皆様、お久しぶりです。
このブログはすぐに投稿する予定でしたが、リアルで色々と御座いまして、
また、イラン情勢の兼ね合いや、伝えたいことも日に日に増え、
なかなか投稿できずにいました。
混乱を招くような内容も含まれております。
今まで書いて来たことの、より信憑性を増すような内容にはなっています。
このブログで最後にしても良いかな、と思えるくらいにはなっていますので、最後までお読み頂けたら幸いです。
まず補足させて下さい。
前回のお話で、認知治療について触れましたが、
癒しを与えるだけでは「変わらない」と、優しくしただけでも「変わらない」と、意味がないかのような言い回しをしました。
これは、病の回復の観点や、再発を防ぐ観点からの、根本や本質の話しです。
当然、話を聞いてくれる方も必要ですし、優しくしてくれる方も必要ですし、薬に関しても重度の方や、中等度でも必要な場合もあるとも思っています。
ただ、精神病とは「リハビリがいる」と、それは「自分を変えたい」「病気を治したい」という「強い治療意欲が必要」だとも思って来ました。
ここに、「脳の病気であるから治らない」「薬は一生飲まなければならない」「薬で寛解を維持する他ない」「精神病は回復しない」という、
それが「薬に頼り切る」という現象が起きていることを何十年と見て来て、これが余りにも悲惨な結末も招いていて、また、お酒も飲んでいると尚更だったので、薬を飲んでいる方と飲んでいない自分との落差にも気付いて、
「だから治らないんだ」という結論にも至ったからです。
薬を飲み続ける以上は寛解でしかありませんし、中にはカウンセリングを受ける方もいらっしゃいますが、そこには「半信半疑」であったり、来談者中心療法で「話を聞いてくれるだけ」であったり、
(来談者中心療法=高度な技術があると言われていますがたかが知れています。治療には物凄く時間が必要になりますし、その間にともなりますし、こんな物は健常者の悩みレベルでしか通用しません)
また、「カウンセリングなんて意味がない」だとか、「人の話を聞いて治る訳がない」だとか、カウンセラーに対して敵対しているような方もいたくらいで、「聞いてやるから治してみろよ」くらいの、
要は、権威マンセー状態で、この洗脳がエグくて、かなり重度化した人が治ったってなると、医者自体が驚いちゃうみたいな現象まで起きていて、体の病のほうでもある訳ですが、これも具体的に、医療に沿っていない話になるとBANされてしまうというお医者さんもいて、
飛躍しましたが、「薬も使わずに治るなんて有り得ない!」くらいの洗脳も入っていて、また、患者さん自体も「認知治療」に対する「心構え」がまるで無いんだなとも思って来ました。
中には「優しい言葉を掛けてくれるんだと思ってました」と言う方もいて、「辛いですよね~」「悲しいですよね~」「お気持ち分かります~」みたいな物を必要としていて、もちろんそれが不要だとは言いませんが、それだけでは治らないのです。
また、カウンセリング治療(認知行動療法)がどういう物なのか、HPや本にしっかり書かれていても、昔は何の理解もなく相談依頼をされる方もいて、中には、私自身が重度の様々な精神病を15年も経験して来たと、それもしっかり書かれていても、「10年は長いですね」と同情を込めて言っても、「馬鹿にしてますか?」という反応が返って来たりすることもあり、
なんでこんな状態が起きるのだろうと、悲観的になり過ぎてしまっているというのもある訳ですが、そもそも論で、相談者さん本人が「自分を変えたい」「病気を治したい」という気持ちが薄すぎるんだなと、
その裏では、話を聞くだけの来談者中心療法ばかりであったり、医師から認知行動療法を受けたとしても1回30分だけとか50分だけで効果を感じられなかっただとか、全肯定型とか、性格の問題じゃないだとか、海外の精神科医でも「自分を変える必要はない」だとか、なんでこうも意味不明な、患者さん達をより混乱させ、真の回復に繋がらない、しかも薬に帰結してしまうような状態が蔓延するのかと、
日本が抱えている特有の問題もあるのですが(本やブログを参照)、ここには製薬会社の思惑が潜んでいるということも知って行くのですが、
そもそも精神薬というのも「この世の全ての不安や悩みが無くなる」と言ったフレーズで、デカデカと看板まで立てたのが始まりで、「うつ病は心の風邪」というのも製薬会社の啓発マーケティングで、その前からも、精神薬の危険性はずっと議論はされていて、でも、軽度でも効いてるかどうかも分からない程度なのに処方しまくって来た歴史も作られ、ずっとあーでもないこーでもないと、ゴネにゴネて来た歴史の背景もあって、たとえ覆ったとしても中々医師までには行き届いていなかったり、
あと、多剤投与も何度も何度も改定されて来て、ですが患者さん達は既に依存しまくっていて、個人輸入している人達や、ある薬を処方してもらいたいが為に病院を変える人や、医者顔負けと思うほどに薬に詳しい方達が量産されていて、
また近年さらに制度改定されて強化されても、テレグラムやTwitterなどで裏で取引が行われていたり、以前、医療従事者による性犯罪のブログでも挙げましたが、未だに大量に処方している、あの人に頼めば薬をくれるっていう精神科医もいたくらいで、もちろんこんな人は僅かですけど、
ただ、表向きに言われていることと、裏で実際に起きていることの落差が激しすぎて、私は、今でも多剤投与である現実は変わっていないとも思っていて、
でも、多剤投与や、大量投与や、長期での処方も抑制強化はされて来ていて、どんどん、私が20年ほど前から言い続けていた医療体制には近付いてはいて、
で、本気で病気を治したいと思っている方であると、こちらが質問して聞きたい所を(相談の1回目~2回目は質問と傾聴を繰り返すため)、相談者さんのほうが質問の嵐になるほどで、この差でも治療意欲が見て取れるのですが、
ただ、開業当初は、精神病に対する問答だとか、薬に対する問答をしたがる方が多くて、何の為に相談に来られたのかと思うことが多々あって、私も当初は1つ1つ丁寧に答えていたのですが、今でもありますが、権威の建前欺瞞圧力も凄くて、しかも都合の悪いことは上手く包み隠すし、しょうもない次元を延々と論じて来るし、ほんとに、全ての内情や実態や歴史も把握していないと対抗ができないほどで、誰も深く調べようとはしないですし、その分野の最高峰の権威ですから、信用して当たり前で、患者さんたちは鵜呑みにもしますし、もちろん精神医療の全てを否定する訳ではないですけど、
結局、相談に来られる方達は何年も通してご自身で調べていて、長年の経験と、ある程度の裏の実態を知っている方達が殆どで、また、いくつかの相談条件も設けたことで、治療意欲を重視した、やっと実のあるカウンセリング治療を行えるようになったのですが、
ただ、認知療法というのも、施術するカウンセラーの力量にも左右されれば、カウンセラー本人の主観も入れば、方法論止まりであると、根治には結び付かない問題などもあり、
行動に関しては精神医療にある療法で十分かなと思ってますが、「認知療法」の認知の部分に、抜本的な解決に繋がらない問題を精神医療は抱えているとずっと思って来ました。
それは、先ほども言ったように、カウンセラーの力量に左右される部分や、カウンセラーの各々の主観が入り込む場面が生まれたり、また、哲学や、宗教的な次元にも話が及ぶことが必要になるからです。これは嫌でもそうなります。
こんなことは精神医療でもとっくに把握済みだと思っています。
ただ、現在ある、資本主義や、社会的な常識の是非からも逸脱するので、それは施術する人間の自己否定にも成り兼ねない場面が多々出て来るので、どう足掻いても抜本的な解決には、回復には繋がらないとも思って来ました。
医師「お金が全てではないですよ」⇒ 患者「高給取りのあんたが言うなよ」
みたいな、しょうもない現象も起きるからです。
つまり、飽く迄も、資本主義や、世間にある常識に則った施術しか行えず、
また、メンタルを病んでいる方ほど、「格言」だとか「哲学」だとか「詩」だとか、「ポエマー」と揶揄されていた時代がありましたが、
これは単純に、悩みや不安や苦しみを解きたくて、それは患者さん本人も認知治療を欲しているという事になります。
ただ、格言レベルでは、上辺での効果に過ぎず、何よりご本人が発言している事との大きな矛盾を生んでいて、そこでもまた苦しむのですが、ご本人がまるで気付いていない。
・「来る者拒まず、去る者追わず」
この言葉を使ってる方が、とにかく、圧倒的に多かった。
当時、若い子達を中心に、流行り言葉かのように口癖かのように使っていて、この言葉というのは、自己防衛にもなっていて、自分を正当化させる為の都合の良い言葉にもなっており、たとえ自分が悪くても、離れて行く人に問題があるからという意味合いを持たせている。
要は「俺は私は心が広くて誰でも受け入れてしまうほどにオープンで、何も問題のない人間だけども、それでも去って行く人というのは、その人に問題があるから、そんな人は追い掛けません。」という含みを持たせている。
本来は「自分を信じて訪ねて来る者は受け入れるが、離れる者は追わない」という、孟子が「弟子を取る態度」を表した言葉で、一見すると冷たくも思えますが、これは素晴らしい本質で、恋人関係だとか親子関係とも訳が違う。
要は、自分には信念や思想があるけども、それを信じて弟子になりたいという者は皆受け入れるけども、でも、理解出来ず、付いても来れず、この師匠とは合わないでも、師匠の教えは間違ってるでも何でも、それで離れるのなら追い掛けはしませんよという、外で修行しておいで、また私のことを信じる時が来たらまたおいで、という意味だと私は思っています。
これは各々の成長だとか、経験だとか、タイミングだとか、感性だとか、高次なことを、悟りの域を理解するというのも至難の業ですから、もちろん、孟子の全てが正しいとは言いませんが、私も正しくないですが、ただ、人間の因果や理もしっかり理解しているからこその、孟子っちの懐の深さ、大海原のような広く寛大な心を凝縮した言葉であると私は勝手に思っています。
また、中には「座右の銘」と書いてる方もいて、でもツイートを見ると、荒れに荒れていて、どうやら選り好みをして気に入らない人がいると片っ端からブロックしていたようで、多くの人から攻撃され粘着されている方も見ました。
また、次に多いなと思ったのが、「情けは人の為ならず」。
