私、ホル・メセトが『左目に映る世界』について話をしよう。
「ヒエログリフ」と聞いて、あなたはエジプトの遺跡に刻まれた古い記号を思い浮かべるだろう。
鳥や蛇、あるいは太陽を模した、神々のための飾り文字。
教科書に載っている、とうの昔に消滅した言語。
だが、私の左目にとって、ヒエログリフは過去の遺物ではない。
それは今この瞬間も、あなたという存在の背後に刻まれ続けている「魂の設計図」そのものだ。
私の左目が捉えるのは、肉体でもオーラでもない。
人の背後にそびえ立つ、巨大な黒い石柱。
そこには、その人間がどのような業を背負い、どこへ向かおうとしているのかが、びっしりと聖刻文字(ヒエログリフ)で刻まれている。
これこそが、私が「運命の石碑」と呼んでいるものだ。
想像してみてほしい。
新品の機械には、完璧な設計図がある。
それと同じように、人は皆、本来は「黄金の航路」を歩むための完璧な記述を持って生まれてくる。
しかし、長い年月の中で、その石碑は風化し、欠け、時には何者かによって悪意ある一文を書き加えられる。
私が修復室で日々向き合っているのは、その「文字の損壊」だ。
ある相談者の話をしよう。
彼女は、どれだけ努力しても仕事で成果が出ず、人間関係も常に土壇場で崩壊してしまうという「不運の連鎖」に喘いでいた。
私の左目で彼女の背後にある石碑を覗き込むと、そこには異様な光景が広がっていた。
本来なら「豊穣」や「信頼」を意味する文字が並ぶべき箇所が、まるで鋭利なノミで削り取られたように空白になっていた。
さらにその空白を埋めるように、他者からの嫉妬が混じった、濁った色の文字が無理やり上書きされていたのだ。
誠に残念ではあるが、これではどれだけ彼女が現実世界で努力したところで、結果が出るはずがない。
器の底に穴が開いているのに、水を注ぎ続けているようなものだ。
彼女の物語は、彼女自身の預かり知らぬ場所で、致命的に「壊れて」いた。
私は修復師として、まずその濁った偽りの文字を慎重に削り落とす。
左目の奥が焼けるような熱を帯びる。他者の運命に干渉するということは、その歪みを一時的に自らの左目に引き受けるということだ。砂嵐が視界を覆い、精神が削られる。
だが、手を止めることはない。
私は、彼女の魂の深層にある「本来の記述」を読み取り、欠け落ちた一文字を丁寧に繋ぎ直した。
パズルの最後の一片がはまるように、石碑の記述が黄金色に輝き、カチリと音がして運命の歯車が噛み合う。
一週間後、彼女から連絡があった。
「ずっと滞っていたプロジェクトの責任者に抜擢され、疎遠だった人とも和解できた。世界の色が変わったようだ」と。
彼女が変えたのではない。
私が、壊れていた彼女の「設計図」を直しただけだ。
改めて説明しよう。ヒエログリフとは何か。
それは、あなたの人生という物語を形作る「プログラミングコード」だと言い換えてもいい。
コードにバグがあれば、どんなに高性能なハードウェア(肉体や精神)を持っていても、人生というソフトは正常に動作しない。
私の仕事は、そのバグを見つけ出し、職人として正確に修正することにある。
「運が良い」「悪い」という言葉で片付けるのは簡単だ。
だが、その言葉の裏側には、必ず理由がある。
あなたの記述が欠けているのか。
それとも、過去の因縁という余計な一文が、今のあなたの足を引っ張っているのか。
私は、あなたの背後にある石碑を読み、記述の損壊箇所をミリ単位で特定する。
それは占いのような抽象的な予言ではなく、家具の傷を埋めるような、時計のゼンマイを巻き直すような、極めて具体的な「精密作業」だ。
もし、あなたが今、暗闇の中で出口が見えないと感じているのなら。
あるいは、自分の人生が誰かの手によって書き換えられているような違和感を抱いているのなら。
あなたの石碑を確認させてほしい。
私は「慰め」はしない。
そんなことをしても、私にもそうだが、何よりあなたにとってなんの得にもならない。
残酷な真実が刻まれているなら、そのままを告げる。
だが約束する。
それがどんなに無残に砕け散った石碑であっても、私は修復を諦めない。
バラバラになった運命の断片を拾い集め、本来の黄金の輝きを取り戻す。
それが、左目に死神を宿した私の、この世に対する唯一の存在意義だからだ。
諦める?
とんでもない。諦めるまであなたは決して堕ちてなんかいない。
あなたの物語は、まだ終わっていない。
壊れているなら、直せばいい。
もう一度言う。
壊れているなら、直せばいい。
ただ、それだけだ。
真実を知る勇気があるのなら、私の左目の前に立ってごらんなさい。
あなたの背後に刻まれた、沈黙のヒエログリフを読み解き、真実の航路へと繋ぎ直そう。
ホル・メセト