「相手にどうしてほしいか」を考えるほど、自分の苦しさが見えなくなった。

「相手にどうしてほしいか」を考えるほど、自分の苦しさが見えなくなった。

記事
コラム
朝、事務所に入る。
「おはようございます」


こちらを見ないまま、返事はない。
気づかなかったのかもしれない。


そう思おうとしても、胸の奥には小さな痛みが残る。

相手が近くを通るだけで体に力が入り、話しかける前から言葉を選ぶ。


家に帰ってからも、
「挨拶くらい返してほしい」

「自分にだけ態度を変えないでほしい」

同じことを何度も考えていた。


相手にしてほしいことなら、いくつでも浮かぶ。

頭の中で伝えても、翌朝になれば同じ場面が待っている。


相手が変わるかどうかは、相手にしか決められない。

分かっていても、考えることをやめられなかった。


あるとき、ノートに一つの問いを書いた。
「相手に、どうしてほしいのか」

その下には、これまでと同じ言葉が並んだ。


もう一つ、問いを足した。
「わたしは、何に苦しんでいるのか」


最初に浮かんだのは、
「無視されること」

だった。


もう少しだけ考える。

苦しかったのは、返事がないことだけではなかった。

自分だけが、そこにいないように扱われること。


また拒まれるかもしれないと考え、必要な会話まで怖くなること。

仕事が終わったあとも、相手の態度に自分の時間を使い続けること。
「相手が悪い」


その一言に隠れていた自分の苦しさが、少しずつ見えてきた。
自分の苦しさを知ることは、相手を許すことではない。


嫌な態度を我慢し、自分にも原因があると責めることでもない。

自分を守るために、何を選ぶのかを考えることだった。


必要な連絡は、記録が残る形で伝える。
一人で抱えず、信頼できる人へ状況を話す。


関わる範囲を決め、相手の反応を確かめ続けない。
安心して話せる人との時間へ、意識を戻す。


相手を変える方法ではない。
どれも、自分で選べる小さな行動だった。


人間関係で苦しいときは、
「相手に、どうしてほしいだろう」

と考えてしまう。


それは自然なことだと思う。

その答えを書いたあとに、もう一つだけ問いを置いてみる。
「わたしは、何に苦しんでいるのだろう」


すぐに言葉にならなくてもいい。
「腹が立つ」
「顔を見るだけで疲れる」

そこからでいい。


苦しさの正体が見えてくると、相手が変わるのを待つ以外にも、自分で選べる一歩が見つかることがある。


一人で考えると、怒りや出来事が絡まり、同じところを回ってしまうこともある。


そのようなときのために、今の状況を文章で整理しながら、自分で選べる一歩を一緒に探す場をつくっています。

▶ 職場の人間関係で、今できる一歩を整理します


サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す