81年前の悲劇を繰り返さないために――8月6日に思うこと
今日は、広島に原爆が投下された日です。
8月9日には長崎への原爆投下、12日には日本航空123便墜落事故(御巣鷹山)、そして15日には敗戦の日を迎えます。
戦争中には、広島や長崎だけでなく、日本各地への空襲によって、たくさんの市民がアメリカ軍の攻撃の犠牲となりました。
そして私たちは、お盆を迎えます。
81年前に犠牲になられた方々に、謹んで哀悼の意を表します。
81年前に亡くなった方々は、今の日本を見て何を思うのか
81年前に亡くなった方々は、今の日本を見て何を思うのでしょうか。
そして、81年前の出来事を実際に体験した人たちは、どのような思いを抱えながら生きてこられたのでしょうか。
現在の日本の政治を見ていると、半島系や大陸系の利権、
そしてアメリカ系の利権ばかりが優先され、市民を犠牲にしながら、国のインフラを売るような政策が進められているように感じます。
そして、そのことを見ようとしない国民もいます。
そもそも知識がなければ、何が起きているのかを理解することもできません。
「戦争は嫌だ」と言うだけで平和は守れるのか
誰もが「戦争は嫌だ」「平和がいい」と言います。
しかし、平和を守るために、私たちは実際に何をしているのでしょうか。
隣国の行動に腹を立てることもあるでしょう。
しかし、隣国にも、日本に対して腹を立てる理由があるのかもしれません。
お互いの立場や歴史を知り、「お互い様」と考えながら手を取り合っていく。
そのように考える私は、平和ボケした、お花畑の頭なのでしょうか。
私は、そうは思いません。
相手を一方的に悪者にするのではなく、なぜそのような関係になっているのかを考えることも、
平和を維持するために必要なことだと思います。
先人からの教訓を、次の世代へ
今を生きる私たちは、先人から受け取った教訓を次の世代へ渡していく存在です。
しかし私たちは、本当にその教訓を子どもや孫の世代へ伝えているでしょうか。
平和を維持するのは、政治家だけではありません。
市民一人ひとりの意識であり、責任です。
政治家に期待し、すべてを任せているだけでは、何も変わりません。
むしろ、政治家に任せきりにして、自分では何もしない国民ばかりになってはいないでしょうか。
隣国と手を取り合うためには、何をしたらよいのか。
それは政治家だけが考えることではありません。
私たち一人ひとりが考え、意思を示し、政治家を動かしていくことです。
必要であれば、自らが政治家となり、社会に影響を与えられる人になることも一つの方法です。
実際に政治家にならなくても、自分が政治家になったつもりで今の日本社会を見つめ、
自分に何ができるのかを考え、行動を起こすことはできます。
自分たちの中にある奴隷意識を認める
8月6日という日に、日本が本当に独立した国といえるのかを考えることも必要だと思います。
建前だけの独立ではなく、私たち自身の中にある奴隷意識を認めることも大切です。
誰かに任せていればよい。
政治家が何とかしてくれる。
国が守ってくれる。
そのような意識のままでは、自分たちの国や生活を、自分たちの手で守ることはできません。
8月6日、広島。
8月9日、長崎。
8月12日、御巣鷹山。
8月15日、敗戦。
81年前、「日本のため」「国のため」という大義名分のもと、たくさんの方々が犠牲になりました。
私たちは、その事実を忘れてはならないと思います。
そして、ただ黙って過去を振り返るだけではなく、同じ悲劇を繰り返さないために、
今を生きる自分に何ができるのかを考えることが大切です。
今日という日に、戦争や平和について家族で話してみるのもよいのではないでしょうか。
81年前に犠牲になられた方々へ、心より黙祷を捧げます。