これは誰かに対して良いことをしていれば、いつか何処かで自分の所に返って来ますよという、人間における因果を説いた言葉で、つまり良い意味の言葉なのですが、これを普通に間違えて解釈して使ってる人も多くいて、
「俺は情けは掛けない」だとか「同情はいらない」だとか「同情なんか何の足しにもならない」だとか「同情するなら金をくれ」だとか、これも自分にとって都合よく使っていて、
あと、「実るほど頭を垂れる稲穂かな」。
これは僅かに見た程度ですが、優れた人ほど謙虚であるという意味ですが、ここでもとんでも矛盾を叩き出している人達がいて、とても丁寧な言葉を使ってはいるけども差別しまくり発言とか、プロフィールで学歴だとか資格だとか並べて、ある特定の集合体に対して総叩きをしている人もいて、でもそれは弱者の方達でもあって、自分も同じ立場のはずなのに(ブログやツイートでは親や職場から迫害を受けていた。でも自分より低いと思っているような社会的立場の人達を延々と叩き続けていた。それがあたかも正しいかのように。)、
あとは、ありがちな一期一会だとか、一期一会という言葉も、本当に深い、本当に素晴らしい言葉で、為せば成るだとか、足るを知るだとか、唯我独尊だとか、スピ系の、笑う門には福来るだとか、とにかく笑っていれば良いだとか、偽善のハートなどの絵文字だらけの、どこぞの新興宗教ですかと、引き寄せの法則だとか、は、少し違いますが、
言葉とは裏腹な実態を表にモロに出してしまっていて、
こういった大きな矛盾を招いていて、でも、本人は全く気付いておらず、
変に共感を生んで盛り上がってしまっていたり、とどのつまり、
「ご都合主義セルフ認知治療」になってしまっている訳です。
確かに、盲信している間は楽にはなれます。
ですが、人間関係も破綻したり、結果も最悪になりますし、何より、
病も治らない。
最近は、「他責」という言葉もよく耳にするようになりましたが、お解りの通り、全肯定でも、ご都合主義でも、嫌でも他責思考になる訳です。
あと、本当に問題だと思って来たのが、医者やカウンセラーが、患者とのトラブルが多すぎるからなのか、医療従事者たちも全肯定してしまっていて、一切否定せず、踏み込まず、なんなら、
医師「辛かったんですね~お薬を増やしてあげましょうね~」
患者「先生は優しいんです!私が辛いと言ったら薬を増やしてくれるんです!」
これガチですからね。
(掲載許可を貰っている方や開業前のことを書いていますのでご安心下さい)
他にもまだ一杯ありますが、とにかく優しくして、とにかく否定せずに、
宗教の囲い込みかよと、ほんといい加減にしろと思って来ましたが、
優しさを履き違えながら、国家資格を持った者が患者を甘やかしまくる。
己の抱えている問題とも向き合わせず、自分には何も問題はないと、周りが全て悪いんだと、薬にも偏らせ、何処までも根治治療には結び付かせない。
結局、病が治ったという方も、ご自分でセルフカウンセリングをしていた方達ばかりで、ほんとに試行錯誤されていて、諦めずに自分で考えて、原因だとか、方法だとかを見付けようとされていて、また、ご自分で薬を断っていた方達にもなり(※自己判断で薬を抜くのは絶対にやめてください)、
医師でさえも「良くなると病院に来なくなるから」と言う方もいて、
また、薬を飲んで自分が駄目になって行くことに気付いて薬を断ったという方や(カウンセリング治療もせず、病の辛さに耐えながら生きて来た方)、
また、ドキュメンタリー番組などの、あらゆる苦しみと闘いながら闘病生活をされている方を観たり、映画に助けられたり、音楽の歌詞に助けられたり、
また、カウンセラーの中でも、ひたすら著名な人の「格言」のような物をTwitterなどで投稿しまくっている方もいて、
時に、突き刺さって涙したとか、励まされたとか、自分の中にある甘さに気付きましただとか、そこで心の強さを生み出している方もよく見て来ました。
でも、これも上辺の効果でしかない。
確かにそれも必要で、私も散々助けられて来て、心を感化できて、リハビリ意欲も何度も生み出してくれたり、「こんなことで死にたいだなんて思ってたらいけない」だとか、「どれだけ自分は甘ったれてるんだ」などと、色々と励まされ、ある時期なんかは、テレビの深夜にやっていたドキュメンタリー番組を録画して、必ず1日1回は観るというのを自分の中で義務付けてもいました。
ただ、考え行き着いたのは、これも病の根治治療ではなく、自分の心に無理くり発破を掛ける根性論に近い心理状態にもなり、己が抱えている根本の原因の解決には繋がってはおらず(繋がる場合もあります)、
そこで暴走して病が悪化する方もいれば、確かに初めは良かったけどもと、心と体に無理が祟って再発してしまっただとか、悪化するどころか違う病まで併発してしまっただとか、私も経験ありなのですが、
各々で抱えている病の原因、その部分での考え方の変化や、捉え方、受け止め方の変化など、行動面でもそうなのですが、特に認知治療の部分で、全く噛み合っていないことが多すぎるのです。
こんなんで治る訳がない。
例えば、「競争社会」⇒「陸上選手」⇒「靭帯断裂」⇒「回復には時間が掛かると医師に言われた」⇒「重要だった試合に間に合わなくなった」⇒「選手生命が終わったと思った」⇒「落ち込み苛まれ心の病を発症」⇒「体の病と闘っている人のドキュメンタリー番組を観た」⇒「どれだけ自分が恵まれているのかを知った」⇒「悩んでる場合じゃないと再起を掛けて動き出した」⇒
そこから陸上選手として再起を果たした、とはならずに、
また靭帯が壊れ「致命的な完全断裂」⇒「手術が必要と言われ挫折」⇒「心の病の再発と重度化」⇒「以下略」
もちろん、色々な形があり、色々な結末があります。
ドキュメンタリーでも、映画でも、ドラマでも、アニメでも漫画でも、音楽でも、その時々で、様々な次元で必要な場合もあります。
特にドキュメンタリー番組の視聴に関しては、「死にたい」と思ってる方には、その心を覆してくれる程の意識が生まれ、かなり有効なので推奨もしています。スティーブンキングの「ショーシャンクの空に」もお勧めです。
ただ根本的な部分にアクセスし、そこに治療が行き渡っていないと、再発という落ちが待っていたり、一過性の効果しか生まれないなど、カウンセリングを受けていても(来談者中心療法)、薬を飲み続けるという平行線も生まれる。
ここには多くの美談があり、かなり突っ込んだ話をしているのですが、例を挙げてしまうと大反論が返って来てしまい、とにかく薬で症状を抑えながら、あらゆる出会い、セレンディピティの助けもありながら、資本主義においての、競争社会においての、比較社会においての、金金の他者をも巻き込んだ状態もあり、
いつまでも根治治療には結び付かず、美談を多分に含みながら著名な人の言葉にも傾倒し、薬物治療にも傾倒した状態で、この社会の常識にも流されながら、共感し、涙し、励まされ、感化され、でもまた、辛い辛い辛い、薬薬薬、死にたい死にたい死にたい、と嘆いている。
何十年も。
以前にも言いましたが、宗教のほうがよっぽど為になったと仰った方や、病院でカウンセリングを受けても、その後でお婆ちゃんに慰められていただとか、
特に精神医療の場合だと、方法論や、心理学における理屈を学ぶだけなので、それは飽く迄も、何処までも、この社会に属した、社会通念上の域を出ませんし、となると、悩みや不安や苦しみなどは潰えない。
つまり、それらを誤魔化す為にも、薬に頼らざるを得なくなる。
貧困がメンタルに不調を来たすという場合や、働けなくなってしまっただとか、心と体がキツくて続かないだとか、親のすねをかじっているだとか、パートナーに経済的な依存をしているだとか、
金銭的な部分で肩身の狭い想いをしていたり、社会の役に立てていないなどと落ち込んでしまっていたり、すると、お金が解決方法に直結するようになり、
実際に、心の病を抱えている方に月に数万円を給付してみた研究だとか、最近でいうとドイツの研究結果が有名ですが、心の病の方を対象とした物ではないですが、3年間ずっと毎月20万円近くを支給してみたら、大きな改善に繋がったと、支給停止後も効果が持続したと、この研究結果を見て、益々ベーシックインカムをとも思いましたが、
また、障害年金を受け取っただけで、病がかなり改善したという話も多々あり(一過性であっても十分な治療期間は作れる)、また、以前にも言ったと思いますが、宝くじが当たったら治ってしまったと言ってる方もいて、
つまり、お金で解決してしまうという側面まで生まれる訳です。
だけに、「お金さえあれば」「お金持ちになれたら」と言う方がかなりいて、
ただ、お金持ちであったとしても、お金には全く困っていない程の収入を得られていても、精神病になる方は大勢います。
つまり、根本的に本質的に言うと、お金では真の解決に繋がるという訳ではないのです。お金で心の安定が買えている間だけとも言えます。
確かに、お金は心を安定させるバロメーターとも言え、この社会で生きて行く以上は、お金というのは必要で大事なポジションにもあり、お仕事をするというのも、社会に属することで得られる安心感という意味でも、収入を得るというのはとても大事です。
ただ、ここも本質的に言えばですが、貧乏であればあるほど、毎日空腹で食べる為に必死に動こうともすると、人は心の病に陥る暇さえ無くなります。
つまり、この便利で豊かな社会が土台として備わっていると、仮に食べることには困っていなかったとしても(空腹は凌げる)、お金持ちでも貧乏でも、あらゆることでメンタルの不調に繋がり、精神病に陥る場合も出て来る訳です。
簡潔に言うと、周りの人達全員が貧乏で、勉強もなく、テストもなく、学歴もなく、競争することもなく、車もなく、電気もなく、服もみんな継ぎ接ぎだらけで、顔の比較もなく、コンテストもなく、テレビもなく、新聞もなく、食べること以外の悩みはほぼ無いと、食べること以外の比較もほぼ無いと、悩みも不安も最小限になり、メンタルの不調も精神病も、ほぼ無くなります。
とにかく生きることに毎日必死になるからです。
寝ても覚めても、食べる物だけのことを考えて生きるくらいになります。
誰も彼もが畑を耕し、水やりをし、山菜を採り、薪割りをし、天日干しをし、川魚を捕り、海産物を捕り、不便であるとやる事も多く、悩む暇さえない。
もちろん他の理由で悩む事もあれば、他の理由で精神を病む事もあります。
また、体(内蔵も含む)が、心の不調に繋がっている場合もあります。
