やっぱり繋がりたい!!!

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こんにちは、あきです。

今日は、夫と喧嘩をした話を書きます。

本当に、よくあるような、些細なことから始まりました。

みなさんは、家族や友人、親しい人と喧嘩をして、
何日も口をきかないまま過ごしたことはありますか。

私は、ありました。

原因は、小さな行き違いでした。

でも私は、出来事そのものよりも、
そのときの私の気持ちを受け止めてほしかったのです。

「そうなんだね」って、
まずは、そっと抱きとめてほしかった。

夫は、とても冷静で理論的です。

「それは仕方ないよね」
「こうすればよかったんじゃない?」

間違っていない。
正しい。

でも私は、その“正しさ”が、
その日はとても遠く感じました。

「なんで、
私の気持ちをわかってくれないの。」

そこから、少しずつ言葉が強くなって、
お互いに引かなくなって、
そして、口をきかなくなりました。

一日目‥

私は意地を張っていました。
絶対に、私からは声をかけない。

正しいかどうかより、
「私のほうが傷ついた」という思いを守っていました。

二日目‥

少し気まずい。
でも、まだ謝りたくない。

謝ったら、
私の気持ちがなかったことになる気がして。

三日目の朝‥

気まずさよりも、
話さないことを耐えている自分に気づきました。

本当は、もう話してもいい。
そう思っているのに、言い出せない。

夫から言ってくれたらいいのに、と
心のどこかで待っている私がいました。

でも、夫は何も言わない。

四日目の朝‥

もう、何に腹を立てていたのか、
はっきり思い出せなくなっていました。

残っていたのは、
ただ、がまんしている感覚だけ。

そのとき、夫がぽつりと、

「もうやめようよ。
いつまでこんなの続けるの」

と言いました。

その一言で、
張っていた糸が、ふっと緩みました。

私は、わかってほしかった。

正しい答えよりも、
気持ちに触れてほしかった。

でも同時に、
意地を張り続けていたのも、私でした。

どちらが悪い、ではなくて。

ただ、
私は、必死でした。

話さない四日間は、
意地と、寂しさと、
わかってほしい気持ちでいっぱいでした。

そして気づいたのです。

私は怒っていたけれど、
本当は離れたかったわけじゃなかった。

人はきっと、
どんなに意地を張っていても、
どこかでつながっていたい気持ちを持っている。

あの沈黙の時間は、
それを思い出す四日間でした。

今は、いつもの朝に戻っています。

でも私は、
あのときの自分を、少しやわらかく見つめています。

「わかってほしい」と
必死に握りしめていた私を‥

私は今、
そんな「わかってほしい」を
そっと聴くお手伝いをしているのです。


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