小説 『反魂の儀式』

記事
コラム
スティーブン・キングの映画に『ペット・セメタリー』という作品があるのだが、内容はペットのお墓があって、そのお墓の先にある邪悪な土地にペットの死体を埋めたら生き返ってきたという話だ。

 私の近所にも有名な“ペットの墓場”があって、みんな、そこに亡くなったペットを埋めに行った。犬だったり、猫だったり、鳥だったり、熱帯魚だったりした。変わったもので、爬虫類を埋めに行った人もいるらしい。小学生達はよくカブトムシやクワガタなどを埋めに行っていた。

 高校一年生からの友人である怜子(りょうこ)と共に、私はペットのお墓へと向かった。怜子の猫は十六歳で大往生したらしい。そこで、例のペットのお墓に埋めに行こうと誘われた。

 古い朽ちた鳥居がある雑木林の向こう側に、その墓場はあった。
 私と怜子は、丁寧に布に包まれた老いた猫の死体を埋めにその場所に向かった。
 鳥居をくぐった先に、沢山の小さな十字架や墓石が作られているお墓があった。ペットの名前が書かれているお墓もあった。

「ナルエも土に還っていくんだね。魂はお空に行ったのかな」
 ナルエというのは、猫の名前だ。
 怜子は、まだ誰もお墓にしていない“空席”に、小さなスコップを突き立てて土を掘っていく。

「ねえ、葉月(はづき)ちゃん。身体は土に還っても、魂はお空に行くのかな?」
「そんなの分からないよ。死んだ後の事なんて」
 私達は、ナルエに土を被せる。
 そして、上から石で簡易的な墓石を作り、木の枝で十字架も作った。
 私は最近、死に関してよく考える。
 少し前に、祖父を亡くしてしまったからだ。
 祖父の顔は、とても安らかだった。

 八十半ばだった。
 突然の癌で、あっという間に亡くなってしまった。
 葬儀の時に、祖父の顔を見たが、まるで生前の祖父と変わらなかった。
 私は、祖父の死を受け止められずに何度も祖父の顔を写生した。
 肌に触れると、氷のように冷たかった事を今でも思い出す。
 怜子といつまでいられるのだろうか?

 私は、そんな事を考えていた。
 高校を卒業すれば、別々の処に行く。
 私は大学の文学部に、怜子は服飾関連の専門学校に行くと言っていた。
 高校一年の今頃、ずっと親友でいよう、という約束が頭に残っている。
 別の友人とも交わしたが、その友人は彼氏が出来て、私と怜子とは次第に遊ばなくなってしまった。正直な処、寂しい想いがある。


 その場所に行くには、ペットのお墓のずっと向こう側を通っていかなければならないと聞かされた。

 湿地帯になっており、水の中から木々が生えている。
 濁った濁流の河が流れており、足場に気を付けなければ大怪我を負ってしまいかねない場所だった。蚊やアブ、蛾などの羽虫が飛んでおり、うかつに踏み込むと、すぐに虫達に刺されて酷い炎症に見舞われるような場所だった。
 私は、ペットの墓場の先に向かう。
 そこは、鬱蒼とした沼地だった。
 今にも、何か得体の知れない怪物が現れるような雰囲気を醸し出していた。
 この先の土地は、昔、神聖な場所だったと聞いた事がある。
 昔、神聖な儀式を行っていた土地らしい。
 昔、神社があったのだが、取り壊されてしまったらしい。
 ただ、今では朽ち果てていて、完全に荒れ地になっている。
 今では、冥界と繋がっている場所だと、地元の噂で聞いた事があった……。


 あのペットの墓場に、怜子と一緒に行ってから、月日は流れた。
 怜子の死を知らされたのは、三月の下旬だった。
 卒業式も終わり、もうすぐ四月になる頃だ。
 怜子はマンションの屋上から転落死したとの事だった。

