【ご注意】本作には、精神疾患、向精神薬の服用、性的な描写が含まれます。体調や気分のすぐれないときは、無理に読み進めないでください。
本作はフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。
石垣島に、スコールが来た。
ホテルの売店で、透明なビニールの雨合羽を買った。三百円。ダウンタイムの顔に、雨を当てるわけにはいかない。袖を通し、フードを目深にかぶると、腕と脇腹のビニールが擦れて、キュッ、と乾いた音を立てた。
その音を、私は前にも聞いたことがある。
二十代の終わり、私は『ファイナルファンタジー』を作る会社にいた。一人の女と暮らしながら、別の三人の女と寝ていた。
◇
大量のレスタミンが効いてきたのか、阿佐ヶ谷の街を、微睡(まどろ)みの中で歩いていた。パールセンター商店街のアーケードが、巨大な内臓のようにうねって続いている。私の皮膚は限界だった。ステロイドのリバウンドで赤黒く腫れ上がり、滲出液(しんしゅつえき)がシャツの襟に黄色いシミを作っている。痒みというよりは、無数の蟻が皮下組織を食い破って出てこようとするような、暴力的で持続的な疼痛だ。
ふと、町外れの古びた医院が目に入った。吸い込まれるように自動ドアをくぐった。診察室には、慶応大学医学部卒だという老女医が座っていた。彼女は私の顔を見るなり、虫眼鏡で患部を拡大し、皺だらけの指で私の頬の滲出液をぬぐった。
「これとこれを皮膚と顔に塗り、これを飲んでおけば治るわよ」
彼女は淡々と言った。感情のない、事務的な宣告だった。
私は半信半疑で、処方されたチューブ入りの軟膏を指に取った。「プロトピック軟膏」。そして、ステロイド軟膏。抗ヒスタミン薬の「アレグラ」。それらを顔面に塗りたくる。べとりとした油分が、熱を持った皮膚を覆う。なんということか。翌週、鏡を見た私は息を飲んだ。二十数年間に渡って私を苦しめ続けてきたアトピーの赤みが、消退している。魔法ではない。強力な免疫抑制剤が、私の細胞の過剰反応を化学的にねじ伏せたのだ。一ヶ月後。雪は止んだ。象の皮のような苔癬(たいせん)化も消えた。
プロトピック軟膏によってコーティングされた新しい皮膚は、毛穴が見えないほど滑らかで、どこかビニール質の光沢を放っていた。私は鏡の中の男の頬を撫でた。ツルリとしている。引っかかりがない。
そこに映っていたのは、もはや「かわいそうな患者」ではなかった。欲望を受け入れるための準備を完了した、新品の「器」だった。私は決意した。アトピーという鎖が外れた今、これまで失ってきた人生の快楽をすべて「リカバリーする(取り戻す)」
のだ、と。
失われた二十年を、他人の体温と粘液で埋め合わせるのだ。
社内公募で『ファイナルファンタジー』の制作チームへ移籍できた。だが、そこは私が想像していた牧歌的な場所とは違っていた。開発室の壁一面に張り巡らされたストーリーボード。それは以前テレビのドキュメンタリーで見た『スター・ウォーズ』の制作現場そのものだった。理数系の頭脳を持つプログラマーや、美大卒の天才アーティストたちが、無言でモニターに向かっている。彼らが作り出すポリゴンの質感、光の計算、モーションの滑らかさ。それら圧倒的なクオリティの前に、私の「努力とロジック」だけで塗り固めたメッキは、無残にも剥がれ落ちていった。
そこへ来て、衝撃が走った。鳴り物入りで始まったばかりのオンラインのタイトルが、発売直後から酷評の嵐にさらされたのだ。現場の人間には事前の通達などない。ある朝出社すると、プロデューサーが替わり、ゲームそのものを作り直すことが決まっていた。足場を失った現場は混乱を極め、私たちは終わりのないデスマーチへと突入した。私は阿佐ヶ谷の自宅から、青梅街道をバイクで走って通勤するようになった。排気ガスとアスファルトの臭い。ヘルメットの中で、私は叫んでいた。
