「学校という枠が苦しい」不登校の子どもの言葉で気づいたこと

「学校という枠が苦しい」不登校の子どもの言葉で気づいたこと

記事
コラム
先日、
病院で働いていた頃の友達と話していました。

同じ職場で働いていた
看護師時代の友達です。

いろいろな話をしている中で、
ふと子どもの不登校の話になりました。

そのとき私は、
子どもが言っていた言葉を友達に話しました。

「学校という枠の中が嫌なんだよね」

決められた時間。
決められた時間割。
決められた場所。

その枠の中にいることが
とても苦しいと感じる、と。

その話をしているとき、
私はふと気づきました。

「あれ…これ、私も同じだったかもしれない」

私は20年以上、
看護師として働いてきました。

でも途中から、
病院という場所の中で働くことが
とても苦しくなっていました。

決められた時間。
決められた役割。
決められた動き方。

もちろん大切な仕事です。

でも私はいつの間にか、
その枠の中にいることに
限界を感じていました。

だから私は
昨年の秋に
看護師という仕事を手放しました。

そしてその頃から、
子どもが学校を休むことも
少しずつ増えていきました。

最初は
どうしてだろうと
戸惑う気持ちもありました。

でも子どもと話していると、
こんな言葉が出てきました。

「学校という枠の中が苦しい」

その言葉を聞いたとき、
私ははっとしました。

「ああ、これ…私も同じだった」

病院という枠の中で
苦しさを感じていた自分。

学校という枠の中で
苦しさを感じていた子ども。

立場は違うけれど、
どこか重なるものを感じました。

枠の中にいることが苦しい。

それは
弱さでも甘えでもなく、
その人の感覚が
そう感じているだけなのかもしれません。

学校が合う子もいれば、
違う形が合う子もいる。

働き方も
きっと同じなのだと思います。

みんなが同じ形で
生きられるわけではない。

子どもは子どもの道を。
親は親の道を。

同じ形でなくてもいい。

それぞれに合った形を
見つけていけたらいい。

子どもの不登校を通して、
親のほうが
気づかされることもあるのかもしれません。

私は今、
そんなふうに感じています。

もし今、

・子どもの不登校で気持ちが揺れている
・どう関わればいいのか悩んでいる
・誰かに少し話を聞いてほしい

そんなときは、
ココナラで安心して話せる場所があります🌿

必要なときは
ひとりで抱え込まず、
いつでも声をかけてくださいね。

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