「わかってほしい」が、あなたを苦しくしていませんか?
「こんなに苦しいのに、誰もわかってくれない」
そう感じたことはありませんか?
日々、施術や相談をしていると、身体のつらさを話す言葉の奥に、
「私の大変さを理解してほしい」という気持ちを感じることがあります。
私の症状がどれほどつらいか。
毎日の生活がどれほど大変か。
仕事でどれほど我慢しているか。
どれほどストレスを抱えているか。
それを誰かにわかってほしい。
こうした気持ちは、誰にでもあるものだと思います。
ただ、その思いが強くなると、
「わかってくれて当然」「これだけ話しているのだから、察してほしい」という期待に変わることがあります。
そして、期待した反応が返ってこないと、さらに傷ついたり、腹が立ったりするのです。
私たちも、相手のすべてはわからない
ここで、少し視点を変えてみましょう。
私たちは、身近な人の苦しさをどれだけ理解しているでしょうか。
家族が言葉にしていない不安。
仕事仲間が抱えている事情。
いつも笑っている人の、人には見せない悩み。
想像することはできても、その人と同じように感じることはできません。
自分が他人を完全には理解できないように、他人も自分を完全には理解できない。
この限界を知ることは、人間関係を考えるうえで大切だと思います。
「わかってほしい」の奥にあるもの
「理解してほしい」と思うとき、本当は何を求めているのでしょうか。
話を聞いてほしい。
頑張りを認めてほしい。
少し手伝ってほしい。
休ませてほしい。
一人で抱えるのがつらい。
「わかってほしい」という一言の中には、いくつもの願いが隠れていることがあります。
それを自分でも整理できないまま、相手に察してもらおうとすると、すれ違いが起こりやすくなります。
私は、このように相手から理解や承認をもらうことに気持ちが偏った状態を、「クレクレ」という言葉で考えることがあります。
誰かを責めるための呼び名ではありません。
自分にも起こりうる心の状態として、見直すための言葉です。
相手への期待を、自分を知るきっかけにする
「どうしてわかってくれないの?」
そう思ったときは、次のことを自分に聞いてみてください。
・私は、何をわかってほしいのだろう?
・相手に、具体的に何をしてほしいのだろう?
・その希望を、言葉で伝えているだろうか?
・自分自身のつらさを、我慢で片づけていないだろうか?
例えば、「私の大変さをわかって」よりも、
「今日は疲れているので、夕食の片づけをお願いしたい」のほうが、相手は行動しやすくなります。
また、「自分でも認めていない頑張りを、誰かに認めてもらいたかった」と気づくこともあるでしょう。
自分の心の陰を見るとは、隠してきた不満や寂しさ、認めたくない期待にも目を向けることだと私は考えています。
自分を理解することから始めましょう
身体の症状にはさまざまな要因があり、気持ちだけで説明できるものではありません。
また、実際に負担の大きい環境や、不当な扱いを受けている場合もあります。
そのうえで、自分がどのような期待を抱き、何を我慢しているのかを見直すことには意味があると思います。
「相手がわかってくれたら」という条件だけに、自分の安心を預けない。
自分の本音を知り、必要なことを伝え、休むことや距離を取ることも含めて、これからの行動を考えていく。
そこから始めてみませんか。
あかつき道整骨院では、身体のお悩みとともに、食生活や生活習慣、考え方、人間関係などのお話も伺っています。
「何がつらいのか、自分でもうまく説明できない」
「同じような人間関係の悩みを繰り返している」
「身体のことも、気持ちのことも相談したい」
そんな方も、今感じていることからお話しください。一緒に整理していきましょう。