精神が壊れ始めていた。西新宿のビル街。本社のすぐ横にある心療内科に通い始めた。そこで処方されたのは、リタリンではなく、「リボトリール」と「デパス」だった。精神を鎮静化させるためのマイナートランキライザー。白い錠剤を飲む。脳のノイズが消える。感情が平坦になる。私は、その作り直しのチームに組み込まれた。私は薬で脳を化学的に麻痺させ、感情を殺し、『ファイナルファンタジー』という巨大な幻想の一部を作るための、精密な作業機械となった。
一方、生活の場である阿佐ヶ谷は、相変わらず私たちのお気に入りだった。阿佐ヶ谷内で何度か引っ越しを繰り返しながら、パールセンター商店街をブラブラと歩く。七夕まつりの日には、二人で浴衣を揃えて出かけた。吹き流しの飾りが風に揺れる下を、下駄の音を響かせて歩く。隣の高円寺の阿波おどりにも行った。
東日本大震災が起きた。阿佐ヶ谷のマンションが、長いあいだ横に揺れ続けた。食器棚の扉が開き、皿が床で割れた。それから何日も、テレビには黒い波が町を呑み込んでいく映像と、原子炉の建屋が白い煙を上げて吹き飛ぶ映像が、繰り返し流れた。現実の鉄骨とコンクリートが、物理法則に従って崩壊していく様を、私たちは黙って見ていた。
世の中では論壇が活発になり、次々と新しい社会学者や評論家が現れていた。Twitterでの議論。北田暁大、鈴木謙介、荻上チキ、東浩紀、無名の表現者達。
私はバイクの後ろにマキを乗せ、西新宿の朝日カルチャーセンターや、東京都立大学、東京大学の講義にモグリで入り込み、社会学を勉強した。新宿ロフトプラスワンや阿佐ヶ谷ロフトAに入り浸り、サブカルチャーの情報を漁った。
中野ブロードウェイの古本屋独特のカビ臭い通路で、サブカル雑誌や漫画を買い込む。帰宅すると、マキと二人、逃避するようにそれらの本を読み漁った。新宿のカルチャーセンターの硬い椅子に座り、社会の構造を説く学者の言葉に縋(すが)った。
「僕たちは、システムの奴隷なんだ……」
音楽もシステムの一部だった。『INCOGNITO』のアシッドジャズが好きで、都内のクラブへバイクを飛ばした。重低音が腹に響く。マキとダンスをする。汗が飛ぶ。ノエル・ギャラガーの来日公演。最前列で後ろからの圧力に押し潰されそうになりながら、「Don’t Look Backin Anger」を大合唱した。涙が出た。
『MASTERキートン』を愛読しており、主人公の平賀=キートン・太一がオックスフォード大学卒の考古学者であることに憧れていた。かつて早稲田で考古学者になりたいと思ったのも彼の影響だった。キートンへの憧れは、いつしか具体的な目標に変わっていた。オックスフォード大学に行く。私は密かに決意していた。直接の入学は無理でも、トロント大学経由なら可能性があるかもしれない。
マキにはまだ、その野心を告げていなかった。マキもまた、私に影響されて、働きながら大学に入り直していた。
しかし、アトピーが治った私の新しい皮膚は、尊敬や愛情とは別の、どす黒い渇望に支配され始めていた。私はマキを裏切った。当時流行り始めていた出会い系のサイトに登録し、女漁りを始めたのだ。
宮台真司のテレクラ調査のような社会学的実験だと自分に言い訳をした。確率論。約5%の確率で、自分好みの女性とセックスに持ち込めることがわかった。私は必死で映画、音楽、漫画、アニメ、サブカルチャーを勉強し、自分を「文化的な男」として武装した。
