セラー業務支援室です。
私は医薬品メーカーで30年、営業事務として働いています。
以前の記事では、飲み会が減ったことによって生まれた“コニュニケーションの距離感の差”を書きました。
この距離感の差がもたらす「パワー・ハラスメント」に焦点を当てて書きたいと思います。
■平成の上司と部下の関係
平成の時代、私が働いていた職場では、
若手社員の役割は、自分の担当業務を粛々とこなすことに尽きました。
オフィスでも会議でも、若手の意見が聞き入れられることはほとんどなく、
そもそも発言権がありませんでした。
意見を述べようものなら、
「若造・小娘は黙っとけ!」
と一喝されるのが常でした。
こういう職場に共感してくれる私の同世代は多いと思います。
もし何か意見を伝えたいのであれば、
無礼講とされる飲み会の席で、上司の機嫌が良いタイミングを見計らって話す
──それが当時の常套手段でした。
ちなみに、ここで言う“意見”とは報連相ではなく、会社や上司への要望や改善提案のような内容を指しています。
飲み会に誘われなければ、意見を伝える機会が得られません。
そのため若手は、上司の機嫌を損ねないように立ち回り、時折飛んでくる軽い暴言も上手に受け流しながら仕事をする
──そんな“若手の務め”がありました。
こうしたやりとりは、今で言う「いじってもらっている」「かわいがってもらっている」という扱いの延長線上にありました。
以前の記事でも触れましたが、
平成初期は、上司の裁量、つまり部署の予算内であれば経費を使って自由に飲みに行ける時代でしたので、
若手社員が自分の給料では到底行けないようなお店に連れていってもらえることも珍しくありませんでした。
ですので、その頃の若手社員は飲みに行くことに対して今ほど抵抗感はなかったように思います。
上司との関係性が深まると、
お酒の席では会社の昔話や裏事情が聞けるようになり、
そうした「職場では語られない情報」を知っているかどうかで、
仕事の進めやすさが大きく変わっていきました。
■令和の上司と部下の関係
以前の記事にも書きましたが、
氷河期世代より下の世代は、学校教育の中で「自分の意見を伝える」「要望を述べる」ことを学んだ人も多く、
職場や会議でも普通に意見を言うし、上司の機嫌を伺う必要もありません。
そして、飲み会で、
平成時代は若手だった上司が、自分も経験したように「今日は無礼講だ」と言ったときに、
その言葉を“上下関係を外す許可”だと受け取る若手が現れるようになりました。
つまり、無礼講=上司と同じ立場で振る舞っていい、と解釈してしまうのです。
しかし、どういう場所・状況であろうとも、
上司が立場を利用して威圧的な言動をすると、
若手は「パワハラ」という言葉を使って自分を守るようになりました。
■「いじる/いじられる」「無礼講」の解釈の変化
どうやら、「いじる/いじられる」は
平成では上下関係で使う言葉、
令和では対等な関係で使う言葉に変化したようです。
また「無礼講」も、
平成では“若手も一人前として意見を言ってもいいの場”というとらえ方でしたが、
令和では辞書どおり“地位や身分の上下を取り払い楽しむという趣旨の宴会”というとらえ方に変わったのではないかと思うのです。
こうした世代による言葉の解釈の違いを敏感にくみ取らないと、
何気ない言動が「パワハラ」として受け取られてしまいます。
いにしえより、言葉は時代とともに変化すると学校で習ったと思います。
この“言葉の解釈の違い” を世代間で理解し合うことこそが、
パワハラを生まない職場環境づくりにつながるのではないでしょうか。
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