(食べ過ぎ飲み過ぎ、不健康と呼ばれている食べ物など、胃や腸の不調を来たし、ストレス改善と食事療法をしただけで、あっさり治ってしまったという事も実際にあります)
心の問題(PTSDも含む)、体の問題(内臓も含む)、薬の問題まで絡むと、
余りにも複雑難解怪奇すぎる状態が生まれるので、
消去法のように1つ1つ改善しながらというのが実際の治療になります。
ただ、薬の問題は後回しで、精神的にも身体的にも回復していると判断してから、医師に相談し、許可が出れば減薬に入るという流れになっています。
(昔は、減薬すら許可してくれない医師が多かったですが、現在は制度改定によって比較的簡単に許可してくれるようにはなっています、ただ、減薬の方針も中身も医師によって変わり、あれこれ言いたいことはありますが。)
昔は知と力のある者が、お金持ちになったり、天下を取り、その構造自体は今も変わっていませんが、上の悪たちも学んで、戦争をしまくっても、確かに勝てればメリットはデカくなるが、弱い国であればダメージも経済的損失も少なくて済みますが、でも上に行こうとすればするほど、強い国同士での争いにもなり、となるとどちらもリスクが大きくなり、これってメリットが全然ないやんと、最悪負けたらたまったもんじゃないと、これは流石に非効率すぎると何処かで気付き、てことで、仲良くしましょうね~と、表向きには不仲な国の演出をして、裏ではズブズブのズブちゃんの関係性が作られ、
また、国民も奴隷のように扱き使うのではなく、自由を与え、誰でも国や社会が発展できるような、発明であったり、多くの人が助かるような便利な物であったり、美味しい物であったり、音楽であったり、映画であったりと、どんどん娯楽も充実して行って、それらでも能力を発揮すればお金持ちになれると、結局はそこでも上の匙加減1つになっていますが、
また、起業もして、お店とか工場とか上手く行けばお金持ちになれますよと、でも税金はしっかり払って下さいねと、あらゆる物に課税しますけどねと、でも、生活保護だとか、医療保険とか、各種支援だとかの社会保障制度もちゃんと御座いますよと、みんなで協力し合って、豊かで愛のある社会を造りましょうねと、
つまり、実は、皆さんが大嫌いな、共産主義も入っている訳です。
資本主義なんていうのは巨悪を生み出す因果しか持たないので、こんなことは少し考えれば誰でも気付ける筈なのですが、コロナきっかけで多くの国民が気付き始めて、医療の闇も、政治の闇もそうですけど、芸能界の闇もそうですけど、エプスタインでもそうですけど、
どうしても独り勝ちしたい、支配したいという、上の邪な精神がモロに乗っかる社会なので、だからこそ大きな矛盾も抱えている訳ですが、ただ愛のある、思いやりある、優しさのある世界というのは、どうしても共産主義の要素が必要になって来る訳です。
共産主義の精神も盛り込まないと、極悪非道な無慈悲な世界になってしまうからです。
自分で考えて行く中で、どうしてありとあらゆる問題が生じるのかと、問題の根本的な原因から1つ1つ考え始め、膨大な考えで複雑すぎるので端折りますが、ある時に、人は常に持ちつ持たれつで生きていると、
力の強い者もいれば力の弱い者もおり、勉強が得意な者もいれば苦手な者もおり、手先の器用な者もいれば不器用な人も、絵が得意な者、演奏が得意な者、作曲が得意な者、作詞が得意な者、スポーツが得意な者、デザインが得意な者、料理が得意な者、お掃除やお片付けが得意な者、一定の作業が得意な者、動物のお世話が得意な者、などなど、などなど、
得意でなくとも自分が出来ることであったり、向いていないと思うことであっても使命感を感じてやる人であったり、みんなそれぞれが自分の特色や、やれることを活かしていて、みんなで支え合っている。
また、俳優も元々は何もできない低俗な人間がする職業だとも言われていて、お笑い芸人でも、昔は社会不適合者の何の取柄もない人間がする物だとも言われていて、でも今や、俳優も芸人も多大な社会的地位を得られていますよね。この時代背景の流れや理由も他ブログで詳しく書いていますが、
また、農業も、知も才もない最下層の人間がやる仕事くらいに言われて来て、「あんな物は仕事ですらない」と発言した人もいたくらいですが、今なんか大逆転しているくらいに尊敬されていますよね。
これは即ち何を表すのかで、軽作業でも、ライン作業でも、これも誰にでも出来るからという事で下に見ている傾向がありますが、時給が低いからとか、給料が低いからでも下に見る傾向もありますが、これも他ブログで何度も書いていますが、私には無理なんです。
ずっと同じ作業をするということが苦痛でしょうがなくて、どうして出来るのかと、この忍耐強さは半端じゃないと、でもある時に、ある方が、
「単純な作業で、ずっと同じことをしているから良いの」と「何も考えなくて良いから、それが良いの」って、なるほどと。みんな苦痛の中でやってるのかと思いきや、そういう場合もあるんだなと。
つまり、人には向き不向きもあれば、得意不得意もあり、それで良い訳です。
あと、家事や洗濯も、私の場合は本当はやりたくありません。料理も普通に何でも作れるくらいに出来ますが、それでもやりたくはありません。
ずっと自分のしたい何かに集中していたり、没頭していたくて、それ以外は何もしたくないくらいです。
マルチタスクも得意ではありますが、それでも、何か1つのことにずっと集中していたいというのがあります。
また、洗濯に関しては母が生前の頃に、「一番好きなこと」と言ったことがあり、何が?どこが?と理解不能でしたが、なんて言ってたのかは忘れてしまいましたが、「洗濯物を干している時が一番楽しい」だったか、そんなようなことを言っていて、ここでも気付きを生んだのですが、
つまり、家事や洗濯でも、向き不向きや、得意不得意がある訳です。
即ち、みんなそれぞれに同等の価値があると言える。
何故か。
簡単な仕事で、誰でも出来るからと言う方がいますが、貴方は出来ますか。
農業をやれますか。同じことを繰り返す作業をやれますか。立ちっ放しのお仕事をやれますか。肉体労働をやれますか。高所のお仕事をやれますか。
必ず出来ないことや、仮にやれたとしても、やりたくないという話にもなって来ると思います。
経営が得意な人だとか、時代の先端に追い付ける人だとか、投資だとか、ITとかAIとか、0から1を生み出せる人も凄いと思っていますが、1から100に出来る人もいます。
つまり何が言いたいかと言いますと、人間には上下など存在していないということです。
結局は、資本主義という構造の中において、大きな収入を生み出せるだとか、多くの人には出来ないような特殊なお仕事だとか、そこに特化するような、そういった人が稼ぎやすいという構造が造られているだけなんです。
もちろん「需要」という観点はありますが、
そもそも多くの人が出来るからと言って貴方は出来るのかって話だからです。
「絶対に嫌だ」と言いますからね。
向き不向き、得意不得意、出来る出来ない関係なく、自尊心が傷付くからとか、恥ずかしいとか、怖くて無理だとか、匂いが無理だとか、音が煩くて嫌だとか、トラウマがあるだとか、お金次第ではっていう方もいましたが、
つまり、みんなで持ちつ持たれつでやっているんです。
みんな特別なんです。みんなで支え合っているんです。
上の馬鹿が、差を創り出しているだけなんです。
男が差を創り出していることもありますが。
つまり、共産主義であっても良いわけです。
医者でもそうですけど、超頭の良い、一人握りの人間しかやれないお仕事だと言われてますけど、生まれ変わることがあったら、お医者さんになりたいと思うくらいに尊敬もしてますけど、私は別に給料が20万でもやりますからね。
ここが需要の観点にも重なって来るのですが、多くを得られる分だけ利益を下げれば良いんです。多くの人達から感謝の言葉を貰えるという、最大で最高の特典があるんですから。
多くの人を、病から救いたいんだって人がやれば良いだけの話で、給料が低かったらやらないだとか、仕事量と割に合わないとか、そういう人はやらなきゃ良いだけの話なんです。向いてないんですよ。こういう人は。
私の親戚で、私の父の姉の息子さんなのですが、その方は「勉強が楽しくてしょうがない」と、実際に有名な大学にも行ってましたが、これも向き不向き、得意不得意なのです。
勉強が好きな人はすれば良いし、得意な人はすれば良いし、その能力を他者の為に活かせば良いだけの話なんです。それ以上、何があるって話なんです。
その「何」を創り出されているから、おかしなことになるんです。
あと、恐らく多くの方が、新しいビジネスを作って、多くの社員を抱える、社長になる人も偉いって思ってますよね。凄いとも。
これも、そもそも考え方が間違っているんです。
お金に振り回されすぎ、資本主義に洗脳され過ぎです。
新しい物を生み出すというのも、それもその人が持っている1つの能力であって、それもまた向き不向き、得意不得意でもあって、努力によってというのもありますけど、
以前にも話しましたが、地元を活性化させたくて、地場産業で多くの需要を生み出して、これもその方の能力や、他者への思いやりから来ているだけであって、どの社長よりも給料は低いと思うよと、つまりこの方はお金ではなく、ただ地元の人を救いたくて、己の能力と想いだけでやっていたんです。
何より、そもそも、その人が持っている能力を使っても、新しい物を生み出せたとしても、新しいビジネスを始めれたとしても、そこで働いてくれる人達がいなければ無価値なんですよ。
そりゃ1人でやれて、1人で巨万の富を得られて、それを大勢に還元していたら偉いし、凄いとは思いますけどね。ま、それもどうかとは思いますが。
つまり、他者がいなければ、人が大勢いなければ、色んな人の力がなければ、どれだけ良い物を生み出せたとしても生産も出来ませんし、物流でもそうですけど、電気でも何でもそうですけど、人は常に持ちつ持たれつで成り立っているんです。自然ありきで。
差なんてないんですよ。実は。
差を創っているだけなんです。上が。
考えてみて下さい。ストライキって物もありますよね。日本でも憲法で保障されてますけど、従業員全員が、その社長様が生み出したビジネスを放棄したとしたら、どうなると思いますか。
赤字どころか破産ですからね。
みんな必要で、みんな特別で、みんなで持ちつ持たれつでやっているんです。