一人目の女性、ナオと出会った。彼女は都内のレンタルCDショップで働いており、よく私好みのオムニバスアルバムを作ってくれた。私たちは高円寺の安居酒屋でよく飲んだ。私はマキに黙って、週二回のペースで夜中の三時までナオと過ごした。お互いに「どんな異性と出会い、どんな経験をしたか」を報告し合う、奇妙なセックスフレンドの関係になった。
ナオと高円寺で飲んだ帰り、バイクで早朝に家に戻ると、マキが泣きながらベッドで寝ていた。枕が濡れていた。私は罪悪感を、デパスと共に胃に流し込んだ。それを無視して、彼女の横に滑り込んで眠った。翌日、私は何食わぬ顔でマキと高円寺へ出かけた。ナオから仕入れた「美味しいハンバーガー屋」や「お洒落なカフェ」の情報を、さも自分で見つけたかのように披露し、マキとサブカル生活を楽しんだ。
ナオの情報をフィードバックして、マキとの生活を豊かにする。マキがハンバーガーを美味しそうに頬張るのを、私は見ていた。
その頃、アトピーが完治した私は、次のステージへ進むことを決めた。カナダのトロントだ。
「トロント大学に行きたい」
突然の私の提案に、大学を卒業していたマキは「いいよ」とあっさり同意した。
だが、私には別の目的があった。ナオを含めた三人の女性と同時に付き合い、セックスがしたかったのだ。しかし現状、同棲中のアパートではそれができない。
私は嘘をついた。
「スクエニでの仕事が忙しすぎて、引き継ぎに時間がかかるんだ。だから、お前が先にトロントに行っててくれ。俺は数ヶ月後に必ず追いつくから」
マキは少し寂しそうな顔をしたが、私の言葉を信じた。成田空港の出発ロビー。彼女は最後まで訝しげな表情をしていたが、ゲートの向こうへと消えていった。
マキがいなくなった南阿佐ヶ谷のアパート。ベッドとテレビはあるが、彼女が大事にしていた観葉植物やベランダの薔薇が枯れ始めていた。トロントへの準備のため、書籍などの荷物はほとんどマキの実家に送りつけていた。次第にマキの有機的な匂いは消えてゆき、いつも書き残していたメモや絵手紙だけがクリアファイルに残されていた。
室内はガランとして無機質だった。しかし、そこはすぐに欲望の解放区となった。私は三人の女性を交互に連れ込んだ。生活の音が消えた部屋で、情事の声だけが響く日々。絵手紙の記憶が私をちくりと刺すが、性欲の強さがそれを麻痺させる。
ナオとは、安いテキーラを舐めながらセックスをした。アルコールの甘ったるい匂いが部屋に充満する。快楽が高まると、ナオの足が小鹿のようにガクガクと震え、絶頂に達すると膝から崩れ落ちる。その無様な姿を見るのが好きだった。
二人目は、カエデ。出版関係の仕事をしていた。サブカルと音楽、映画にとても詳しかった。よく渋谷のミニシアターへ行き、映画の見方を教わった。二人でバイクに乗り、湘南の江の島までツーリングをして、公園でデートをした。彼女の部屋でもよくセックスをした。ときおり壁のシミが気になった。彼女から『ブッダマシーン』というガジェットを貰い、酒に酔った頭で、そのチープな電子音を何時間も聞いていた。ブー、ブー、というループ音が、脳の空洞に響いた。
ナオとカエデが、入れ違いでアパートに来ることもあった。鉢合わせしそうになるギリギリの背徳感が、痺れるほど楽しかった。ある時、ナオに貰ったオムニバスのCDを、カエデとの夜に流してしまい、それがバレてナオと大喧嘩になった。それでも私たちはセックスばかりしていた。
三人目は、名前も忘れてしまった。金融関係の会社に勤めていた女性だった。半年くらい付き合ったが、どうしても欲情できなかった。最後は青山のレストランでディナーをした後に別れを告げた。勘定を払いながら、私は彼女の顔さえ見ていなかった。
