【人間の本質は善か悪か?――善悪は「見方」によって入れ替わる】

【人間の本質は善か悪か?――善悪は「見方」によって入れ替わる】

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コラム
【人間の本質は善か悪か?――善悪は「見方」によって入れ替わる】


ここ最近の世の中を見ていると、人や物事を「善か悪か」「正しいか間違っているか」で分けることが多くなったように感じます。


「あの人は善い人だ」
「あの人のしていることは正しい」
「あの人の考え方こそ正義だ」


反対に、自分と異なる考え方を持つ人に対しては、


「あの人は間違っている」
「あちら側は悪だ」


と決めつけてしまうことがあります。


政治的な「右か左か」という対立も、同じようなものかもしれません。


しかし、ある人にとっての善が、別の立場から見れば悪になることがあります。


自分では相手のためを思ってしたことが、相手にとっては迷惑になることもあります。


守るための行動が誰かを傷つけ、正しいと思って発した言葉が、別の人を追い詰めることもあります。


善と悪は、まったく別のものではありません。


同じ出来事のどちら側を見ているのか。
どの立場から見ているのか。
何を守ろうとしているのか。


その違いによって、善と悪は簡単に入れ替わります。


私は陰陽という考え方が好きです。


光があれば影があり、表があれば裏があります。どちらか一方だけで存在するものはありません。


人間も同じです。


人の中には善もあれば悪もあります。
優しさもあれば冷たさもあり、強さもあれば弱さもあります。


もちろん、私自身の中にも両方があります。


自分の考え方が、いつも正しいとは限りません。
善意で行動していても、誰かを傷つける可能性があります。
反対に、一見すると悪く見える行動にも、その人なりの事情や守りたいものが隠れていることがあります。


人間の本質を「善か悪か」で表すよりも、「弱いもの」と考えた方が、私にはしっくりきます。


人は弱いからこそ、自分の弱さを隠すために「自分は正しい」と信じ込みます。


自分の正しさを強く訴え、揺るぎない信念や使命感を持ち、
自分と異なる人を「自分の敵」ではなく「善の敵」として扱ってしまうことがあります。


正しさを強く訴えているときほど、その奥には不安や恐怖、寂しさ、自信のなさが隠れているのかもしれません。


これは、誰か特定の人だけの問題ではありません。


私にもあり、誰の中にもあるものです。


大切なのは、自分の中にある悪や弱さを否定することではありません。


「自分の中にも善と悪がある」
「自分も間違えることがある」
「今の正しさにしがみついているのは、何かが怖いからかもしれない」


そうやって自分を見つめることです。


自分の弱さを認めることは、負けることではありません。


むしろ、自分の弱さを認められるようになると、他人の正しさや世の中の善悪に必要以上に振り回されにくくなります。


誰かを善人や悪人に決めつける必要もなくなります。


自分の中にある善と悪、その両方を見ながら、自分はどう生きたいのかを考えられるようになります。


それが、自分の軸を作るということなのだと思います。


もし今、


・人の言動に強く腹が立つ
・自分の考えを分かってもらえない
・家族や職場の人間関係で悩んでいる
・何が正しいのか分からなくなっている
・自分の感情をうまく整理できない
・同じ対立や問題を繰り返している


ということがあれば、その問題の奥に、自分でも気づいていない不安や弱さが隠れているのかもしれません。


身体に表れている不調にも、食事や生活習慣だけではなく、人間関係や心の状態が関係していることがあります。


あかつき道整骨院では、身体への施術だけでなく、お話を伺いながら、
現在抱えている問題や繰り返している考え方、感情、行動の背景を一緒に整理しています。


「こんなことを相談してもいいのかな」と思うような内容でも構いません。


自分の中にある善と悪、強さと弱さを見つめながら、自分の軸を作って生きていきたい方は、一度ご相談ください。
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