砂糖は「日常」ではなく「ハレの日」に楽しむもの 甘いものとの付き合い方

砂糖は「日常」ではなく「ハレの日」に楽しむもの 甘いものとの付き合い方

記事
コラム
砂糖は「日常」ではなく「ハレの日」に楽しむもの
甘いものとの付き合い方



砂糖は、どのように使えばよいのでしょうか。


「身体に悪いから、絶対に食べてはいけない」
「少しくらいなら、毎日食べても大丈夫」


このように、砂糖の話は両極端になりがちです。


しかし、実際の身体は一人ひとり違います。


砂糖を一度しっかり断った方がよい人もいれば、一定期間やめることで自分の許容量を知り、その範囲で楽しめる人もいます。


体調や症状、生活習慣、甘いものへの依存度によって、必要な食事指導は変わります。
そのため私は、すべての人に同じ砂糖制限を勧めているわけではありません。
身体の状態によっては、治療食の中で砂糖を使うこともあります。


大切なのは、砂糖を完全な悪者にすることではありません。


最終的な着地点は、


「砂糖は日常食ではなく、嗜好品である」
という意識を持つことです。


砂糖は「ハレの日」に楽しむものだった


砂糖が現在のように身近ではなかった時代、甘いものはお祭りや祝い事などの「ハレの日」に食べる特別なものでした。


毎日食べるものではなかったからこそ、その甘さを楽しむことができたのだと思います。


誕生日にケーキを食べる。
旅行先で気になる甘味を味わう。
大切な人と一緒にデザートを楽しむ。


そのような時間まで、すべて否定する必要はありません。


誰かと楽しむための道具として、その場に砂糖があってもよいと思います。
ただし、特別な時間は毎日ではありません。たまにあるからこそ、特別であり、楽しいのではないでしょうか。

砂糖とエンターテインメントは似ている


私は、砂糖はエンターテインメントに似ていると思っています。


映画やテレビ、ライブ、ゲーム、スマートフォンなどは、日常とは違う刺激を与えてくれます。
適度に楽しむ分には、気分転換にもなります。


ところが、強い刺激が毎日続くと、次第にそれだけでは満足できなくなります。
もっと甘いもの、もっと面白いもの、もっと刺激的なものを求めるようになっていきます。


甘いものを食べると、また甘いものが欲しくなる。
暇になると、無意識にスマートフォンを開いてしまう。
食後には、甘いものがないと落ち着かない。


このような状態になると、自分が楽しんでいるつもりでも、実際には刺激に動かされているのかもしれません。


砂糖もエンターテインメントも、たまに触れるくらいでちょうどよい。


非日常に置いておくからこそ、その楽しさを保つことができます。

砂糖を減らすことは、日常を取り戻すこと


砂糖が日常化すると、ご飯や野菜、肉や魚など、普段の食事の味を物足りなく感じることがあります。


同じように、強い情報や娯楽に触れ続けると、静かな時間や何も起きない日常を退屈に感じるようになります。


しかし、本来大切なのは、その何気ない日常です。


普段から砂糖を食べない。
家に甘いものを常備しない。
食べるなら、特別な機会に味わって食べる。
惰性やストレス解消のために食べない。


こうした習慣をつくることで、砂糖に振り回されにくくなります。


「我慢し続けなければならない食事」ではなく、「食べなくても平気な身体と生活」をつくることが大切です。


甘いものをやめられない理由は、人によって違います


砂糖との付き合い方には、その人の身体だけでなく、生活習慣や感情、過去の記憶も関係しています。


疲れると甘いものが欲しくなる。
イライラすると食べてしまう。
寂しさを紛らわせるために食べる。
子どもの頃のご褒美としての記憶が残っている。


そのため、「砂糖をやめればよい」と言うだけでは、根本的な解決にならない場合があります。


あかつき道整骨院では、現在の症状だけを見るのではなく、食生活や生活習慣、甘いものを欲する場面や心の状態まで確認しながら、
その方に合った食べ方を一緒に考えています。


「甘いものをやめたいのに、やめられない」
「どの程度なら食べてもよいのか分からない」
「食事に気をつけているのに、不調が変わらない」
そのようなお悩みがある方は、一度ご相談ください。


砂糖を怖がりながら生活するのではなく、砂糖を日常から切り離し、必要なときだけ楽しめる身体と生活を目指しましょう。
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