【怒り】物に当たる癖が続く人が知らない心のサイン/実体験からみえた"怒り"のほぐし方

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コラム


物にあたること

モノにあたってしまうこと、ありますか?
イライラして
ドアを強く閉めたり
物を乱暴に置いたり
つい手元にあるものを投げてしまったり…
私は以前
押さえきれない怒りを
「紙」にぶつけていました。
書いていたメモやノートを
ぐしゃぐしゃに丸めてしまうんです。

その瞬間は
少しだけスッとする。
でも、怒りが落ち着いたあと
ボロボロになった紙を見て
「なんでこんなことしたんだろう…」
と虚しくなっていました。

そして、怒ってしまった自分にまた怒り
現実にがっかりして
「こんな私はダメだ」と自分を責めてしまう。

そんな出来事が重なるたびに
私は少しずつ
自分を嫌いになっていったことを覚えています。

感情がわからないサイン

でも今は、はっきり言えます。
モノにあたる行動にはちゃんと意味があります。
それは「感情をコントロールできないから」ではなく
自分の感情が分からなくなっている
というサインなんです。

今日は、そんな私が
モノに怒りをぶつけなくなった理由をお話しします。


一般的には、
モノにあたる人って——
・短気
・感情を伝えられない人
・大人げない人
・自分を責めやすい人
そんなイメージを持たれがちですよね。

正直、あまり良い印象はないと思います。
私自身も
「なんて幼稚なんだろう」
「大人なのに情けない」
そうやって
自分を責めていた過去があります。
でもこの見方って
本当に本質を捉えているんだろうか?
そう思うようになりました。

 心理学的な視点

心理学的に見ると
モノにあたる行動には
はっきりした意味があります。

それは——
・一時的なスッキリ感を得るため
・溜まった怒りの“放電”
・言葉で伝えられない代わりに、
 音や破壊で感情の大きさを伝えようとする行動
・「これ以上やめて」「分かってほしい」という無言のサイン

つまり、ただ暴れているわけではなく
必死に「伝えよう」としている行動なんですよね。
私も思い返せば、そうでした。

口を開いても
うまく言葉にならない
どう伝えたらいいか分からない。
だから、伝えること自体を
どこかで諦めていたんです。
そして、一時的なスッキリ感で
感情を「簡単に終わらせよう」と
していた気がします。

本質的な原因

では、なぜ言葉で伝えられなかったのか?
それは
自分の感情そのものが分からなくなっていた
からだったと、今は感じています。

・何に傷ついたのか
・何を我慢していたのか
・何が本当は嫌だったのか

それが自分でも分からない状態では
当然、相手に伝えることもできません。

だから私は、言葉の代わりに
音や態度や破壊で
「伝えよう」としてしまっていました。

赤ちゃんって、
「お腹が空いた」
「眠い」
「不安」
「抱っこしてほしい」
——その全部を、泣くことでしか伝えられませんよね。
何で泣いているか分からないと
親も焦るし
どうしていいか分からなくなる。
イライラしてしまうこともあります。

でも
「お腹が空いているんだな」
「眠いんだな」
理由が分かれば
親はちゃんと対応できます。

私は、私たちの怒りも同じだと思うんです。
自分の中で
「何がつらいのか」
「何が嫌だったのか」
が分からないままだと
感情は泣くように
外に向かってしまう。

モノにあたるのも
誰かに強く当たってしまうのも
実は——
自分の感情が、赤ちゃんの泣き声みたいに
助けを求めているサイン
だったんです。

具体的な対策

私は以前、
紙をくしゃくしゃにする前に
「落ち着こう」
「こんなことで怒っちゃダメ」
と、自分に言い聞かせていました。

でも、それは逆効果だったんですよね。
感情を抑えようとするほど
内側では
怒りがどんどん溜まっていったからです。

そこで私は、
怒りを止めるのではなく
怒りを理解する方向に
意識を向けるようにしました。

イライラした瞬間に
こう問いかけるようにしたんです。
・私は今、何が嫌だった?
・私は、何を我慢していた?
・私は、どうしてほしかった?
最初は、
イライラに飲み込まれて
答えが出ませんでした。

正直「分からない」しか出てこなかったです。
でも問いかけることを続けていくと
後からでも
「あ、これが嫌だったんだ」
「本当は、こうしてほしかったんだ」
と自分の心の声が
少しずつ拾えるようになっていきました。

そういう小さな気づきを
一つずつ集めていくうちに——
不思議なことに
モノにあたる衝動は
少しずつ減っていったんですよね。

紙をくしゃくしゃにしなくても
自分の思っていること
自分の感情を
ちゃんと分かってあげられるように
なっていたからです。

私はそのとき
初めて気づけたんです。
私は、感情をコントロールできなかったんじゃない。
自分の感情を、知らなかっただけだったんだ、と。

もし今
モノにあたってしまう自分を
責めているなら
こう考えてみてほしいです。

それは
「ダメな自分」ではなく
必死に何かを伝えようとしている自分
がいる、ということ。

あなたの中にある感情は
暴れたいわけでも
壊したいわけでもなくて
ただ——
「気づいてほしい」
「分かってほしい」
と言っているだけかもしれません。

まとめ

自分を知ることは
怒らなくなることではありません。
怒っている自分を
ちゃんと理解し
ちゃんと受け止めてあげること。
そこから
感情の扱い方も
人への伝え方も
少しずつ変わっていくと
私は思っています。

ありのままの自分を
すぐに認められなくてもいい。
でも
まずは——
自分について
「知ってあげること」
から始めてほしいなと思います。

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