「食べたいのに我慢する」を繰り返していませんか? 我慢ではなく、自分で選べる食べ方へ

「食べたいのに我慢する」を繰り返していませんか? 我慢ではなく、自分で選べる食べ方へ

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コラム
「食べたいのに我慢する」を繰り返していませんか?
我慢ではなく、自分で選べる食べ方へ


毎日ジメジメと蒸し暑い日が続くと、いつも以上に甘いものが欲しくなることがあります。


そんなとき、


「身体に悪いから食べてはいけない」
「もっと我慢しなければいけない」


と、自分を抑え込んでいませんか?


私は、甘いものを我慢して苦しくなっている人に対して、


「そこまで我慢するくらいなら、食べたら?」


とお伝えすることがあります。


もちろん、すべての人に勧めるわけではありません。
その人の症状や体質、普段の食べ方、考え方、さらに星座なども踏まえたうえでお話ししています。


問題なのは「食べること」だけではありません


甘いものを食べること以上に問題なのは、


「とにかく我慢していればいい」


と思ってしまうことです。


頭が痛いから、とりあえず頭痛薬を飲む。
甘いものが欲しいから、とにかく我慢する。


一見すると正反対の行動ですが、どちらも「なぜそうなっているのか」を考えていないという点では同じです。


なぜ甘いものが欲しくなるのか。
なぜ我慢しなければならない食べ方を続けているのか。
なぜ食べたあとに後悔するのか。
なぜ自分では止められないのか。


そこを考えないまま我慢を続けても、食べたい気持ちそのものが消えるわけではありません。


我慢することが目的になっていませんか?


もちろん、我慢が必要なときもあります。


しかし、食べ方や身体の治し方において、我慢そのものが目的になると、自分の身体の声がわからなくなっていきます。


「私はこんなに我慢している」
「食べないように頑張っている」
「身体に良いものしか食べていない」


その頑張りによって、自分を正当化してしまうこともあります。


しかし、我慢しなければならない状況をつくってきたのも、自分自身の食べ方や生き方です。


その事実を責める必要はありませんが、誰かや食べ物のせいにせず、一度は自分の問題として引き受ける必要があります。


食べるなら、自分で決めて食べる


私は、自然なものでも、いわゆる社会毒と呼ばれるものでも、自分で考えたうえで食べるなら、何を食べてもよいと思っています。


大切なのは、


「我慢できずに食べてしまった」


ではなく、


「今日は自分でこれを食べると決めた」


と言えることです。


そして、食べた結果として身体に反応が出たなら、その結果も自分で引き受けることです。


何を食べてもよいというのは、何をしても無責任でよいという意味ではありません。


自分で考えて選び、食べたあとのケツも自分で拭く。


それができれば、食べることに対する罪悪感や、我慢できなかった自分への嫌悪感も少しずつ変わっていきます。


我慢する生き方から、自分で選ぶ生き方へ


食べたいものを我慢している人は、食べ物以外の場面でも自分の気持ちを我慢していることがあります。


言いたいことを我慢する。
嫌なことを断れない。
人の目を気にして、自分の望みを後回しにする。
頑張っている自分を認めてほしいと思っている。


甘いものへの欲求には、身体の状態だけでなく、その人の生き方が表れていることもあります。


大切なのは、ただ食べないことではありません。


「なぜ私はこれを食べたいのか」
「なぜ我慢しなければならないのか」
「本当は何を満たしたいのか」


そこまで考えて初めて、食べ方を変えることができます。


食べ方や治し方において、我慢は決して美徳ではありません。


我慢する生き方から、自分で考えて選べる生き方へ。


あかつき道整骨院では、症状だけを見るのではなく、
食べ方や生活習慣、考え方、感情の抱え方なども含めて、身体に起きていることを一緒に整理しています。


「食べてはいけないとわかっていてもやめられない」
「我慢しているのに身体が良くならない」
「何を食べればよいのかわからなくなった」
「同じ症状を繰り返している」


そんな方は、一度ご相談ください。
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