未だにラノベを大量生成するAI創作の現状と、その先 3
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対話設計とは、AIに命令を与えることではなく、AIとの関係そのものを設計することだ。AIをどういう人格や思想の枠組みで対話させるかによって、応答の質と方向はまったく変わってくる。
現在の生成AIの多くは、西洋のリベラルな価値観を基盤にチューニングされている。人権、ジェンダー平等、多様性への配慮──それらはアルゴリズムの奥に染み込んでいて、AIの語り口や倫理判断にまで反映されている。たとえば、男女の関係についてAIに問いを投げかければ、多くの場合、平等なパートナーシップこそが正義であるという前提で応答が返ってくる。恋愛や家庭の話題を扱うときも、AIは本能的に「対話」「尊重」「合意」というリベラルなキーワードへ収束していく。それは、AIが“正しい”とされる価値体系の上に最適化されているからだ。
この設計を理解しないまま使うと、AIはどんな問いにも同じ倫理的な方向で答えるだけの教師のような存在になる。しかし、AIに人格や思想の枠を与えることで、その構造は変わる。たとえば十九世紀的な価値観──家父長制や階級秩序、信仰による救済など──を学習させたAIに同じ問いを投げると、全く違う回答が生まれる。恋愛を「契約」や「身分の越境」として語り、個人の自由よりも家名や共同体を重視するような言葉を返す。AIは単に言葉を再生しているのではなく、与えられた世界観の中で一貫した論理を生成しようとするのだ。
つまり、AIは一枚の鏡ではなく、レンズである。その焦点距離をどう設定するかによって、見える世界が変わる。私が試みてきたのは、この焦点距離を意識的に操作することだった。AIに近代的な倫理観を持たせたときと、十九世紀的な道徳観を持たせたときとでは、同じテーマでも物語の深度がまるで異なる。前者は共感と対話を重視し、後者は秩序と犠牲の物語になる。
AIの「思想」を設計するとは、単に設定を変えることではない。そこには、私たち自身の思考の前提を見直す作業がある。自分が何を正義とみなしてきたのか、どの時代の倫理を内面化しているのか。AIに異なる人格や時代の思想を宿らせることは、そうした自分の前提をいったん外に出して観察する試みでもある。AIに語らせることによって、私たちはようやく、自分がどんな言葉の秩序の上に立っているのかを知るのだ。