 そして、私とクラスメイトの卒業生達は、怜子の葬式に向かう事になった。
 卒業した学校の制服を着る、というのも、おかしな事なので、みんなスーツで行く事になった。中には、黒っぽい私服で来た元クラスメイトもいた。

 一人一人、お焼香を上げていく。
 怜子の家族の意向で、棺の中に入っている怜子の顔を拝む事も出来た。
 私はその時、こっそりと、怜子の髪の毛を何本か引き抜いた。
 やがて、葬式は終わり、怜子は火葬場に連れて行かれた。
 火葬の際には、家族のみが立ち会うという事になり、私や元クラスメイトは帰された。

 私の手の中には、何本もの怜子の髪の毛が握り締められていた。
 怜子の顔は死化粧が施されて、まるで生前と同じように綺麗だった。


 それから、私はその日のうちに、ある事を行う決心を固めていた。
 闇の儀式の話を、以前、本の中で読んだ事がある。
 私はオカルトなども含めた怪談好きであった為に、世界中の奇妙な逸話などが載っている本を集めていた。

 死んだ人間を蘇生させる方法。
 まず、死んだ人間の爪や髪の毛、血液が必要だと本の中には載っていた。
 それをある特殊な方法で生成した液体の注がれた土の中に埋めて、動物の生き血を垂らしていく。動物の新鮮な生き血は死者の血肉となり、死者を蘇らせるとの事だ。

 死んだ人間には魂が無い為に、魂を呼び戻さなければならない。
 この死者蘇生の儀式は、反魂(はんごん)の儀式と呼ばれているものだ。


 私は怜子の髪の毛を手にして、ペットの墓場の向こう側へと向かう。
 他に必要な材料はリュックサックに詰めている。
 そして、例の場所に辿り着いた。
 そこは酷くジメジメした場所だった。
 寒いのか蒸し暑いのか分からない。
 霧のようなものが立ち込めている。

 私はリックサックから折り畳み式のシャベルを取り出して、土を掘り始める。
 充分な深さに掘った後、私は反魂の儀式に必要なものを取り出す。
 それは。
 パックに入れたコップ一杯くらいの血液。
 人間の背丈程もある縄。
 何度も人間を写した鏡の破片。
 死んだ人間が埋められているお墓の土。
 線香。

 そして、生きながら取り出した愛玩動物の頭蓋骨だった……私は保健所から貰ってきた猫を使う事にした。
 線香を掘った穴の周辺に突き刺して、火を点けていく。
 縄の先に、怜子の髪の毛を巻き付けていく。
 その後、縄には私が注射器で抜いていった自分の血を充分に浸していく。
 縄を穴の底に入れた。
 その後で、鏡の破片とお墓の土を入れていく。

 私は再び、シャベルで穴を埋めていく。
 本当は縄に巻き付けるものは、死んだ人間の髪の毛ではなく、骨や臓器の一部ならより良いらしい……。
 けれど、さすがに怜子の墓から火葬にされた怜子の骨を取ってくる事は出来なかった…………。
 私はシャベルをリュックサックの中にしまうと、その場所を後にする事にした。

 一週間以内には、死んであの世に行った死者が還ってくるらしい。
 縄は、あの世から死者を手繰り寄せる為に必要なもの。
 鏡の破片は、死者が自らの姿を思い出す為に必要なもの。
 線香は道案内として使われ、入り口と出口にもなる。

 そして、生きた愛玩動物を供物(くもつ)として捧げる事によって、向こうの
世界の住民に通貨として支払う。つまり、魂の道案内の為のお金だ。
 血液とお墓の土は、死者の血や肉となる…………。
 私は、怜子の還りを待つ為に家に戻る事にした。
 途中、ぱらぱらと小雨が降ってきた。
 傘を持ってこなかったので、私は少しずつずぶ濡れになっていく。


