今日、家族が4歳の息子に強い口調で怒っているのを見て、
胸の奥がきゅっと苦しくなりました。
「そんな言い方しなくてもいいのに」
「まだ4歳なのに」
そう思う気持ちは、確かにありました。
でも不思議と、その感情のまま何かを言おうとはしませんでした。
代わりに、息子に「どうしたかった?」と聞きました。
息子は、自分なりの気持ちをぽつぽつ話してくれて、私はただそれを聞いていました。
夫には、その場で何かを責めるようなことは言わず、
あとからAIに聞いた対応のヒントを「こんなの見つけたよ」と伝えました。
いつもとは違う反応
いつもだったら、子どもの前で「やめてよ」と言っていたと思います。
でも今日は違いました。
それは、我慢したからでも、感情がなかったからでもありません。
ちゃんと悲しかったし、胸が痛くなる感じもありました。
ただ、その感情に引っ張られずにいられたんです。
感情と行動の間に、ひと呼吸
魂の声を聴くようになってから、不思議と、自分を少し離れた場所から見られるようになりました。
感情が湧いてくることと、その感情で動くことが、同じではなくなった感じです。
怒りや悲しさが生まれても、「いま何が起きているんだろう」とひと呼吸おいて見られるようになった。
だから、誰かを正すよりも、この場をどう整えたいかを考えられたのかもしれません。
光に気づいた瞬間
しばらくして、窓から入る光がぽかぽかと暖かいことに気づきました。
それだけで、少しだけ呼吸が深くなって、心が緩んだ気がしました。
世界を見るフィルター
人は、生まれるときも、死ぬときも、ひとり。
でも生きている間は、いつも誰かや何かの影響を受けながら存在しています。
同じ出来事でも、どんなフィルターで見るかで、世界の見え方は変わる。
だったら、少しでもクリアな視点で見られた方が、きっと楽です。
心がぎゅっと固まったとき、私は空を見るようにしています。
空を見上げると、自分が小さな世界にこもっていたことに気づけるから。
すべてがつながっている感覚を、思い出せるから。
あなたへ
今日、あなたはどんな感情に触れましたか。
それを否定せずに、ただ「そう感じたんだね」と自分に声をかけてあげられたら、それだけで十分だと思います。