トマトスクール

トマトスクール

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小説
【ご注意】本作には、いじめ、体罰、薬の誤用の描写が含まれます。体調や気分のすぐれないときは、無理に読み進めないでください。

本作はフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。


洗面台の鏡に映る男は、まだダウンタイムの最中にあった。

石垣島のホテルの、白い大理石の洗面台。フェイスリフトと脂肪吸引の手術から、五日が経っていた。目の下の脂肪を抜き取った皮膚は、内出血で赤紫に鬱血し、まるで誰かに殴られた後のようだ。深く刻まれていたほうれい線は消失したが、代わりに頬全体が異物を詰め込まれたように強張り、蝋細工のような不自然な光沢を放っている。

無意識に下腹部をさすると、ボディースーツ(圧迫着)越しに、脂肪をこそげ取られた肉が鈍く疼いた。空洞になった皮下組織が、新たな位置で癒着しようと悲鳴を上げている。顔も、腹も、これだけ痛めつければ、私はまた少し、あの人たちから遠ざかることができるはずだった。父と、母から。

私は苛立ちを紛らわせるように、処方された軟膏を指に取り、鬱血した目の下に厚く塗りたくった。べとりとした油分が視界を滲ませ、鏡の中の男を溶解させていく。いっそ、このまま溶けてしまえばいい。皮膚も、肉も、忌々しい血の記憶も。その白濁した視界の奥から、古い記憶の色が浮かび上がってくる。まだ私が、血と浸出液で固まった「象の皮膚」を全身に纏(まと)っていた、あの頃の記憶だ。

一九八八年、札幌、真駒内。それが私の原風景だ。小学校に上がる前、まだ幼稚園生だった私は、その圧倒的な白さの中に一人で立っていた。気温はマイナス五度。だが、アトピー性皮膚炎で爛(ただ)れた肌は、寒さで感覚を失うどころか、衣服の摩擦と乾燥によって狂ったような信号を脳に送り続けている。痒い。骨の髄まで痒い。

「雪合戦だ!」

誰かが叫んだ。無邪気な号令と共に、無数の雪玉が空を切り裂いて飛んでくる。標的は私一人だ。固く握られ、表面が氷のように硬化した雪の塊が、爛れた顔に、腹に、足に叩きつけられる。

湿った衝撃音。雪玉が肌に当たって砕け、氷の粒が傷口に入り込む。私は泣かなかった。泣けば体温が上がり、痒みが増すことを知っていたからだ。ただ、雪の中にうずくまり、両手で頭を抱えながら、遠くニューヨークで父が言っていた言葉を、壊れたレコードのように反芻していた。

「アングロサクソンが一番上だ。その下にプエルトリカン、黒人……日本人はもっと下だ」

一九八六年、私たち家族はニューヨークのロングアイランドに住んでいた。大学から派遣された父は、現地の市立病院で研究と臨床をしながら、日々、露骨な人種的序列に晒されていた。

当時四歳だった私は、ローカルのエレメンタリースクールへの初登校の日、異国への恐怖で泣きじゃくり、どうしても家のドアノブから手を離すことができなかった。

数分後、自宅の前に一台の車が滑り込んできた。

「青空が眩しいわ」

母は他人事のように呟いた。鮮やかな黄色のオープンカー、フォルクスワーゲン・タイプⅠ。ビートルだ。降りてきたのは、入学したスクールの女性校長だった。

彼女は有無を言わさず私の腕を掴んだ。太い指が食い込む。私は泣き叫んだが、彼女は私を荷物のように担ぎ上げ、その小さな黄色い車の後部座席に放り込んだ。彼女は車内から立ち上がり、母に向かって笑顔で手を振った後、アクセルを踏み込んだ。