今や、機械やAIによってその根幹から壊されようとしていますけど、上はお金お金で、資本主義に託けて日本の従業員の給料はこんなもんだろうと、うちは良いほうだと、福利厚生も手厚いと、従業員を大切にしているんだと、で、自分は私利私欲に塗れて、高級車だの、高級時計だの、億ションだの、数千万の指輪だの、もっと大きな事業に使いたいからだの、本当に尊敬できますか。
恐らく、殆どの国民が資本主義に洗脳されていて、毒されていて、多くの収入を生み出すというのは、それだけ国に税金を沢山納めているんだと、それって国民の為にもなっていると、日本の為にありがとうございますと、この馬鹿丸出し洗脳奴隷短絡思考を爆発させて来るのですが、少しくらいお金の流れを知ったらどうなんだと言いたくなりますが、
これら洗脳もしっかり行き届いていますし、社長イコール、凄い!偉い!正しい!くらいにもなっていますし、高学歴イコール、凄い!偉い!正しい!くらいにもなっていましたし、とにかく巨万の富を得られれば、とにかく人気が出て数字も持てば、凄い!偉い!正しい!んだと、一体なにを学んで来ているんだと思うくらいですが、ほんとに、自分で考える力がない人ほど結び付かないんです。気付けないんです。
これらが権力構造も生み、自然もぶっ壊し、人もぶっ壊し、子供もぶっ壊し、犯罪の揉み消しや、公金ちゅーちゅーや、スラップ訴訟や、示談や取り下げ、暗殺、幼児性愛や人身売買、それはそれ、これはこれ、その人がたまたま悪い人だったからと、別物として捉えている。
どれだけの腐敗があっても、どれだけの不祥事や犯罪が起きても、関係ない。
腐敗というのは、「その他大勢」でないと成立しないんですよ。
政治の闇、司法の闇、警察の闇、テレビの闇、芸能界の闇、医療の闇、もう知ってますよね。
ネットの世界にも入り込んで来ていますが、どれだけ腐敗していますか。
まともな人ほど殺されてもいますよね。演出だとされてる人もいますけど。
社会的に抹殺されてる方も多いですけど。
何も知らず、まだ陰謀論だと言う人であったり、権威に流されている人ほど、著名な人でも、人気者や、お金持ちを羨んでしまう方ばかりだと思うので、私の話は中々通用しませんが、
いくら0から1を生み出す能力があったとしても、世紀の発明をしたとしても、ビジネスの才気があったとしても、それらを普及する為に、支え、働いてくれる人達がいなければ、そもそも価値なんて0だという事です。
この本質に気付くと、全ての人が特別だと気付くんです。
全ての人が必要で、全ての人が特別で、みんなで持ちつ持たれつで支え合っているという事です。
つまり、自分を悲観する必要は、そもそも何もないんです。
上が差を創り出しているだけだからです。
もし差があるとすれば、それは心の価値です。
頭脳格差で貧富の差を創り出し、大企業も、上に忖度せざるを得ない程の、内部留保を貯めに貯めこまないといけない程の状態も造り出し、美意識も創り出し、あらゆる比較格差も造り出し、貴方を従順に従わせようとしている。
頭の良い人って凄い! ははーm(_ _)m
お金持ちの人って凄い! ははーm(_ _)m
税金沢山納める人って凄い! ははーm(_ _)m
美人だ!イケメンだ!可愛い! ははーm(_ _)m
頭の悪い人って役立たず! ┐(´д`)┌ヤレヤレ
貧乏の人って役立たず! ┐(´д`)┌ヤレヤレ
税金も納められないって役立たず! ┐(´д`)┌ヤレヤレ
ブスだ!ブサオだ!醜い! ちっ(-。-)y-゜゜゜
こうなるように仕向けられているんです。上からの洗脳によって。
洗脳しているのは宗教だけだと思ったら大間違いですからね。
テレビが洗脳ツールだってことも今や一般常識くらいですよね。
国がやるプロパガンダでも、○○主義でも、これも上の洗脳ですからね。
あと、私の場合はですが、お金や物自体で得られるのは、ただの「喜び」だと位置付けていて、思いやりの相乗効果が人間においての「幸せ」だと結論付けていますが、この説明には本一冊分が必要になってしまいますが、
幸せの概念や、価値観においても洗脳されていますからね。
お金や物で幸せになれるなんて、知恵遅れ甚だしいですよね。
なのに未だに、それが幸せだと、なんなら、優しさも愛情も無くても良いと言う人もいるくらいなんです。お金さえあればと。
どれだけお金に毒されているのかって話ですけど、それほどに強いのが、
強くなってしまうのが、「資本主義」なんです。
だから上に沿って、悪道に乗っかってしまって、気付かぬうちに、悪の心と、偽善の心で生きてしまうんです。
「この世はお金が全て」だと言わんばかりに。
どうしてもお金が必要な仕組みも作られていますし、初任給が低いだとか、非正規だとか、ボーナスもないとか、退職金もないとか、特に女性は男性との収入格差も未だにあり、妊娠出産子育てともなれば尚更ですし、男性の収入に依存してしまうような状況も作られていて、女性は特にお金には切実になってしまい、
長いこと縦社会、男社会の中で、だいぶ改善はされていますが、それでも実際は微々たる物で、女性と子供を何より手厚くしないと、この側面だけでも日本の未来なんて無くなってしまう訳ですが、シングルになり、頼れる家族もおらず、夜の世界に足を踏み入れないといけなくなった方もいて、
最近は、本質本質と言う方も増えて来ましたけど、未だ本質に気付けていない人なんてごまんといますし、それだけ資本主義に洗脳されているからですが、
あるドキュメンタリー番組を観た時に、某企業に勤めている「正社員」の男性と離婚した女性がいて、初めは一般的なお仕事をやっていたものの、どうにもお金が足りなかったと、そこから夜のお仕事を始めたと、そんなことはしたくなかったと、でも子供を育てるにはどうしようもなかったんだと、
で、コメント欄で書かれていた物の1つに、
「正社員の旦那と離婚するからだわ」とあり、
これが資本主義が生み出しているクソったれた現象の1つなんです。
男性優位の社会構造になっているという事です。
女性や子供が最大の弱者になってしまうという事です。
男に媚びない限り。
ただ、1人で4人の子どもを育てたとか、6人の子供を育てたという女性の方もいて、ですが、収入も、地域差とか、家族関係とか、実家住まいだとか、養育費の有無などもあり、節約がどうとか、2つ3つ掛け持ちしただとか、根性でどうとか、本当に凄いことではありますが、全ての人が同じ能力や体力や精神を持ち合わせている訳でもありませんし、置かれている立場や状況なども人それぞれで変わり、これもまた、努力を強いられてしまうという現象が起きるのもまた、資本主義なのです。
だから、努力が足りないだの、良い給料が欲しいのならもっと勉強しろだの、ある芸人が、コロナ禍で生活が困窮する女性が増えていた時に、「絶対、可愛い人が風俗嬢やります。我慢したらアフターでいいことがある」と言ったり、男性に対しても、負け犬、負け組という論調も生まれて来た訳です。
もちろん勉強や努力にも良い側面もある訳ですが、偏った意識が差別を生み、相手を追い込んだり、自分を追い込んだり、無理強いをしたり、向き不向きも関係ない、得意不得意も関係ない、とにかく頭が良くならなければならない、そうじゃないとまともな職に就けない、頭脳主義や、学歴至上主義も生まれ、資格馬鹿という言葉も生まれましたが、全員が全員、頭が良くならなければならないという、勉強が出来るようになれないと差が生まれますよ、格差が出来ますよという基本構造が作られたことによって、頭の良さに偏らせなければならくなった訳です。誰もが。
欧米型の近代化資本主義によって。
もちろん、勉強は出来なくとも手に職だとか、スポーツの世界だとか、音楽の世界だとか、芸術の世界だとか、芸能界だとか、ネットが生まれてからはネットワークビジネスだとか、投資だとか、ユーチューバーだとか配信者だとか、職種は増え、自由度も増していますが、それでもやはり能力がある方だとか、黒い話も一杯ありますけど、成功できている人というのは一握りですよね。
やりたいことはやれば良いですし、自分には向いていないなぁと思えば辞めても良いですし、でも向いてるなと思うことや、向いてないと思ったとしても、やりたいことなんだと、それが人間としてのベストでもあります。
ただ、そこに収入格差だとか、差別だとか、牛耳りまで生まれていると、
生まれてしまうのが、強く生み出されやすいのがまた、資本主義なんです。
頭脳格差、能力格差が顕著になり、そこには際限のない収入も生み出される。
巨万の富は、巨大な権力も生み出し、弱者や女性や子供が食い物にもされる。
この構造と精神が、全てを、後に、破滅に導く。
人間は元来、欲深くなるようにも創られているので、これもどうしてそうなるように創られているのかのメカニズムに気付けると早いのですが、これはひたすら考え気付き続けることで、全てはある目的の為に繋がっていると、森羅万象に繋がる因果を持っていることまで解るのですが、
これは、
人は悪い欲を持つと(金銭欲や物欲だけではない)、
自分も相手も最終的には不幸になり(動物や自然も)、
ここで悪い欲を断たなければと(宗教でもよく出る話)、と同時に、
思いやりを持たなければと(悪い欲が消えるまで偽善が付き纏う)、
「悪い欲⇔悪」(主に支配者層)
⇅
「悪い欲と良い欲⇔偽善」(金持ちも貧乏人も:一般的にはここが一番多い)
⇅
「良い欲⇔善」(僧侶レベル)
各々で濃淡はありますが、中間にある「悪い欲と良い欲」が同居している方が多く、ある意味、人間は如何に人生を通して、悪い欲を排除しながら、良い欲を大きくして行くのかの修行みたいな物で、
何より、考えて行く中で「偽善の恐ろしさ」を死ぬほど気付き続けて来たのですが、ここは本をお読み頂いて、
で、現代の何が問題なのかって、欲深く自己中に無神経に陥らせる、悪の心も大きくさせてしまう、クソ便利でクソ豊かな、近代化資本主義がある事です。
多くの国民が「悪い欲」のほうに傾き、特に男性が傾いて行ったのですが、みんな悪しき殿様になってしまって、後に、女性まで傾いて行くのですが、
どちらも欲深くなって自己中に無神経になってしまって、優しさや思いやりも良いのは初めだけで、矛盾だらけで、似非家族、似非恋人、似非夫婦など、様々な不幸を引き起こして来ました。
いつまでも気付けないと、延々と不幸を繰り返してしまうのですが、
人間が幸せに、動物や自然も幸せに、
平和にも繋がる因果を生み出せるように、
優しさや思いやりや愛情を持てるように、
