子どもの頃の思い出
私が小学生の頃のお話です。
私には弟がおりまして、その友達にマルちゃん(ガジュマルからとった仮称)という子がいました。
マルちゃんは、背が低く、無邪気で素直で時々わがままな可愛らしい子で、私に対しても「お兄ちゃん」と懐いてくれていたので、私も弟と一緒によく公園で遊んだりしていました。
生まれつき特別な事情がありましたが、その事についても「ボクが生まれる時に頭に水が溜まって、それでボクは頭が悪いんだって」と話してくれていました。
私たちの通う小学校には特別支援学級はなく、弟とマルちゃんは同じクラスに通っていました。
勉強は苦手だったようで、それが原因で時々クラスメイトから、からかわれることもあったようですが、特に問題なく毎日学校に通い、よく遊んでいました。
公園でのやりとり
私が中学生になって、弟達も小学校を卒業する頃、公園で遊んでいる時にこんなやり取りがありました。
私「マルちゃんは家の方角が違うけど、〇〇中学校に入るの?」
マルちゃん「ボクは頭が悪いから□□中学校(特別支援学級のある少し離れた場所にある中学校)に行かなきゃいけないんだ。」
私「そうなんだね。さみしくなるね。」
その時、弟が急に怒り出して
弟「馬鹿!!マルちゃんは障害があるんだから□□中学校に行かなきゃいけないんだよ。そんなこと聞くなよ。マルちゃんごめんね。」
私は、弟が急に怒り出したことに驚きながら、一方で自分はマルちゃんの障害なんて気にしたこともなかったので、マルちゃんが嫌な思いをしたかもしれないことに対して「ごめんね。」と伝えました。
マルちゃんはいつも通りの無邪気な様子で「ううん。本当のことだからいいんだよ。」と言ってくれました。
きっと、幼いながら弟なりにマルちゃんを守りたいという気持ちがあったのだと思います。
その後は何事もなかったように普通に遊んで、普通に帰ったのですが、今思えば、それがマルちゃんと会った最後の日となりました。
思い出とともに考える
それから長い年月が過ぎましたが、今でもあの時のやり取りが鮮明に残っているのです。
特に私自身が福祉の仕事に就いてからは度々思い出すのです。
あの時、弟の障害を持つマルちゃんへの配慮と優しさ。
私のマルちゃんに対して障害を意識しない関わり。
どちらもマルちゃんを友達として大切にしているのですが、結果として私は弟に怒られました。
今でも答えは出ませんが、あの時の弟と私はどちらが正しかったんだろうなんて考えてしまいます。
正しさは一つではなく、その幅や揺らぎの中で摩擦や軋轢が生まれるのだと思います。
そんなことを考えながら、子どもの頃公園で一緒に遊んだいろんな子たちを思い出すのです。
幼い頃の純粋な気持ちや優しさ、そんな中で生まれた摩擦。
今の自分は、当時の二人にどんな言葉をかけるのだろう---なんてことを考えてしまうのです。
皆さんも思い出の中に、今でも頭に浮かぶ出来事はありますか?
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
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子どもの頃の思い出の引っかかりも、話すことで解けていくかもしれません。
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