【連載総括】第20回:構造の解剖 ―― 正しさだけで、人はここまで死ねる

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ビジネス・マーケティング
誠は、すべてを理解していた。
理解していながら、その歯車の一部として回り続けた。
銀行の論理も、商社の保身も、専門家が口にする「現実的な選択肢」も、当時の私には手に取るように見えていた。
どこに出口があり、どこから先が戻れないかも、正確に分かっていた。
それでも誠は止めなかった。
止めなかったのは、知らなかったからではない。
無能だったからでもない。
この国の「正しさ」に従っている限り、誰も責任を問われないことを知っていたからだ。

善意による殺害

銀行は債権回収の最大化を目指す。
それは制度上、完全に正しい。
商社は自社の損失を最小限に抑える。
それもまた、株主に対する義務として正しい。
専門家はリスクを避け、断定を避け、「可能性」という言葉で判断を先送りする。
それも職業倫理として正しい。
そして誠は、
「まだ道はある」
「今決めるのは早い」
「もう少し情報を集めよう」
そう言い続けた。
誰一人、悪意を持っていなかった。
誰一人、ルールを破っていなかった。
それでも、会社は確実に死に向かっていた。
ここにあるのは、陰謀でも搾取でもない。
善意と正論だけで構成された、完全に合法な殺し方だ。

「間違い」を認められない国

この30年、日本で繰り返されてきたのは、経済の失敗ではない。
「感情処理」の失敗だ。
撤退は無責任。
損切りは逃げ。
失敗は恥。
そうやって私たちは、「間違いを確定させない」ためだけに、延命という名の時間稼ぎを選び続けてきた。
誠は、その構造の内部にいた。
観測者ではない。
共犯者だ。問いを立てるべき瞬間に、問いを濁し、判断を遅らせ、「正しさ」の陰に隠れた。

設計図を置く

この文章を読んでいるあなたも、この構造の外にはいない。
あなたが今、「自分は正しいことをしている」と感じているなら、その正しさが、誰をどこへ押し出しているのかを、一度だけ、見てほしい。
私は、救いの手は差し出さない。
ただ、この構造がどうやって人を殺すのか、その設計図をここに置いておくだけだ。

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