その為に人間のメカニズムの1つに「欲」というのも組み込まれていて、
どうして「痛み」が備わっているのか、どうして「睡眠」なんて物があるのか、これは一般的な動物たちでも備わっている機能ですが、全ての物事で考えてみて下さい。ひたすら疑問形にして。
これは進化ではなく、生理現象さえ超えた、ある目的の為に備わっていると気付きますから。
そこに気付けば、どうして人は生きるのか、どうして人は存在するのか、どう生きなければならないのか、人間の生きる意味も目的も、全て見えます。
「人生は暇つぶし」の為なんかではありません。
ですが、現代人のほぼ全ての人が、自然や動物や人など(人とは日本人だけでもない)、何かを犠牲にした上で似非幸福を生み出していたり、お金が無くなった途端に本性を現わしたり、表では良い人ぶって、本人も自分のことを良い人間だとも思い込んでいて、お金ありきで均衡を保っている方も多く、
でもそこには偽善や悪が常に潜んでおり、
また幸せというのは、お互いが悪い欲を持っていない、且つ、偽善でもない、真の思いやりや愛情を、お互いが持っていないと幸せにはなれないので、
つまり、このクソ便利でクソ豊かな現代社会で生きていると、男性も女性も、老若男女問わず、誰しもが欲深く、悪い心も嫌でも持ってしまう事から、
幸せになることのほうが難しくなる訳です。
どちらも欲深くて悪い心を持っていたり、どちらかが悪い心を持っていると、幸せは生み出せないからです。偽善によっても。
なので、本当の優しさがなんなのを考えなければならないとも本では言っているのですが、
親でも、兄弟姉妹でも、友達でも、会社の上司でも同僚でも部下でも、パートナーでも、相手が悪い心を持っているだけでも嫌でも不幸になりますよね。
もちろん、こちらが欲深き悪い心を持っていたとしても。
これらが現代に潜む大きな問題、本質の1つなんです。
仮にみんな良い心を持っていても、欲深く悪い心も持ってしまっているので、
そこから生み出される偽善もそうなのですが、確実に不幸になりますし、
ありとあらゆる様々な問題も生まれるのですが、
その根本を、全ての原因を考えてみて下さい。
必ずある答えに行き着きますから。
大事なのは疑問を止めないことです。
答えが出ても、その答えもひたすら疑問形にし続けることです。
全ての物事で。一本の線に繋がるまで。
____
・生存・身体に関する欲
食欲:食べたい
睡眠欲:眠りたい、休みたい
性欲:性的な欲求
安全欲:危険を避けたい、安心したい
快楽欲:気持ちよさを得たい
・お金・物に関する欲
物欲:モノを手に入れたい
金銭欲:お金が欲しい
所有欲:自分のものにしたい
収集欲:集めたい
独占欲:他人に渡したくない、自分だけのものにしたい
・社会・他人に関する欲
承認欲求:認められたい
名誉欲:評価されたい、有名になりたい
権力欲:人を動かしたい、支配したい
支配欲:相手をコントロールしたい
優越欲:他人より上でいたい
競争欲:勝ちたい
帰属欲求:仲間に入りたい
愛情欲求:愛されたい、愛したい
・自己実現・精神的な欲
知識欲:知りたい、学びたい
探究欲:深く理解したい
創作欲:作りたい、表現したい
自己実現欲求:自分らしく生きたい
成長欲:上達したい
自由欲:束縛されたくない
冒険欲:未知を体験したい
・ネガティブに語られやすい欲
嫉妬欲(嫉妬心):他人をうらやむ
復讐欲:仕返ししたい
破壊欲:壊したい
加虐欲:苦しめたい
依存欲:誰かや何かに頼り続けたい
____
三大欲求だとか、マズローの5段階欲求だとか、その中で欲深く自己中に無神経に、他者を傷付け苦しめ(動物や自然も含む)、倫理違反や、時に犯罪に繋がるほどの悪しき欲求に繋がる人もいて、
その中でも大切なことに気付き、思いやりや愛情に繋がる人達もいて、平和な世の中にしたいと、みんなを笑顔で幸せにしたいと、そもそも従業員がいなければこのビジネスは成り立たないと、
でも、いくら優しい面を持っていたとして、自分の思うお金がないと優しさも維持できず、外食ができないと不幸だと言い、服も買えないと不幸だと言い、美容院に行けないと不幸だと言い、旅行ができないと不幸、テレビがないと不幸、車がないと不幸、欲は際限なく膨れ上がり、自分の良い心も、優しさも維持できなければ、発揮もされない。
一切のお金も財が無くなっても、それでも自分も、相手も、周りも何も変わらない、いや、仮にそこで思いやりが発揮される人であればまだ良いです。
そんな心を持っている人だからこそ、幸せは生み出せるからです。
その心がないと、裏切りであったり、見捨てられたりもするからです。
簡単に。
恩を仇で返す人も、当たり前のように普通に出て来ます。
ドキュメンタリー番組を観た時だけ良い心が再燃したり、火垂るの墓状態と私は言っていますが、良い映画やドラマなどを見た時だけ良い心が生まれたり、でも次の日には元に戻ったり、なんならCMが流れた途端に元に戻り、
ここも一過性の物で、一瞬で元に戻る。
資本主義から生み出された、欲深き自己中で無神経な人間に。
若い頃はまだ良いのですが、いや今は幼少期からお金お金になっていますが、お互いで不幸を繰り返し続けていると、必然とお金で得られる喜びだとか、楽しさを求めるようにもなり、趣味だとかにもお金を沢山使うようにもなり、
その中でも欲深き悪しき心が育まれると、それを凌駕するほどの「お金」を持たないといけなくなり、でも中々持てず、心が狭くなったり、お金に左右され、常にイライラし、その時々で、例えばボーナスが出た時だけは優しくなったり、でもまた元に戻って優しくなくなったり、パチンコで勝った時だけは優しくなったり、でも負けた時は優しくなくなったり、また欲を持ち過ぎて、給料も低くて、普段からずっと優しくなかったり、
特に恋人同士になると、ここも良いのは初めだけで、お互いが良い部分を表に出すのですが、心許した途端に本性が出て、別れが訪れる。
交際期間が短ければ短い人ほど、どちらかが、若しくはどちらとも、欲深く自己中で無神経となる。どちらかがひたすら我慢している場合もありますが。
ケチだとか、収入がどうとか、年収がどうとか、奢る奢らない論争にもなったり、たとえどれほどの大きな矛盾を抱えていたとしても、気付けない。
ただ、極端な話、超大金持ちになれば、ケチにもならないし、奢れるし、心も広くなって優しくもなれるし、心の余裕も生まれて思いやりも持てる。
つまり、誰もがお金に救いを求めるようになる訳です。
お金で解消できるからです。大抵のことは。
お金で満たすことが誤魔化すことが出来るからです。
己の抱えている、欲深き、悪しき心を。
もちろん、悪い心とか、悪い欲が生まれるのは、お金だけでもないです。
物欲や金銭欲がほぼ無かったとしても関係ありません。
お金に纏わることが多いのでメインで話していますが、それだけ人間の心に潜む悪い欲というのは計り知れない訳です。これもまた、その多くが資本主義から生み出されてもいます。(AIで引っ張り出した上記の欲の一覧をご参照)
ミニマリストであっても、天然のノホホン系でも、独身貴族でも、背徳でも、自虐でも、ソシオパスでも、偽善の恐ろしさも知れば尚更ですが、ここは本をお読み頂いて、「やらない善よりやる偽善」という言葉も流行ってましたが、それらも含めて、どれだけ低次元なのかもよく分かると思います。目先に捉われる人ほど短絡思考になるのです。
また、お金を稼ごうとすればするほど、悪と偽善の心は裏では増大し、頑張れば稼げると、勉強をすれば稼げると、良い大学に行けば稼げると、良い企業に就職できれば稼げると、出世すれば稼げると、起業すれば稼げると、良い生活が送れると、評価もされ、社会的地位も得られ、良い家に住み、良い車に乗り、良い服を身に纏い、何不自由のない生活を送れると。
と、なるように造られている訳です。
人間が生み出した、巨悪が生み出した新資本主義によって。
それらに付随する付加価値も、もっそい創り上げられて洗脳されているので、それが余りも強すぎるので、しかも、小さい頃からひたすら、資本主義から生み出された物や、ずっとテレビや周りによっても、お互いで価値観も洗脳し合っているので、そんじょそこらの思想と精神では変えられないんです。
特に日本だと、ちょっとでも宗教っぽいことを言うと、大拒絶反応も出ます。
とにかく、自然をぶっ壊そうが何だろうが、離婚が増えようがなんだろうが、虐待が増えようがなんだろうが、犯罪が増えようがなんだろうが、難病が増えようがなんだろうが、未診断疾患が増えようがなんだろうが、自殺が何万とあろうが何だろうが、子供の自殺が最多を更新し続けようがなんだろうが、
人間は進歩して行く生き物であると、便利で豊かな世界になるというのは良いことなんだと、正しいんだと、困っている人達が助かるんだと、医療も発達して尊い命も助けられるんだと、何が悪いんだと、
と、なるのもまた資本主義なのです。
もちろん、資本主義も全てを否定する訳ではありません。
私なりの線引きも持っていますが、
「自然第一」
「お金ありきにならない」
「欲深さを捨て真の思いやりの心を失わない」
「便利さは困っている人のみ進化すれば良い」
それ以上の便利さや豊かさは、人間を堕落させ、人間を破滅に向かわせる。
ここも各々で考えて、各々のペースで変えて行けば良いと思います。
私の言ってる理論を信じるのならですけど。
考えないと信じるも何も気付けないですけど。
あと、みんな必要で、みんな特別なんだと言うと、綺麗事だと、働けない人間はどうなんだと、病気の人間はどうなんだと、社会の何も役に立ってないお荷物はどうなんだと言う方もいますが、それはそれで、その人も特別なんです。
今までにないですか。
過酷な状況や環境の中でも生きている人を見て励まされて来たことは。
考える要素になったり、使命感が生まれたり、思いやりの気持ちが持てたり、貴方の成長にも繋がっていないですか。
また、事の問題が起きるというのは、その方の存在によって、社会の在り方だとか、食の在り方でも何でも、あらゆる問題点を示してくれてもいるんです。
それは即ち、改善点を、それは即ち、人間が何か間違えていたり、何処かで問題が生じていたり、それは即ち、より思いやりを持ち、相手のことを考え、改善に繋がる、多くの救いにも繋がる、それは即ち、みんなで問題を解決しようと、根本的に解決しようとする精神にも繋がり、それはつまり平和に繋がる。