エンジン音が唸り、景色が後ろへ飛び去っていく。私は黄色いワーゲンに拉致された。

帰国後、札幌の小学校に上がると、私は学習した。「下」にならない方法はただ一つ。「上」の人間が望む通りのピエロを演じることだ。幼稚園時代のいじめは鳴りを潜め、代わりに私は「優秀な生徒」という仮面を手に入れた。成績は常に上位。アトピーの痒みは相変わらず私を苛み続けたが、私はそれを隠し、明るく振る舞う術を覚えた。

クラスの中心には常に私がいた。友人は多く、放課後の校庭は私の独壇場だった。だが、家に帰れば完全な静寂が待っていた。父は札幌の大きな病院の心臓外科医で、その世界では名の知れた男だった。だが、私にとっては「不在の神」でしかなかった。帰宅は常に深夜。たまの休日は書斎に籠もり、英語の論文を読み耽る。父とキャッチボールをした記憶など一度もない。

ある日、私は父の働く病院の医局を訪ねたことがある。紫煙が立ち込める薄暗い部屋。アルコールと消毒液とタバコの臭いが混ざり合った、大人の男の臭い。その奥から白衣を着た父が現れた。逆光で表情が見えない。その背中はあまりにも大きく、遠かった。私はただ、その白衣の裾を見つめることしかできなかった。

父は私の皮膚病になど関心を持たなかった。

「人の生死に関係のない病気なぞくだらない」

父はそう吐き捨てた。心臓外科医にとって、死なない病気はノイズでしかない。私はその背中を、死ぬほど憎んだ。

私は父の書斎から勝手に薬を持ち出した。炎症鎮痛剤、抗ヒスタミン剤。ラムネ菓子のように飲み下した。化学物質だけが、私の痛みと孤独を一時的に麻痺させてくれた。

小学校高学年の冬、事件が起きた。担任は理科教師のツゲ先生だった。眼鏡の奥に感情の読めない目を光らせ、趣味の水耕栽培でミニトマトを育てることを生き甲斐にしていた人物だ。私たちのクラスは「トマトスクール」という、ポップで、どこか不気味な愛称で呼ばれていた。

教室の窓際には、ツゲが持ち込んだ水耕栽培の容器が並んでいた。透明なプラスチックの箱の中で、白い根が培養液に漂っている。茎は支柱に麻ひもで留められ、青い実が鈴なりになっていた。

朝のホームルームの前、ツゲは決まって窓際に立ち、指先で茎の付け根を探った。葉と茎のあいだから伸びる、細い芽。彼はそれを親指と人差し指でつまみ、ぷつり、と折り取った。

「わき芽は摘む」

ツゲは誰に言うでもなく言った。

「放っておくと、養分を取られて実が小さくなる。いらない芽は、早いうちに摘んでおくんだ」

摘まれた芽は、教卓の上のシャーレに並べられた。青臭い匂いが、教室の後ろの席まで漂ってきた。

ある日のホームルーム。ツゲは、いつもの淡々とした口調で言った。

「クラスで誰が一番友達が多いか、ランキングを発表する」

教室がざわめく。残酷な遊びだと思った。だが、私はどこかで高を括っていた。今の私には友人がいる。幼稚園時代とは違う。黒板に名前が書き出されていく。チョークの粉が舞う。三十八位から順に。私の名前は呼ばれない。三十位、二十位、十位……まだ呼ばれない。そして最後に残ったのは私の名前だった。

一位。

クラスメイトたちが私を見る。称賛、嫉妬、そして困惑。私は誇らしさと同時に、背筋が寒くなるような違和感を覚えた。ツゲは笑っていなかった。眼鏡の奥の瞳が、標本を観察するように私を射抜いていた。

「シノハラ、放課後残れ」

短い宣告。

連れて行かれたのは職員室ではなく、体育館の脇にある用具室だった。重い鉄扉が閉まると、そこは光の届かない密室となった。窓はない。使い古されたバスケットボールのゴムの臭い。埃を吸い込んだマットのカビ臭さ。そして跳び箱の奥から漂うワックスの気配が、鼻腔にこびりつき、肺を塞いでいく。