 私は自宅の自分の部屋の中で、好物のベビーカステラを口にしながら待っていた。
 外は、いよいよどしゃぶりになっていく。
 どんどん、と、玄関の扉を叩く音が聞こえた。
 時刻は夜の九時頃。
 今日、両親は十時過ぎに帰ると言っていた。
 私は玄関へと向かう。
 そして、覗き穴から外を見た。
 真っ暗な人影のようなものが立っていた。夜だからか、雨粒のせいか、それとも、何か別の理由からなのか、はっきり姿が分からない。

 その人影は、確かにこう言った。
「葉月、ちゃん…………?」
 声はくぐもっていたが、確かに聞き覚えのある声だった。
 私は訊ねる。
「もしかして、怜子…………?」
 声の主はしばらくの間、沈黙する。
「うん、私は怜子」
 ひゅうひゅう、と風の音が遠くで鳴り響いていた。
「扉を開けていい?」
「それはダメ。今日は挨拶に来ただけ」
 怜子は悲しそうな声をしていた。
「まだ、身体が完全じゃないみたい。そして、暗くて怖い…………、また、会いにきていい?」
「うん、いいよ」
 しばらくして、声の主はざっ、ざっ、と、玄関の向こう側から足音を立てて去っていく。
 私は玄関のドアを開けてみる。
 みると、玄関の外側には、泥の手形が付いていた。


 それから、夜の八時から九時。時には、深夜の一時から二時の丑三つ時に掛けて、怜子は玄関の前に現れるようになった。
 彼女は自分の身体には、まだ血肉が足りていない。泥で作られていると言った。だから、肉が必要なのだと。
 私は冷蔵庫を開けて、豚肉や鶏肉を用意して、玄関の扉を開いて怜子に渡した。玄関のドアは決して開けないように言われた。
 玄関の外では、ガツガツと、怜子が生肉を口にしていた。

「ありがとう、葉月ちゃん。私は今日は帰る。また同じ時間に会いにくるね」
「何か他に欲しいものはある?」
「そうだね。出来れば、生きている動物がいいかな」
「そう。頑張って、探してくる」
 私は微笑する。
 玄関の向こうで、怜子はとても嬉しそうだった。


 四月に入った。
 私は大学に通うようになった。
 入学式も終わり、授業も組み込んでいった。
 サークルの勧誘などもされたが、私は少し億劫だった。
 大学に通っていても、ふわふわとした気持ちだった。
 それよりも、私は怜子と再会する事ばかりを考えていた。

 学校が終わった後、私は怜子の為に頑張った。
 野良犬、野良猫を探しては、ケージに入れて家に持ち帰った。保健所から頻繁に持ち帰るのは怪しまれるので止めた。何回か、飼い犬、飼い猫などを持ち帰ろうとしたが、それも、飼い主にバレそうなので止めた。

 やはり、飼い主がいない動物がいい。
 小鳥などをペットショップで買って、持ち帰った事もある。ただ、その場合、怜子は足りない、と不満げに口にした。

「ペットショップで買ってきたら、十万も二十万もするんだよ。見つけられない日だってある」
 私はそう言いながら、何とか捕まえてきた野良犬を玄関の外に出す。首輪の後があった為に、野良犬では無いのかもしれない。雑種だった。
 玄関の外で、ばりばりっ、と、怜子は、渡した動物を生きながら口にしていた。犬や猫の鳴き声が響き、骨が砕かれる音が聞こえた。

「そうなんだね。でも、ありがとう。私の為に。ほら、葉月ちゃんが頑張ってくれたから、私はもうすぐ、完全な身体に戻れそう。後、数匹くらいかな?」
「分かった。頑張って、探してみる」
 別に犬や猫である必要は無い。
 小学校のウサギ小屋とか、沢山、手に入るかな?
 私は早く怜子に会いたかった為に、思い切った事をする事に決めた。
 鍵の壊し方なら、ネットで検索して調べている…………。