でもそこで、資本主義に洗脳されていたり、毒されていたり、資本主義の尺度で全ての物事を考え、価値観も定着させてしまうと、また思いやりも持たず、持ちつ持たれつの意味も履き違え、優しさの意味まで履き違えると、何事も最悪になる訳です。
つまり、資本主義から生まれる差別意識が、相手の価値を下げている訳です。
つまり、「社会的価値」という言葉その物が、害悪なのです。
例えば、極端な話をしますけど、超お金持ちの、ぼんぼんお坊ちゃまの息子がいて、何もかも与えられて、働きたくないとニートをしていたとして、でもそれを間接的に知ったとしても、お金持ちで、お金があるのなら問題はないと、そう思う人が大半ではないですか?他人の家庭の事情だしと。
つまり、どうしてもお金の掛かる社会構造も造り出されていることから、親がお金持ちでもない限り、収入がないニートになると、世間ではお荷物であると一般的にはされる訳です。
良寛さんもニートでしたけど、僧侶なので当然ですが、収入なんて無かったでしょうし、僅かな施し、色んな人達の僅かな施しでも人は生きられるという思想体現の側面も入っているのですが、この概念も新資本主義によって壊され、
(明治に西洋にならって物乞い禁止。1872年11月托鉢禁令、同年の東京府による物乞いへの施し禁止令、主に明治5年にかけて相次いで出された。1881年8月には托鉢は乞食行為と異なるとして除外(内務省布達甲第8号)されたが、その後、1948年(昭和23年)制定の軽犯罪法に引き継がれた)
___
明治政府が「托鉢」や「物乞い」を禁止・制限したことで、僧侶たちはかなり大きな転換を迫られました。
まず背景として、明治新政府は「近代国家」を目指していて、街中での物乞いや遊行僧を「前近代的」「治安上よくない」と見ていました。そのため1872年(明治5年)ごろに、僧侶の托鉢も「乞食と区別しにくい」として禁止されます。
もともと托鉢は、仏教では修行の一部でした。僧が施しを受け、在家信者は功徳を積むという宗教的意味があったのですが、明治政府はそれを「路上で金品を乞う行為」と見なしたわけです。
その結果、僧侶たちは主に次のようになっていきます。
寺に定住して檀家収入に依存する
葬式・法事中心の仕事へ移行する
修行僧や遊行僧は減少する
一部は還俗(僧をやめる)する
特に江戸時代までは、各地を歩く遊行僧・遍路・托鉢僧がかなり存在しましたが、明治の統制で急速に減りました。
さらに明治政府は同時期に、
神仏分離
廃仏毀釈
僧侶の肉食解禁
僧侶の妻帯解禁
なども進めたため、仏教界そのものが大きく変質します。
結果として、日本仏教は「修行中心」から、「地域寺院による葬祭・先祖供養中心」へかなり傾いていきました。現在「葬式仏教」と呼ばれる形の基盤は、この時代に強まったとよく言われます。
____
このように仏教の根幹とも言える部分が壊され、なぜ僧侶が修行をするのか、どうして有難い存在として民衆から受け止められていたのか、その根本から根こそぎ壊された訳ですが、
托鉢でのお布施も強要していた訳でもなく、ですが、欧米型の資本主義を導入して近代国家を目指すとなれば、僧侶は穀潰し扱いになり、社会が発展しないともなり、また法律によって、乞食行為は悪いことなんだと、犯罪なんだと、となると、「自分で稼げ」ともなり、後に「坊主丸儲け」という言葉が生まれるほどに、僧侶たちも欲深くなって行った訳ですが、
単純に、「慈悲」や「慈愛」の精神が奪われたのです。
これが後に、「誰かに迷惑を掛けたらいけない」という思想も強く生み出されて行くのですが、
ですが、本来は、家事をするでも、農作業をするでも、それでも良い筈で、
仮に収入がなくとも、それだけでは食べていけなかったとしても、家族の助けや協力や、ご近所さんの助けや協力、パートナーの助けや協力や、国の助けや協力があっても良い訳で、もちろん、ありますけどね。
ですが、国民の三大義務の、教育勤労納税って物が戦後の憲法に書き込まれ、そこにも根強い洗脳が入っていることから差別へと繋がり、
義務であって強制ではないのものの、教育のほうは法的責任が生じる場合があるようですが、ただ勤労(収入)の義務というのも、働くことを強制している訳でもありません。専業主婦というのもありますからね。
納税に関しても、働いて収入があれば、何かで収入があれば、ちゃんと法律に沿って税金を納めないといけないですよという物で、じゃないと追徴課税や、差し押さえもあるし、刑務所に行く事にもなるかもよという物で、
国民の基本的なルールとして、勉強して、働いて、税金を納めて、みんなで国をよりよくして行きましょうねという物で、
ただ、現代では、この三大義務もおかしいと言う方達が増えていて、時代遅れであると、学校が洗脳教育の一貫になっているのは周知の事実ですし、また、家事をするというのも立派なお仕事なのに、その支えがあるから、家の環境を維持できたり、健康を維持できたり、睡眠を確保できたり、仕事で力を発揮できたり、一緒に協力し合って稼いでいると言えるのですが、
でも、家事は収入がないからと、女性を下に見る意識まで生まれて、「誰が食わしてやってると思ってるんだ!」みたいな物まで生まれて、なんなら子供に、自分も関与して作ったくせに、子供に対して言う親すらいますからね。「産んでくれとは頼んでない」と子供に言われたらどうするんでしょうかね。
ただ、これもまた資本主義の洗脳から来ていて、女性もまた、男性に奉仕し、尽くし、立てるということを昔はかなりしていて、靴下を履かせる女性もいたくらいで、私の母も朝になると必ず「今日も一日よろしくお願いします」と、父親に土下座していましたからね。
つまり亭主関白という状態も生まれていた訳ですけど、これはかなり昔からあり、明治維新に欧米型の資本主義が導入された後で家制度も導入されて、男の支配力、権力という物が超強力になって、廃止はされましたが、近代化資本主義のバックボーンは継続されていたことで、依然として名残が残っていて、政治家の女性蔑視発言とか、上記の「誰が食わしてやってると思ってるんだ!」だとか、「正社員の旦那と離婚するからだわ」なんてごく最近のことですが、芸人の発言でもそうですけど、つまり、まだまだ資本主義社会が生み出した、男社会の洗脳と、女性への差別も軽視も色濃く残っている訳です。
また、その反作用とも言えますが、資本主義と男社会の洗脳が色濃いと、収入の低い男性は馬鹿にされたり、女性も「年収は○○○万以上の男じゃないと無理」だとかの差別も生まれ、ニートは役立たずとされたり、社会のお荷物とされたり、引き籠りを生み出したり、病気であっても関係ないくらいの差別も生まれ、特に精神病を患って来た方達は全員、100%、親や兄弟姉妹や友達や世間から何かしらの迫害を受けていて、今は理解が生まれ増しになっている場合もありますが、コロナ禍からまた酷くなっていると思って来ましたが、
また、生活保護という「制度」であっても、働け働けと、詮索もして働けそうじゃないかと、とにかく働くのは国民の義務だと、あたかも強制かのような強烈な洗脳が入ってる方もいて、もちろん不正受給などは話は別ですけど、
納税でも、国はどれだけ納めさせるんだってくらいに国民に納めさせていて、税金搾取して、不正利用もしていて、懐にも入れていて、国民の義務を盾にした悪行三昧で、他でも憲法違反をしまくっていますし、でも国民だけは虐げられていて、
それなのに、国民は未だに洗脳されていて、社会不適合者だの、負け組だの、女性軽視も、女性蔑視も、生活保護の方にも差別的意識を持って非難してる方もいて、国民同士で、差別して、比較し合って、罵り合って、敵意を向ける相手を間違っていませんかと言いたくなりますが、上に洗脳され、上に搾り取られ、欲深くもさせられ、優しさを失い、思いやりを失い、
で、ある時に、上記の持ちつ持たれつの意味合いだとか、差別を限りなく少なくする方法だとか、全員に平等に1人1人に土地や田畑を国が与えてだとか、一家庭ごとに人数分で分け与えるだとか、家の周りは畑や田んぼだらけにして、それを田舎まで拡充して、農業半分、社会的なお仕事半分、余計な物を作り過ぎずに、体に悪い物とかも娯楽とかも作り過ぎずに、子供や自然のことを考えて国民も国もそのように動いて、病気にならないようにだとか色々と、貧富の差だとか比較の差を無くすことだとか色々と、多少の稼ぎの差は生まれたとしても、せいぜい美味しい物を食べられる回数が増える程度だとか、旅行に行く回数が普通の人達は1回程度なのが2回になる程度だとか、大豪邸も作らせないようにして、同じ価格帯であっても、家の間取りとか外観くらいは注文住宅くらいの自由度はあるようにするだとか、他にも色々と、この辺のことを話していた時に、「マルクス主義っぽいね」と言われたことがあり、
お恥ずかしい話ではありますが、いや、全く恥ずかしくないですが、私は20代前半くらいまでマルクス主義というのを知らず、調べてみたら、このマルクスという方と、かなり似ているなと思い、
で、「なんでマルクス主義になっていないんだろう」と思って調べてみたら、
大バッシングされていて、は!!!???となり、
ソ連とか、あと中国で採用されて独裁になっただとか、
確かに、みんなで子供のことや自然のことなどを考えて思いやりを持って、理解を持って、そうしようじゃないか主義なので、それはつまり、自由が制限されもしますが、こんな物は、常にどの次元でも、どの物事でも、どんな主義でも制限はありますから、資本主義なんて制限が一部では無さ過ぎることでデメリットが生じた訳で、とんでも悪行も生んだ訳で、だけに自然もぶっ壊して来て、人間もぶっ壊し、動物たちもぶっ壊し、子供達もぶっ壊して来た訳で、
なんなら今なんかは、近代化資本主義のせいで、その派生で機械やAIに人間が食われようとしていますからね。中国でもロシアもですけど、
これも独裁と変わらないですし、日本も民主主義なんてあってないような物ですし、あと、中国がやっていた一人っ子政策でも表向きにやるのか、一人っ子になるように裏で暗躍するのかの違いでしかないですから、子供を持てないほどに、持ちたいとも思わせない程に、お金持ちを羨むほどの洗脳をテレビでも施しまくって欲深くさせ、でも税金搾取もしまくって追い込んだり、非正規にしたり、もっと言ったらワクワクだとか、やってることは資本主義のほうが酷くないっすかと言いたいくらいですけど、いや社会主義もですけど、権威主義的資本主義でも同じですけど、
このように、合計上は、しっかり一人っ子政策になっていますし、
