何かを学ぼうとするとき、私たちはつい「もっとたくさんの知識を深めなきゃ」「あれもこれも知っておかなきゃ」と、情報の量ばかりを追いかけてしまいがちです。
世の中には、本当にたくさんのことを知っている人が大勢います。でも、いろんな意見や価値観がある中で、私自身は「いろいろなことを知っている人」よりも、「いろいろなことを判断する基準が明確な人」のほうに、圧倒的に興味がわくのです。
なぜなら、どんなに膨大な知識を持っていても、いざというときに「今の自分には何が必要か」を判断できず、情報に溺れて動けなくなってしまっては意味がないからです。
本当に必要なのは、知識をただ深めることではありません。入ってきた情報をその都度「これは今インプットすべきコアな知識か」「それとも、必要になったときに調べればいい情報か」と仕分けていく力。この判断基準が明確だからこそ、頭の中に余白が生まれ、迷わずに次の一歩が踏み出せる。それが、本当に「動ける人」の仕組みなのだと思います。
容量に限界があるからこそ、仕分けが必要になる
偉そうにこんなことを書いていますが、振り返ってみれば、以前の私もどこか「情報の量」そのものに価値を感じていた時期がありました。たくさんの知識を持っていることこそが正義で、あれもこれも詰め込まなければいけない、と思っていたのです。
しかし実際のところ、私自身の脳のキャパシティも、決して人より優れているわけではありません。ごくごく平均的な範囲にいる人間だと思っています。
だからこそ、自分の脳の容量には限界がある、という事実をどこかでよく知ることになりました。
出会った情報や知識をすべて「重要だから」と頭の中に詰め込もうとすれば、あっという間にメモリはパンクしてしまいます。脳がパンクすると、いざ「今、行動しよう」としたときに、情報が多すぎてフリーズし、結局一歩も動けなくなってしまうのです。
容量に限度があるからこそ、入ってくる情報をその都度「仕分け」しなければなりません。
これは、自分の土台として今しっかりインプットしておくべきこと。
これは、必要になったときにその都度調べればいいこと。
すべてを暗記しようとするのをやめて、この「判断基準」を明確にしておく。脳の中に全部を並べるのではなく、信頼できる外の引き出し(検索)に任せる部分を作っておく。自分の容量の限界を正しく受け入れているからこそ、情報を整理し、判断する力が磨かれる。それが、頭の中に心地よい余白を作り、私たちをフリーズさせずに動かし続けるための知恵なのだと思います。
脳の容量を開けておくために、判断基準を持つ
自分の脳のキャパシティに限界がある以上、出会った情報すべてを頭の中に詰め込もうとすれば、必ずどこかで無理がきます。
だからこそ、入ってきたその都度、「これは今インプットすること」「これは必要になったらその都度調べること」を明確に判断していく。すべてを頭の中に抱え込むのをやめて、調べればいいことは外の引き出しに任せてしまう。そうやって自分の脳を仕分けのフィルターとして機能させることが、頭の中を一番スッキリした状態に保つことに繋がります。
知識をどこまでも深めて量で勝負しようとするよりも、自分の中に明確な「判断基準」をひとつ持っておく。その仕分けができるからこそ、脳のメモリに常に余白が生まれ、いざというときにフリーズせず、軽やかに次の一歩を踏み出せるのだと思います。
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