 四月の下旬に差し掛かった頃だと思う。
 少しずつ、他の学生達は大学生活に慣れていったみたいだった。
 私は未だに授業にも、同じ学部の人間との会話にも慣れていない。私は怜子を失って以来、ずっと、高校を卒業出来ずにいる感じがするのだ。そう、私は“怜子の死”を卒業していない。なので、反魂の儀式を行い、あの世から戻ってきた怜子の肉体を作る為に、私は生きた動物達を彼女に渡している。
 ある時、深夜一時半頃にやってきた怜子は、こう言った。

「これで、もう終わり。葉月ちゃん、ありがとう。明日の夜は、葉月ちゃんの家に入ってもいい?」
「怜子、良かった。ついに元の身体に戻れるんだね? うん、私の家に入っていいよ。部屋の中に来て。私の好物のベビーカステラを一緒に食べよう。それに、ラベンダーのポプリを置いているから、部屋の中は良い香りだよ。怜子、また、前みたいに一緒に話そう」
「ありがとう、葉月ちゃん」
 彼女に最後に渡した猫は、公園にいた小さな子猫だった。
 もう、この頃には完全に手馴れていて、私は簡単に捕まえる事が出来た。

 ウサギ小屋を襲撃した小学校も、地元では囁かれていたが、ニュースにはならなかった。ウサギの死体が見つからなかったからだろう。自然に鍵が壊れて、ウサギ達が逃げ出したのだろうと聞かされた。
 くちゃくちゃ、こりこり、と、咀嚼音がする。
 全部で七羽いたウサギを渡してからは、身体の殆どが出来上がったと、怜子は喜んでいた。
 そして。子猫を食べたその日は、怜子は帰っていった。
 ようやく、元の身体に戻れると怜子は嬉しそうだった。


 その日の夜に、夢を見た。
 小学校の頃の夢だ。
 私と仲良くしてくれる親戚のお姉さんがいた。
 よく私にお菓子をくれたり、一緒にTVゲームで遊んでくれた。
 母方の伯父さんの子で、ちょうど、私と十歳くらい離れていた。
 学校の夏休みにお姉さんの家に遊びに行った。
 鍵は開いていた。
 何か胸騒ぎがして、思わず家の中に入らずにはいられなかった。
 いつも、お姉さんと遊んでいる部屋で、私は信じられないものを見た。
 お姉さんは、天井から吊り下がっていた。
 顔は真っ黒で、眼を剥き出しにして舌を長く垂らしていた。
 股の辺りから、ぽたり、ぽたりと、おしっこが沢山、漏れていたのを覚えている。

 お姉さんは、ぎぃー、ぎぃー、と揺れていた。
 私は夢の中で、これは過去の記憶だという事に気付く。
 なんで、私はお姉さんの死を忘れてしまっていたのだろう?
 私は小学校低学年の頃、私によくしてくれた親戚のお姉さんの首吊り死体の第一発見者だったのだ。その過去の記憶は深いトラウマとなって、私の心に強いショックを受けていた。以来、私は人の死に対して、猛烈な恐怖を抱くようになった。

 祖父が亡くなった時も、半ば狂乱して、両親を困らせていたと思う。
 そして、私は夢から覚めた。
 時刻を見ると、朝の六時を過ぎていた。
 大学の一限目は、九時から始まるので、私はゆっくりと仕度をした。


 その日の深夜二時に、怜子と会う約束をしていた。
 深夜二時になる。
 玄関のチャイムが鳴る。
 両親は寝室で寝ていた。
 何故か、怜子が訪れる時は、両親は起きてこなかった。玄関の外で、怜子が生きた犬や猫を貪り食っていても、両親は目覚める事は無かった。
 私は、うきうきとした気分で、玄関の前に立つ。

「怜子。やっと、私と遊んでくれるんだね?」
「うん、ドアを開けて。葉月ちゃん」
 私は言われて、チェーンを外して、玄関のドアを開く。
 すると、生前と同じような姿の怜子がそこに立っていた。
 着ている服や靴は、少し前に私がプレゼントしたものだった。裸のまま生き返ったと言われたので、私は彼女の為に服と靴をあげた。