夏、私はナオと「フジロックフェスティバル」にいた。そこで事態は起きた。苗場の空は重く垂れ込め、冷たい雨が降り続いていた。足元はひどい泥濘(ぬかるみ)だった。私は細身のブラックデニムに、会場で買ったTシャツ、そしてコンビニで買った数百円の透明で安っぽい雨合羽を羽織っていた。足元のナイキのスニーカーは、既に泥で茶色く汚れていた。
フードコートの近く。胃袋を刺激する油の匂いと、雨の土臭い匂いが混ざり合う雑踏の中を、私たちは歩いていた。私の左手には、ケチャップとマスタードがたっぷりと塗られたホットドッグ。そして右手は、ナオの手をしっかりと握っていた。口いっぱいにソーセージとパンを頬張り、咀嚼する。食欲と性欲、そしてフェスの高揚感。すべてが満たされていた。その時だった。3メートル先。
食べ物を買おうと列に並びかけていた女性が、ふと振り返った。
カエデだった。
世界が一瞬、真空になった。雨音が消えた。遠くで響くベースの重低音も、周囲の笑い声も、すべてが遮断された。
カエデもまた、雨に濡れたレインコートを着ていた。彼女の視線が、私の顔、私の左手のホットドッグ、そして私の右手が握りしめているナオの手へと移動し、再び私の顔に戻った。
彼女がここに来ることなど知らされていなかった。逃げ場はない。直線距離にしてわずか数メートル。私はホットドッグを握りしめたまま、凍りついた。口の中のパンが、泥のように不味く変わっていく。
「あ」
カエデの唇が動いた気がした。私は反射的にナオの手を離そうとしたが、指が絡まって解けない。安っぽい雨合羽の中で、嫌な汗が背中を伝う。
「……来てたんだ」
カエデの声は低く、雨音に消え入りそうだった。私は身構えた。罵倒されるか、泣かれるか。だが、彼女の瞳にあったのは、怒りでも悲しみでもなかった。それは、道端で干からびたミミズを見つけた時のような、底知れぬ「憐れみ」だった。「ああ、この人は、こうやってしか生きられない可哀想な生き物なんだ」そう語るような、諦めと慈悲がないまぜになった瞳。
「お、おう。仕事のついでにな」
口から出たのは、意味不明な言い訳だった。仕事のついでに、コンビニの雨合羽で、女と手を繋いでホットドッグを食う男がいるか。
「誰?」
ナオの無邪気な問いが、ナイフのように空気を裂く。私は引きつった笑みを浮かべた。
「ああ、こちらは……仕事関係の知り合いで、編集者の……」
カエデは鼻で笑った。フッ、という短い呼気。
「そう。仕事関係ね。……楽しそうで何より」
彼女はそれだけ言うと、私の横をすり抜けていった。彼女のレインコートのビニールが、私のビニールと擦れ合い、キュッという乾いた音を立てた。普通なら修羅場だ。しかし、大騒ぎにはならなかった。彼女らが私のことを愛していて――あるいは私がそう思い込んでいて――決定的な破局は免れた。
カナダへ行く日が近づいていた。当時、私は仕事の合間を縫って、スクエニのすぐ近くのビルにあるECC新宿校に通っていた。会社を抜け出して英語を勉強し、英検準一級を取得した。渡航の準備が整った。私はナオとカエデに別れを告げた。自室でギターを抱え、スピッツの曲を弾き語って、別れの儀式をした。
出発の日。両親は空港に来なかった。一瞬、幼少期の札幌の「用具室」が蘇った。「お前は自分がみんなに好かれていると思っているのか?」私は一人で飛行機に乗り、ギターを背負い、逃げるように日本を後にした。
あの3メートルの距離で見た冷たい目と、泥の感触だけを記憶の底に残したまま。
◇
スコールは、十分ほどで止んだ。
ホテルの軒下で、私は雨合羽を脱いだ。ビニールの内側が、汗と湿気で白く曇っていた。丸めてゴミ箱に押し込むと、キュッ、と最後に一度だけ鳴った。
雨上がりのアスファルトの上を、干からびかけたミミズが一匹、ゆっくりと横切っていった。
私はしばらく、その場から動けなかった。
(了)