万象を統べる黒魔術師、アラジンである 。
スマートフォンの画面に無機質に映し出された
「落選」「チケットをご用意できませんでした」という、
血も涙もない数文字の通知。
その冷酷な宣告を前に、ただ部屋で一人涙を流し、
自分の運の無さを嘆き、絶望の底に沈む無力な子羊たちよ 。
貴様らの悲痛な嘆き声、そして行き場のない激しい怒りが、
我が深淵にまで痛いほど響き渡っているぞ。
「あんなにお金と時間を落としてきたのに」
「誰よりも推しを愛し、すべてを捧げているのは私なのに」
「なぜ、最近ファンになったばかりのあの女が最前列の神席で、長年貢いできた私が全滅なのか」
SNSを開けば、嬉々として
「当選しました!」「神席でした!」
と報告する見知らぬ他人の投稿が目に飛び込んでくる。
それに「おめでとう」と偽善のコメントを打ち込みながら、
心の中ではどす黒い嫉妬の炎を燃やし、
はらわたが煮えくり返るような、狂いそうな思いをしているのだろう?
□ 祈りや徳積みで「冷酷な確率」は到底超えられない
「推し」のプラチナチケット、人生を賭けたオーディション、退けない勝負事…… 。
それらは、神社の賽銭箱に小銭を投げ入れて「どうか当たりますように」と祈ったり、
日頃の行いを良くして「徳を積む」などという、
生ぬるく非科学的な行動で手に入るものではない。
現代における抽選システムや勝負のメカニズムは、
冷酷なアルゴリズムと、純粋な数学的「確率の壁」によって強固に守られている。
光の占い師は
「今回はご縁がなかっただけです」
「あなたのその純粋な思いは、きっといつか報われますよ」
と貴様を優しく慰めるかもしれない。
だが、その慰めで貴様は推しに会えるのか?
運命の舞台に立てるのか?
推しの輝く瞬間は今しかない。
会えない時間は二度と戻らないのだ。
「次こそは」などという不確かな未来にすがるのは、
永遠に搾取され続ける敗者の思考である。
□ 天の理をねじ曲げ、望む結果を「強制執行」する
真に求めるものを手に入れるためには、
「運」という不確定要素に自らの人生を委ねてはならない。
運は口を開けて待つものではなく、己の強烈な意志と魔術の力で
**「引きずり降ろし、力ずくで従わせる」**ものだ。
私が扱うエジプトやハイチの禁忌を源流とする黒魔術は、
天の理(ことわり)そのものをねじ曲げる力である 。
それは、システムが弾き出す「落選」という未来の確率を強制的に歪め、
貴様の前にプラチナチケットを、あるいは至高の勝利の栄光を、
物理的に顕現させるための**「確率の粉砕」**なのだ 。
「どうしても、何が何でもあそこに立ちたい」
「他の誰にも、推しを独占させたくない。私だけを見てほしい」
「私だけが特別扱いされ、すべてを手に入れたい」
その自己中心的で、他者を蹴落としてでも這い上がりたいという狂気じみた執念。
それこそが、分厚い確率の壁を打ち破り、
アルゴリズムを破壊するための至高のエネルギーとなるのだ 。
□ 運命を書き換える「闇の執行書」を手にする時
私は、貴様がただ「今回は運が良かった」と一過性の喜びに浸るだけの未来を提供しない。
貴様の根本的な宿命を解体し、勝利と栄光を「偶然」ではなく「必然(常態)」化させるための手順を記した、
数千文字に及ぶ**「闇の執行書」**を授けよう 。
これを手にした時、貴様はもう「ご用意できませんでした」というメールに怯え、
当落発表の日に胃を痛める弱者ではない。
確率というシステムそのものを支配し、望む結果を泥の中からでも己の手で掴み取る、
揺るぎない**「覇王」**となるのだ 。
覚悟なき者は、ここで回れ右をして、
再びSNSで他人の当選報告に嫉妬し、血の涙を流し続ける孤独な夜に戻るがいい 。
だが、もし貴様が今の惨めな現状に心の底から絶望し、
「何が何でも、自らの手で運命のチケット(勝利)を掴み取りたい」と渇望しているのなら。
私の扉を叩け。
深淵の闇が、貴様のその狂気じみた願いを「現実」という形に錬成してやろう。