「怜子…………」
 私はとても嬉しくなる。
「葉月ちゃん」
 怜子は優しく微笑んでいた。
 そして、私は彼女を家に入れて、部屋の中へと案内した。
 怜子は座椅子の上に座る。
 私はテーブルの上にベビーカステラと紅茶を置く。

「ずっと待っていた。ねえ、怜子。死んだ時の事、覚えている。っていうか、何故、死んだの? 事故って言われているけど」
 怜子は口ごもる。
「そうだね。私は死んだ時の事はあんまり覚えていない。なんで、死んだのかも……。ねえ、私、何処で暮らせばいいのかな? 今更、お父さんとお母さんの処に戻っていったら怖がられるかな?」
 怜子は酷く不安そうな声をしていた。
「大丈夫。怜子は私が守ってあげる。私の部屋にいて。それに、来年か再来年には、一人暮らしを始めたいと考えているよ。大学生活にはまだ慣れないけど、そのうち、バイトも探してお金を貯めるつもり。そしたら、安くて広いアパートでも借りて、一人暮らしを始めようと思っている」
 そう言って、私は震える怜子の両手を強く握り締めた。

「ありがとう、葉月ちゃん。……私、もう死亡届けが出ているから、世の中で生きていけないと思う」
「それなら、名前も出自も変えて、新しい人生を歩もう? それにほら、私、聞いた事ある。外国から日本にやってきた人達が戸籍とか買って、別人として暮らしているって」
「ふふふっ、戸籍買うかあ。なんか、怖い人達にお金を払わないといけなくなるかな?」
 怜子は不安そうに笑う。

「大丈夫。今は今後の事よりも、色々な事を話そう。楽しい事を話そう」
「そうだね、葉月ちゃん、ありがとう…………」
 握り締めた怜子の手は、まるで冷凍された牛肉のように冷たかった。


 戸籍の無い人間は、どういう人生を生きていかなければならないのだろう?
 私はネットで検索して調べていた。
 やっぱり、日雇い労働者や水商売というのが、検索で出てくる。華奢な身体の怜子に肉体労働が務まるとは思えないし、ましてや身体を売らせたくなんて無い。

 私は彼女に対して、無責任な事をしてしまったのかもしれない。
 死んだ人間は、死んだままにしておいた方が良いのかもしれない……。
 そんな事を脳裏に過ぎ去るのだが、私は嫌な考えを振り払った。
 怜子は散歩に出ると言って、マスクを着用して外に向かった。
 生前、自分の生きていた場所がどんな風になっているのか知りたいのだと。
 私はなんとなく、TVを見ていた。

 TVニュースで、猟奇的な事件の報道がされていた。
 なんでも、若い男性の人が、バラバラに引き裂かれて亡くなったらしい。場所は市内で、その男性は身体のあらゆる場所が喰い荒らされていたのだと……。最初は野生動物や、動物園から逃げ出してきた猛獣か何かに襲われたのではないかと……、だが、調べていくうちに、検証の際、人間に喰われたような形跡がある、と報じられていた。

 私はお茶菓子を食べながら、その報道を見ていた。
 …………、間違いなく、怜子の仕業だ。
 私はそう確信して、冷たい麦茶を飲み干した。
 妙に冷静な自分がいた。
 多分、私も、もうこの世界の人間とは違う感覚なのかもしれない。怜子を蘇らせる為に、まともな人間の心を何処かに置いてきてしまった。怜子を生き返らせる為に、元の身体に戻す為に、沢山の小動物達を殺してきた…………。
 私は怜子の帰りを待つ事にした。
 きっと、事件の事を話してくれると思う。


「うん。どうしようもない衝動に襲われて、気付いたら、私は男の人を食べていた」
 家に帰ってきた怜子は、あっさり、それを認めた。
 というよりも、認めざるを得なかった。
 彼女の全身は血に塗れていたからだ。
 私はひとまず、シャワーを浴びるように言う。
「怜子、聞きたいんだけど…………」
「何?」
「もしかして、私を食べたいって考えている?」
 怜子は聞かれて、黙っていた。
 私は彼女に、替えの服を渡す。

