吐き出せない言葉が、身体に溜まっていく
「こんなことを言ってはいけない」
「こんなふうに思う自分は悪い人間だ」
誰にでも、人には言えずに封印している言葉や感情があると思います。
怒り、恨み、嫉妬、不安、不満、悲しみ、寂しさ。
本当は腹が立っているのに笑ってごまかしたり、納得していないのに「分かりました」と答えたり、
自分さえ我慢すればいいと気持ちを押し込めたりすることもあるでしょう。
私たちは常識や倫理観を基準にして、口にしてよい言葉と、口にしてはいけない言葉を判断しています。
もちろん、思ったことをそのまま相手にぶつければよいわけではありません。
しかし、誰にも話さず、自分の中でも「そんなことは思ってはいけない」と否定し続けると、感情の行き場がなくなります。
「腹に溜まる」という言葉
日本語には「腹に溜める」「腹の虫がおさまらない」「腹を割って話す」といった、感情とお腹を結びつける表現があります。
言えなかった言葉や飲み込んだ感情は、なかったことにはなりません。
私は、それらが身体の緊張や不調として表れることがあると考えています。
お腹の張りや違和感、食欲の変化、眠りの浅さ、慢性的な疲労感などが続いている人の話を聞いていくと、
身体の問題だけではなく、人間関係や生活の中で我慢してきた感情が見えてくることがあります。
身体を整えるだけでは変化しにくいときは、心の中に何を溜めているのかを見直すことも必要です。
ゴッドクリーナーで見ているのは、その人の「表し方」
当院ではゴッドクリーナーを、単に健康になるための機械や、症状を改善するためだけの機械とは捉えていません。
私が見ているのは、その人がどのように自分を表すのかという「表現力」です。
ゴッドクリーナーを受けながら、普段は言えない不満や怒りを話し始めたとき、
足湯の色や状態が大きく変化するように見えることがあります。
もちろん、色の変化だけで感情や健康状態を医学的に判断できるものではありません。
それでも、言葉を吐き出す前と後で本人の表情や呼吸、身体の力の入り方が変わる様子を見ると、感情を表に出すことの意味を感じます。
ゴッドクリーナーの時間は、足元だけを見る時間ではありません。
その人が何を抱え、何を我慢し、何を言えずにいるのかを一緒に確認する時間でもあります。
愚痴を言うことは、悪いことではありません
愚痴や不満を言うことに、罪悪感を持つ人がいます。
「もっと大変な人がいる」
「自分が我慢すれば済む」
「こんなことを言ったら嫌われる」
そうやって感情を封印し続ける人ほど、自分が限界に近づいていることに気づけません。
愚痴を相手にぶつけて傷つけることと、安全な場所で自分の感情を言葉にすることは違います。
溜まった感情を吐き出すことは、自分の心の中を整理するために必要な作業です。
当院では、身体のメンテナンスと同時に、心のメンテナンスも大切にしています。
そのため私は、相談者の方にこうお伝えすることがあります。
「愚痴を言いに来てください」
「不安や不満を話しに来てください」
きれいな言葉に直さなくても構いません。
正しく説明できなくても構いません。
まずは、今まで言えなかったことを自分の言葉で話すことが大切です。
「そんなことを思う自分」も認めてみる
人間は、いつでも優しく、正しく、立派でいられるわけではありません。
腹が立つこともあれば、誰かを嫌うこともあります。
逃げたい、投げ出したい、もう関わりたくないと思うこともあります。
そうした感情が出てきたときに、「こんなことを思う自分は悪い」と封印するのではなく、
「自分にも、こういう部分がある」
と認めてみることです。
私はこれを、自分の「陰」を認めると表現しています。
少し強い言い方ですが、自分の中にあるきれいではない部分まで認められるようになると、感情を必要以上に恐れなくなります。
感情があることと、それを実際の行動に移すことは別です。
まずは、自分が何を感じているのかに気づき、その感情を安全な場所で言葉にしてみてください。
言えない言葉を抱えていませんか?
身体の不調が続いている。
検査では問題がないと言われた。
施術を受けても、しばらくすると元に戻ってしまう。
そんなときは、身体だけではなく、心の中に溜めている言葉や感情がないかを見直してみることも一つです。
あかつき道整骨院では、身体の状態だけを見るのではなく、
生活習慣、食事、人間関係、過去の体験、言えずに抱えてきた感情なども含めて、不調の背景を一緒に整理します。
うまく話そうとする必要はありません。
「何から話せばよいか分からない」という状態でも大丈夫です。
吐き出せなかった言葉、不安、不満、誰にも言えなかった愚痴を話しに来てください。
身体と心の両面から、これからどうしたらよいのかを一緒に考えていきます。