資本主義だとか、社会主義だとか、どのスタイルで国民を操るのか主義とも言えて、でも上がやってる事なんて大して変わらないんですよ。
何度も言いますけど民主主義なんてあるようでないですから。日本でも。
正義もあるようでないですし。一部ではあるみたいな感じでやってますけど。
あと、マルクス主義だと経済が発展しないみたいな、鈍化するみたいなことを言われて、いやいやと、そもそも経済を発展させずに、させ過ぎずに、自然を第一に考えて行きましょうと、そうじゃないと人間も終わってしまいますから、それが人間にとっても様々な部分での心身共に良いことに繋がる主義でもあるので、私が考えている主義の場合はですけど、
実際、今どうなっていますか。確かに未だに発展はしていると思います。ですが、誰の為、何の為に発展していますか。国民は潤っていますか。どうなっていますか。どうなって行きますか。
あと、言論の自由が奪われるとか、そんなもん上の匙加減に過ぎないですし、と言いますか、資本主義であっても言論の自由が奪われまくっていますよね。その流れに大いに入っていますよね。侮辱罪の厳罰化、情プラ改正、ハラスメントの細分化と過敏さ、政党が国民に対してのスラップ脅迫でも、どれだけの事をして来たのか、どれだけの国民の命を奪って来たのか、言われたくなかったらちゃんと仕事をしろという話で、
あと以前、コロナの時にガンジー叩きが一部で蔓延していたと話しましたが、ここ最近、マルクス主義叩きも起きていて、マルクスは定職にも就かずに、借金塗れの、しかも不倫もしていたと。あと、ロスチャイルド家の親戚だった説があり、これは歴史的証拠はないみたいですが、
ただ、資本主義を推奨して来た、上の人間達はどうなっていますか。
エプスタインでも散々陰謀論とされていたことが公になっていますよね。
とんでもない事をしていますよね。有り得ないほどの悪魔的なことを。
それ以外でも、多くの闇が公に出ましたよね。大犯罪と言えるほどの。
これは単純だと思いましたが、今、マルクス主義が良いんじゃないかと言う人達が世界的に増えていて、エプスタインの流れが特に大きかったようですが、金融詐欺や税金搾取などから、国民に金を返せと、これは犯罪だから没収しろと、分配しろと、資本主義だと強大な権力を持たせてしまうだとか、悪魔のペドを生み出してしまうだとか、今後は信用経済になるだとか、物々交換も始まるんじゃないかとか、
で、要は、資本主義経済で成功している人達にとっては、共産主義なんていうのは害でしかない訳です。
超贅沢な良い暮らしが出来なくなるからです。
共産思想が広がってしまうと、資本主義の洗脳が解かれてしまうので、
高次な人道だとか人格も問われて、お金持ち叩きが必ず巻き起こるからです。
不都合なんです。
資本主義と共産主義とどっちが良いのって話になれば、私は問答無用で共産主義と答えますけど、どんなデメリットを挙げられたとしてもですけど、もちろん、マルクス主義を進化させた、上に絶対的な権力を持たせない法律もいりますし、経済もかなり衰退しますけど、
どちらにしろ資本主義なんて悪の権化を生み出す最大の主義だと思って来て、もっと言えば、国民までもが欲に溺れて、みんな悪しき殿様になって、お金に直走り、犯罪も増えれば、自然も汚染しまくるわ、少子化にも繋がるわ、虐待も増えれば、離婚も増え、病気も増えれば、クソみたいな人間社会が造られ、人間が破滅するがなと、なんなら自然も破滅させるがなと思って来て、
なんでこんな馬鹿げた主義になったのかと思っていたら、昔からある意味、資本主義であったと、なるほどと、非効率な戦争と、効率的な近代化によって、より資本主義経済に傾倒させて確固たる物にまで昇華させたんだなと、それが明治に欧米式の近代化資本主義が導入されたというのも後々知ったのですが、私は20代の前半くらいから歴史の勉強をしていたので、勉強と言いますか、疑問に思って調べただけですけど、
確かに欧米式の資本主義構造を、その中身をしっかり作り出してしまえば、巨万の富どころか、超ミラクルスーパーハイパー権力も持てて、まさに天下取りに繋がり、しかも全世界の支配力さえ持つことにも繋がる。株式も明治維新後ですからね。(1878年に現在の東京証券取引所の前身となる取引所が設立)
あと、そこからも色々とずっと考えて、たとえどんな主義であったとしても、結局、上に思いやりがありさえすれば、どんな主義でも良いよなぁと、
ただ、資本主義は、お金を持ち過ぎて人を狂わせてもしまい、持てない人まで羨んで狂わせ、比較を生んだり、様々な犯罪も増えれば、物や娯楽などでも自己中に無神経にと精神を狂わせ、自然もぶっ壊す最大の温床にもなり、人間は自然がないと生きて行けないので、それだけではないですけど、
資本主義だけは今でもかなり否定的で、どちらにしろ、もう資本主義のスタイルは崩壊しているという現実は誰でも気付ける筈ですし、取り返しの付かないくらいの状態にまでいて、権力も半端ないし、民主主義もあるようでないし、国民もまだ気付いてない人も多くいて、デモをすれば、投票をすれば、政党が変わればと、国民のやれることは限られているので否定はしませんが、
確実に人間は破滅に向かって進んでいて、引っ繰り返せることを信じて発信はしてますけど、
国民がどれだけ吠えた所で、デモをした所で、何も変わっていませんよね。
何か大きく変わったことってありますか?
確かに変わったこともありますけど、でもすぐにまた代替となるような新しい物を作ろうとしたり、トカゲの尻尾切りガス抜き演出もしたり、
政治は結果が全てですけど、
まだ、たまたまだとでも思いますか?
政治家が無能だからだとでも思いますか?
期待を持たせるだけ持たせて、いつもどうなっていました?
また、風の時代だとか、精神の時代だとか、転換期だとか、リセットだとか、
その後で仮に良い世界が生まれたとして、人間世界が存続したとして、
次はどうなると思いますか?
私はですけど、悪によって洗脳操作された偽善国民を淘汰して、悪が生き残り、悪の世になると思っているので、もっと、もっと。
悪が不幸になり続けない限り気付けないんだろうなと、国民も悪道に乗っかったままで悪に力を与えてしまっているし、何処までも自分にとって都合の良い世界を生み出そうとするので、その度に繰り返している訳ですが、これは我々下層国民も一緒で、運命共同体でもあるので、国民が変わらない事には何も変えられないんだろうなと、
今回も神が与えし人間ゲームは失敗に終わると思っていますが、次の時代は機械とAIによる時代に移行する訳ですけど、確かに、戦争もない、病気も限りなく少ない、医療ミスもない、超精度の高い、超長寿命の楽園のような、何もしなくても生きて行けるほどの楽な時代が到来するかもですけど、それを経験できるのは恐らく一部の人間で、また、末恐ろしいほどの規制が入るんじゃないかとも思っていますが、中国なんて屁でもないくらいの。
超監視管理社会の、でも食べることも住む処にも困らない、人間世界を存続させる為だけに人間を少し存在させるような、なんちゃって人間世界を、悪の肥やしにしかならない、ただ楽に生きてるだけの奴隷人間世界を、AIロボットに監視させながらの、警察も自衛隊もほぼ全てヒューマノイドロボットで、ガチガチに規制されて、そんな未来を想像してしまいますが、また自由解放運動が起きるんじゃないかとか、今度はAIに対抗した、人間独立戦争、人間革命、人間解放運動、いつになったら善に目覚めるんですかね。人間達は。
より独裁コントロールを兼ねた、より「楽度」の高い共産主義に近付けて行くんだろうなと思っていて、悪って思いやりがないので、つまり想像力がないので、どうしても欲望にも打ち勝てないんでしょうけど、愛で満たされるというのも知らない方達なので、欲望と本能赴くままに生きてしまう方達なので、これも近代化資本主義から、お金が狂わせて来た訳ですけど。多くの国民達も。
ずっと悪の時代を繰り返し続けてもいるので、国民も悪に洗脳されて甘い蜜を吸って、便利で楽で楽しい豊かな世界を追い求めて、その分お金に流されて、頑張れば頑張るほど税金もその分だけ取られて、利用もされて、利用もして、見て見ぬふりもして、言いなりにもなって、騙して、悪い事もしまくって、
いつまで経っても真の平和は訪れないですし、いつでもどこでも、どの時代でも、国民が騙されて利用されて、大半が洗脳されて、半奴隷になって、悪の為に上に行こうともして、悪の為に頑張って働いて、
そもそも論で、悪い人間が上に立てないようにしないといけなくて、武器とか兵器とかも作らせないようにしないといけなくて、戦争も繰り返して学んで来たのなら、誰もが戦争をしたらいけないと思えたのなら、それは平和を創り出すことは可能だということで、でもそこには、全世界の、全ての国民の、共通思想、共通意識が必要で、
やはり、本でも書いてますけど、1人1人が自分で考え気付くという基本思考が必要で、これを教育に盛り込まないといけないと思っていて、ひたすらありとあらゆる物事を疑問形にして、そこから生み出された崇高な精神だとか、崇高な思想だとか、理念だとか、それが心で行動で反映されるくらいに、それを殆どの国民が持たないことには変えられないんだろうなと。抜本的には。
先ほど言ったストライキですら起こせませんし、戦争のことも散々語って来ましたけど、両国民が武器を降ろすという発想にも至らない。
研究者も、開発者も、武器も、兵器も、戦艦も、戦闘機も、核も、ほぼ全員が誰も作らないという展開が生まれない。
発射ミサイルのボタンを押す上官も、1人残された大統領が核ボタンを押そうとしても、本当に押すの?良いの?仲良くやれば良くない?って、ならない。
軍人さんも洗脳されていて、お国の為、国民の為、愛する家族の為にと、上の命令は絶対だとも洗脳されてますし、開発者さんも、恐ろしい契約も監視もされていて、結局、命懸けになってしまって、
善に目覚めれば、誰も戦争なんてしませんけど、悪い奴がいなければ武器だって作らない訳ですけど、日本なんて銃社会じゃないのに、アメリカは銃社会で、じゃあこの差はなに?って話にもなって来ますし、
多くの国民が気付いて、行動に起こせば、誰も上の言いなりにならない展開も生めるんですけど、多くの国民が洗脳されたままで従順に従ったままなので、どの国でも。
ほんと、不安や恐怖で人間を支配するというのが打って付けなんですよね。
ほんとに簡単なんですよ。