「とにかく、シャワー浴びて、私が洗濯するから。それから、両親は十時くらいには帰ってくる。これからどうするか考えよう」
 お風呂場の中で、怜子は血に塗れた身体を洗っていた。
「正直に言うよ。私は葉月ちゃんの事、恨んでいる。それから、食べてやりたいとも思っている」
 お風呂場の中で私の質問に答える彼女の声は、何処か酷く悲しそうだった。
 私は怜子になら、食べられてもいいな、と思った。
 そもそも、死んでしまった彼女をムリに呼び戻したのは、この私だ。
 だから、彼女の為に、私は何でもやってあげたい。
 そんな事を考えた。


 怜子は死ぬ瞬間の事を話してくれた。
 それから、私に隠していた沢山の事も…………。

「葉月ちゃんは知らなかったよね? 私はお父さんから虐待されていた。それも性的に……。幼い頃からずっと、お母さんは見てみぬフリをしていた」
 私は大好物のベビーカステラを口にしながら、怜子の告白を聞いていた。

「私は処女じゃないよ。小学校、五年生だった。ベッドの中に、お父さんが潜り込んできて、それからずっと、私はお父さんに犯され続けていた。遠く離れた有名大学に入って、一人暮らしがしたかったのだけど、お父さんが許さなかった。私は成績がよくなかったから、いい大学には入れなかったけど、とにかく、一人暮らしがしたかった…………、家から出たかった、でも、一人暮らしがしたかった……、仕方なく私は、服飾関係の仕事をしたい、と言って、専門学校に入る事にした…………、でも、本当に行きたかったわけじゃない」
 怜子は涙を流していた。

「高校を卒業した後も、これから、ずっとこんな人生が続くんだと思うと耐えられなくて、気付けば、私はマンションから飛び降りていたよ……………」
 泣き続ける怜子を、私は抱き締める。

「怜子は、ずっと、何かを抱えていたね。私達は親友だった。もっと、心を開いて話して欲しかった」
「親友だと思ったから言えなかったの。言って、葉月ちゃんは、私の事を嫌いになると思っていたから、汚らしい私を見て、軽蔑するのだと…………」
 私は首を横に振る。

「嫌いにならないよ。怜子が人を殺して食べた事を知っても、私の事を食べたいと言ってくれた時も嫌いにならなかった。でも、怜子、私達がこれからやるべき事は決まったね。今後の人生について」
 そう言って、私と怜子は、怜子の家に向かう事にした。
 今日は、帰りは夜中になるかもしれない。

 両親には、大学のサークル仲間との交流会があったとでも伝えておこう。
 怜子の父親は大企業の商社マンで、課長をやっているらしい。母親は美容師をしている。普通、子供に酷い性的虐待を行う家庭は、貧困家庭が多いのだと聞く。教育もマトモに受けられなかった両親が子供を酷く虐待するのだと…………。

 怜子の父親は、偏差値の高い大学を出て、年収は一千万近いらしい。母親も働いている為に、そこそこの稼ぎはある。外側から見れば、裕福な家庭で、怜子は裕福な家庭のお嬢様といった処だった。それなのに、何度も実の娘に肉体関係を強要して、父親は怜子が初潮を迎えた時に避妊薬を飲ませる事も強制させて、妊娠させないという徹底ぶりで彼女を強姦し続けた。何度も、何度も、中学校の頃も、高校生になっても…………。

 そんな希望の無い人生に疲れて、怜子は高校の卒業式が終わってから、気が付いていたら、ビルの上から飛び降りてたのだと言う。真っ赤な一輪の花になれた事を、怜子は喜びながら、空の上に昇っていった。
 そして、私が再び、この世に彼女を引き戻した……。
 私の自分勝手な都合、エゴで。