ツゲは、パイプ椅子に座り、無言で私を見下ろした。天井の裸電球が彼の眼鏡のレンズに反射し、表情が見えない。沈黙が痛い。私は足元の埃を凝視していた。

マットの繊維の隙間に詰まった、灰色の綿埃。

「お前さ」

唐突に、乾いた声が落ちてきた。

「自分がみんなに好かれていると、本気で思っているのか?」

私は顔を上げた。意味が分からなかった。ランキングは一位だったはずだ。

「え、でも、僕は……」

「みんな、お前を笑っているんだよ」

先生は、虫を観察するように私を見つめて言った。

「お前が必死にはしゃいで、道化を演じているのが滑稽だから、周りは合わせてやってるんだ。それに気づかないのは、お前だけだ」

道化。その言葉が胸に刺さった。

「お前には人の心が分からないのか? その明るさが、鼻につくんだよ」

三時間。

用具室の冷たい空気が、私の体温を奪っていく。私はその密室で尋問を受け続けた。私は泣くことも、反論することも許されず、ただ埃っぽい床を見つめていた。

解放された時、外はすでに夜だった。

札幌の冬の夜気は、火照った頬には冷たすぎた。校門を出て雪道を歩き出すと、抑え込んでいた感情が決壊したように溢れ出し、私は声を上げて泣きじゃくった。だが、私には泣きながら帰るべき「巣」もなかった。

家の玄関を開けると、居間から、ぱちん、という乾いた音が聞こえた。

母が花を活けていた。座卓の上に新聞紙を広げ、黒い水盤を置いて、その中の剣山に枝を一本ずつ挿していく。南天だった。赤い実のついた枝を手に取り、角度を確かめ、余分な小枝を花鋏で切り落とす。ぱちん。切られた小枝が、新聞紙の上に落ちた。

「遅かったわね」

母は水盤から目を離さなかった。

私は玄関に立ったまま、泣き腫らした目を袖で拭った。アトピーの頬に、ダウンジャケットのナイロンが擦れて、ひりひりと痛んだ。

「顔が赤いわ。また掻いたのね」

ぱちん。

「みっともないから、明日はマスクをしていきなさい」

私は何も言わずに、祖母の家の離れへ向かった。

母は、我が家の「女王」だった。京都の出身だ。彼女の中には、千年の都の、それも極めて偏狭な選民意識が骨の髄まで染み込んでいた。

「九条通より南は、京都とは言わへんのよ」

彼女はよくそう口にした。北海道の広大な大地に嫁いできてもなお、彼女の精神的支柱は「自分は選ばれた土地の、選ばれた人間である」というプライドだけだった。幼い頃からバイオリンを習っていたことが彼女の誇りであり、その「教養」という名の物差しで、私という素材を測り続けていた。

母は華道の師範として忙しく飛び回っていた。夕食時、母が食卓にいることは稀だった。私は祖母の家の離れに預けられ、祖父母と三人で静かに箸を動かした。寂しくはなかった。むしろ、母の視線がない食卓は、喉の通りが良かった。

だが、たまに家族で外食をするとなると、それは緊張の場となった。子どもが喜ぶファミレスには、絶対に行かなかった。

「あんな安っぽい味、舌が腐るわ」

彼女が選ぶのは、常に高級レストランだった。テーブルマナー、姿勢、食べる速さ。食事は楽しみではなく、品評会だった。そして、きつく言い含められていたことがある。

「お父さまが外科医だということは、絶対に外で言ってはいけません」

理由は明白だった。「金持ちだと思われて、有象無象にたかられるのが不快だから」だ。

母の管理は、私の交友関係にまで及んだ。中学時代、私にはオカベ君という親友がいた。少しやんちゃだが、気のいい奴だった。ある日、彼が私の自転車を黙って借りたことがあった。悪気はなく、すぐに返してくれたのだが、それを知った母は激怒した。

