。
そして、
「まず1週間だけやってみよう」
「このフロアだけで試してみよう」
と小さく始める。
うまくいかなければ、
「誰が悪かったのか」
ではなく、
「どこを変えれば、次はうまくいくか」
を考える。
改善とは、一度決めた方法を守り続けることではありません。
現場で試しながら、より良い方法を探していくこと
だと思います。
生産性向上は「職員を急がせること」ではない
「生産性向上」と聞くと、
「もっと早く仕事をしろということ?」
「人を減らすため?」
と感じる職員もいるかもしれません。
しかし、介護現場で考えたいのは、単純な時間短縮だけではありません。
申し送りを10分短くできた。
会議を30分短くできた。
記録時間を減らせた。
そこで終わりではなく、
「その時間を何に使えるようになったのか」
まで考えることが大切です。
利用者と話す。
個別ケアをする。
職員同士でケアについて相談する。
落ち着いて記録する。
事故予防のために環境を見る。
職員が少し余裕を持って次の仕事へ移る。
業務改善とは、
仕事をただ減らすことではなく、限られた時間を、本当に大切な仕事へ振り分け直すこと
とも考えられるのではないでしょうか。
「何を減らすか」から始めなくてもいい
業務改善の会議で、
「ムダな仕事はありませんか?」
と聞くと、なかなか意見が出ないことがあります。
それなら、
「私たちは、利用者のために、もっと何に時間を使いたいですか?」
から始めてみてもいいと思います。
「利用者と話す時間」
「個別ケア」
「職員同士でケアを考える時間」
そんな答えが出たら、次に、
「では、その時間をつくるために、今の仕事のどこを見直せるだろう?」
と考える。
これなら、
管理者 対 職員
でも、
効率化 対 ケア
でもありません。
大切にしたいケアのために、みんなで仕事の方法を考えることができます。
会議で「決めること」がゴールではない
会議でたくさん意見が出ることだけがゴールではありません。
一度決めたことを、何があっても守り続けることがゴールでもありません。
職員が考える。
管理者も考える。
小さく試す。
結果を確認する。
必要なら変える。
この循環をつくることが、
介護現場の業務改善・生産性向上を、より良いケアへつなげていく一歩
になるのではないでしょうか。
【参考文献・参考資料】
Gollwitzer, P. M., & Sheeran, P. (2006). Implementation Intentions and Goal Achievement: A Meta-analysis of Effects and Processes. Advances in Experimental Social Psychology, 38, 69–119.
Edmondson, A. C. (1999). Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams. Administrative Science Quarterly, 44(2), 350–383.
Morrison, E. W. (2014). Employee Voice and Silence. Annual Review of Organizational Psychology and Organizational Behavior, 1, 173–197.
Tubre, T. C., & Collins, J. M. (2000). Jackson and Schuler (1985) Revisited: A Meta-Analysis of the Relationships Between Role Ambiguity, Role Conflict, and Job Performance. Journal of Management, 26(1).
厚生労働省「介護分野における『生産性向上』とは?―介護の生産性」
厚生労働省「介護分野における『生産性向上』とは?―業務改善に向けた取組」
厚生労働省「介護分野における生産性向上の取組の進め方」