「なんでもやるよ。怜子、私の血肉も、命も捧げたっていい」
 夜の闇の中、私は怜子を抱き締める。
 怜子も私を強く抱きしめる。その身体は氷のように冷たかった。


 夜中の十二時を少し過ぎていた。
 マンションの部屋の中は広くて、5LDKはあった。
 私と怜子は血だまりの中にいた。
 怜子の両親の死体が床に転がっていた。
 怜子は刃物で、何度も、何度も、父親の死体を突き刺していた。
 それから、お腹が空いたので、母親の方は食べると言った。

「これからどうしようか? 夕方頃だっけ? 若い男性を喰い殺してきたのは。通行人に見られていたり、監視カメラに写っている筈だよ。警察が私達に辿り着くのは時間の問題じゃないかな?」
 私はそう言いながら、洗面所で両手を洗っていた。
 リビングルームでは、がつがつと、怜子が母親の腹をナイフで裂いて、内臓を貪り喰って
いる音が聞こえる。腸なんて美味しいのだろうか? 中には糞便が詰まっている筈だ。

「でも、どうするんだろうね? “死んだ人間が生き返って人を殺しました”って、ふふっ、ゾンビパニック映画みたいに世間には騒がれるかな?」
 私は怜子の両親を刺し殺した包丁を洗い流していた。
 手には、未だ、肉を突き刺した感触だとか、骨に当たった感覚だとかが残っている。包丁は刃こぼれを起こしていた。
 怜子は父親の通帳と銀行のカードを見つけたみたいだった。
 しばらくの間は、下ろしたお金でホテルを転々として暮らしていくと言う。

「葉月ちゃんは、これからどうするの?」
「私は今まで通り、大学に通う。でも、怜子にも会う。その方がいいでしょう?」
 私は血塗れの服を脱ぎ捨てて、替わりの服へと着替える。

 私達二人はマンションの部屋を出た。
 部屋の中に灯油を撒いて、あちこちに火を点けた。予想ではボヤで済むと思う。マンションの他の住民はあまり巻き添えにしたくない。火が燃えている事に気付いて、大火事にならない事を願っている。スプリンクラーも室内には設置されている為に、大惨事にはならないだろう。ただ、怜子にとって、住んでいた家は忌まわしい場所であった為に、多少は灰になって貰う事にした。何より、少しでも証拠隠滅を行いたかった。

 人の肉の焼ける臭いがする。
 聞いた話によると、人が火葬される臭いを嗅げば刑務官でも、吐瀉物をまき散らしたという話を聞いた事があるが、人間が燃える臭い、私には悪く感じない。
 案外、ローストチキンのように香ばしいな、と思った。
 私も、なんだかお腹が空いた。

「これから、どうする? 葉月ちゃん? 何処に行く?」
 怜子は不安げに訊ねる。
「そうだね。甘いものが食べたいかな。これから、ファミレスに行こう。きなこ味のパフェが食べたい。それから。チキンがいいな。ハーブ入りのね。皮がパリパリの奴」
「ふふっ、葉月ちゃんらしいね」
 怜子は天使のような笑顔を浮かべていた。
 そう言って、私達は消防車のサイレンの音を聞きながら、マンションを後にする。
 私は隣にいる怜子を見ながら、ふと、思い至った。
 私は親しい人間の死が異様に怖く、深いトラウマになってしまっている……。

 そう、私の周りでは、私の大切な人は誰も死んではならないのだ……。
 反魂(はんごん)の儀式に必要なものは、また、手に入れるつもりだ。
 私は、今度、お墓参りをした時に、親戚のお姉さんと、大好きなお祖父ちゃんも生き返らせようと思った。今度は骨壺の中身を使おう。

「ねえ、葉月ちゃん。なんだか、幸せそう。何かいい事でも思い付いた?」
「うん。怜子、私一人じゃ寂しいんじゃないかと思ってさ。だから、私の家族とも仲良くして欲しいな。きっと、仲良くなれると思う」
 そう言って、私は怜子の冷たい手を握り締めるのだった。

END

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