「人の物を黙って使うような育ちの子とは、二度と付き合ってはいけません」

有無を言わさぬ命令だった。私は抵抗できなかった。翌日、オカベ君に無視を決め込むことで、私は母の言いつけを守った。胸が張り裂けそうだったが、母の不機嫌の方が怖かった。

代わりに母が差し出したのは、ミヤタ君だった。

「あの子にしなさい。お父様が国の研究所にお勤めなのよ」

その肩書きだけで、ミヤタ君は「良質な友人」として認定された。

成績が落ちると、母のヒステリーは爆発した。中学生になり、成績が下降線をたどり始めると、私は強制的に「北大学力増進会」に入れられた。それでも成績が上がらないと、今度は個人の個別指導塾、さらには家庭教師。私の許可などない。

ある日帰宅すると、知らない大学生が私の部屋に座っているのだ。そして、点数が悪いテストを持ち帰った日には、制裁が待っていた。母の手には、そろばんがあった。本来は計算をするための道具が、母の手にかかると凶器に変わる。

「ジャラッ」

その乾いた音が恐怖の合図だ。彼女はそろばんを振り上げ、私の尻を何度も叩いた。

木枠と珠が肉に食い込む痛み。衝撃でそろばんの珠がバラバラに弾け飛ぶ。床に散らばる茶色の珠。コロコロと転がる乾いた音。

高校生になると、母の「教育」はさらに常軌を逸していった。ある日、リビングに見知らぬ外国人の女が座っていた。

「今日から週に一回、英会話のレッスンをします」

母は優雅に宣言した。思春期の高校生にとって、これ以上の拷問があるだろうか。家族団欒の場であるリビングで、母に見守られながら、拙い英語で外国人と会話をさせられるのだ。

母は紅茶を飲みながら、満足げにその様子を眺めている。まるで、庭師が自分の育てた盆栽を愛でるような目つきで。

「もっと大きな声で」

「発音が違うわ」

口出しが入る。私は顔を真っ赤にして、逃げ出したい衝動を必死に抑えながら、「I am a student」と繰り返した。

母は、私という植物を、自分の理想の形にねじ曲げ、不要な枝を切り落とし、剣山で固定しようとした。

その支配は、私が大人になり、家庭を持っても終わらなかった。孫ができると、母は電話口で執拗に口を出してきた。

「その箸の持ち方は何?」

「マナーは教育の基本よ」

「最高の食材を子供の頃から与えなさい」

「どこの中学を受験させるの?」

妹は、もっと賢明だった。あるいは、もっと深く傷ついていた。彼女は母と完全に絶縁している。

「あの家の前を通るだけで、実際に吐くの」

妹はそう言って、実家に近づくことさえ拒否した。身体が拒絶反応を起こすのだ。それが私たちの母だった。

年老いた母に、義務感で電話をかけることがある。受話器の向こうから聞こえてくるのは、延々と続く不幸自慢だ。

「腰が痛い」

「誰も訪ねてこない」

「私はこんなに尽くしたのに」

私の話など聞かない。自分の不幸がいかに特別で、いかに高尚な悲劇であるかを、彼女は切々と語り続ける。

そして今、石垣島のホテルで鏡を見る。腫れ上がった顔。フェイスリフトで引きつった皮膚。そこに映っているのは、紛れもなく「母の顔」だ。目元の冷たさ。口角の下がり方。不満を溜め込んだ皺の寄り方。

鏡の中の母が、私を嘲笑っている。

「お前は、どこまで行っても私の作品なのよ」

私は鏡を叩き割りたくなる衝動を抑え、ロキソプロフェンを一錠、口に放り込んだ。薬の苦味が広がる。

こめかみの縫合痕が、脈打つたびに疼いた。そこは、余分な皮膚を切り取られた場所だった。

ぷつり、という音がした気がした。

教卓のシャーレに並んでいた、青臭いわき芽のことを、私は思い出していた。

(了)

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