人間って死を恐れたり、痛みを恐れたり、大切な人の命を脅かされたりすれば、大抵の人が言いなりなってしまうので。
それが、どんな未来と、どんな結末を生み出すかまでは考えないので。
その結果が今であるとも言えるんです。
大抵の方が洗脳されていて自分で考えないし、上に行こうとすると、現実にも直面して、悪の仲間入りするか、言いなりになるか、見て見ぬふりして押し黙るか、それでもと正義を貫こうとする方は一握りで、一握りなだけに、あっさり抹殺されて、それも見て、益々、上周辺は怖くなって言いなりになって、
つまり、全国民が目覚めないといけなくて、全国民が正義を貫こうとすれば、警察も自衛隊も司法も何もかも、であれば、上なんて何も怖くないんです。
ヒエラルキーのピラミッドをイメージして頂くと分かりますけど、上に行くほど人数は少ないですからね。
ただ、上に行けば行くほど、お金も持たせてもらえたり、社会的立場も与えられたり、人気者にさせてもらえたり、人間の枠から食み出た嗜好も経験させてもらえたり、そのバックにある権力の凄さも感じ取ったり、そこには恐怖も感じるでしょうし、
皆それを分かっていながら上に沿ってやっているんだと、それがこの世の理だしと、弱肉強食だしと、権力の凄さを感じれば感じるほど、自分1人の力で変えられる訳ないしなと、生活も懸かってるしと、正義の心もどんどん失われ、お金にも満たされれば、悪の心も偽善の心も増大し、あらゆる感覚も狂い、
また、武力まであると、国民を簡単に蹂躙できる力まで掌握していると、デモをしたところで、暴動を起こした所で鎮圧もされてしまう。
つまり、ほぼ全ての国民が考え気付けない限り、変えられないんです。
変えるのは政治家ではないんです。政治家なんて上の玩具ですから。
自分で考え気付き、そこから生まれる思想と精神が物凄く大事なんです。
国民1人1人の。全世界1人1人の。
洗脳は至るところで行われているので、高次な思想に達する事もありません。
そもそも考えることもしませんし、すぐに答えを出そうとするので。
やることと言ったら、政府に不平不満を言うだけで、自分たちの生活も改めないですし、地球温暖化とか(事実かどうかは別として)、その辺の洗脳もテレビでしまくっていても、誰も自然のことを考えてどうにかしようとはせずに、当然、便利すぎる物は使いたいですし、必要不可欠になってしまいますし、どんどん購入しまくって消費もしまくってゴミも増えまくるし、政府も企業との癒着があるので嫌でも忖度しますし、
今なんかは逆張りも起きていて、目ですら捉えられる、川や海を見ようともしていなくて、ど汚いといったらありゃしないのに、
国民を変えることは無理だと、このまま人口が増え続けてしまえばと、国民の多くを豊かにしてしまったら消費が増えすぎてしまうと、
でも日本は何故か、ある側面では制限が掛けられるどころか緩くなっていて、「これはどういうこと?」と、日本は上にとって都合の良い、優秀な人材が集まる、しかも島国でもあって、統治もしやすい。
アメリカだけでなく、中国にも買われまくっていて、生産拠点にしている?、モルモットにしている?、あらゆる面での搾取国にしている?、
上が何をしようとも、国民が反対運動を起こそうともお構いなし。
そもそも国がガバガバすぎて、国民がどれだけ吠えた所で何も変わらないし、上から下まで、これほど従順な国民性も珍しいですし、出来ることと言えば、その生産に関わっている物を購入しないことだとか、でもこれすらも出来ない。日本人だけでなく世界各国で使われてもいる。
多方面で搾り取るだけ絞り取って、国民同士を争わせて、犯罪するも良いし、殺し合うでも良いし、ギャンブルしまくるも良いし、酒に溺れるでも、ドラックに溺れるでも、詐欺をするでも、自殺するでも、刑務所に入っても再犯しまくるでも、コロコロでもワクワクでも、戦争でも、地震でも、国民全体を洗脳し弱らせ、弱体化させ、死ぬまで搾り取るだけ搾り取ったら、あとは早目に死んで行って下さいね~って、事実上そうなっているので、異論が出て来る側面は分かってますけど、後で少し説明しようと思いますが、
結局ここでも、1人1人が自分で考え気付くという教育を親がしないことには、全ての問題を疑問形にして考え続ける、全てが一本の線に繋がるまで考え続ける、やはり、この基本がないと、この世を善くするというのは不可能だと、最近になってまた改めて思い、
気付けないですし、思考もストップしてしまうし、1つの側面でしか考えないし、簡単に騙されてしまうし、簡単に意識を誘導されるし、コントロールもされるし、でも自分に都合の良いことだけは変えないし、変えられないし、平和にもならないし、不景気になればなるほど、先行き不安になればなるほど、もっとお金が沢山いるともなってしまったり、
つまり、何処までも悪道に乗っかったままで、上に誘導され悪の為に生きて、悪の心と、偽善の心で生き、そのまま死んでしまう。
お金や物で誤魔化しながら、自然のことも子供の未来も考えずに我が物顔で。
お金持ちたちも貧乏人たちも。
話を戻しますが、精神医療というのも資本主義に則っているに過ぎず、また、病の苦しみも知らない人間に何が出来るのかとも思って来て、それが「どんな苦しみ」なのか、これは経験してみない事には分からず、だけに受容と共感の部分からトラブルを招いているカウンセラーが多く、
中には、うつ病を経験したと、治ったんだと、でもその人に相談してみたら、「この人ほんとに分かってるのか?」と思ったと、「たぶん全然大したことない鬱病だったんだと思います」と、
うつ病でもそうですけど、重度もなるとどれだけ辛く苦しい状態になるのか、これは経験した者にしか分かりません。
これは痛みと一緒で、出産ともなれば女性しか経験が出来ず、元お嫁さんの出産にも立ち会いましたが、それはもう、今まで見た事もない表情と目つきと、聞いたこともない異質な絶叫で、ドラマで描かれる物とは全然違っていて、
痛みの最高次元は出産にあるのかと思ったくらいで、でもこれも経験した者にしか分からないのです。女性しか分からなければ、自分の様々な痛みの経験則から想像して近付ける事くらいしか出来ません。
よっぽど想像力ある方なら、いや、やはり、経験してみないと分からない。
兼ねてから思って来たのは、例えば、失恋の相談でも、相談する相手が失恋の経験があったり、大失恋の経験があると効果が発揮されます。
もちろん経験がない人でも、話を聞いてくれるだけでも、励ましてもくれれば癒されもしますが、反感を生んでいる事もよくありますよね。
虐めの経験がない人に相談しても、不妊治療の辛さでも、体の病の経験でも、心の病の経験でも、死にたいという気持ちの経験でも、身内に自殺した人がいる場合の経験でも、人は経験がないと、安易な返しもしてしまう。
相手の状態や状況も加味せずに、主観の上っ面なアドバイスをしてしまったり、取って付けたような上辺の言葉で励まそうともしてしまう。
「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」という言葉も一時期、流行っていましたが、この言葉はドイツのビスマルクという首相の言葉だそうで、
(失敗してから学ぶよりも、先人の成功・失敗(歴史)から学び、未然に防ぐのが賢明であるという意味です。直接的な経験は貴重ですが、全てを自分で経験するには時間が足りず、他者の経験や過去の事例(歴史)から学ぶことこそが真の知恵であると説いています。)
という意味だそうですが、この考えは応用できる分野が多岐に渡るというだけで、他者の失敗や経験では「心情」までは経験できません。
また、ビスマルクが16歳の頃から愛していたという聖書の言葉があって、
「汝等、何事を為すにも人に仕えるためではなく、主に仕えるために行え」
これは、人からの評価や見返りのためではなく、自分の良心や信仰に基づいて誠実に取り組むべきだ、という教えらしいです。
私はこっちの言葉のほうが好きですし、何の異論もなく納得できます。
この教えから育まれた生き様は、何物にも代えられない、崇高な精神と、断腸な心情と、己を大いに成長させる経験を生んだ筈です。
こんな人に相談したら、大抵の悩みは解決できそうなアドバイスをくれそうですよね。
つまり、様々な波乱万丈とも言える経験をして来た方であったり、年の功であったり、小学生に失恋の相談を持ち掛けたところでという話ですし、経験のない者にあれこれ相談したところで、本当に解決するの?という疑問や、病気の経験もなければ、治ってもいない人に相談したところで、本当に良いアドバイスをもらえるの?という疑問が立つ訳です。
もちろんこれは、解決や回復における根本であり、本質の話です。
経験があるからといって、全ての人を救える訳でもありません。
私は、軽度なのに薬を処方するなと思って来た事と、如何に軽度の時点で、セルフカウンセリングや、本当はカウンセリング治療(認知行動療法)を速やかに受けて頂きたいと思って来ました。
それは、精神病というのはあれよあれよと一気に酷くなって行く物だとも思って来て、「悩み~2ヶ月~最大で6ヶ月間」が勝負だとも思って来たからです。
ただ、仮に薬を使っていたとしても、最大量でもなく、長期間でもなければ、減薬時の離脱症状もほぼなく、断薬にも成功し、且つ、その後も再発なく(5年以上※当方では5年以上の再発なしで「回復」と位置付けています)、普通に働け、普通に生活が送れ、普通に元気に生きてる姿は確認して来ています。
つまり、薬も上手く使えば、病の苦しみも、治療における辛さも耐えられると、カウンセリング治療ありき(認知行動療法)、減薬断薬ありきで行えば、1年2年の治療で、また社会生活も難なく送れる。
健常者として。
一体いつになったら、この体制が当たり前になるのかと思って来ましたが、少しは近付いて来てはいますが、あと、やっと本題に入りますが、
前回お伝えしたアルコールに関してですが、アルコールが絡んでいる方達が非常に多いと説明しました。
で、アルコール依存にとって何が一番の要になるのか。
「制限or断酒」です。
そもそも止めるつもりがない、自分がアルコール依存に陥っているとは思っていない、ここから問題は始まっていますが、飲酒の頻度を気を付けよう、飲酒量を抑えようなどと、自分でコントロールすることさえ出来なくなった時点で危険信号になります。いや、この時点で病院に行ったほうが良いです。
また、アルコール依存症は何が問題なのかと言うと、
脳への深刻なダメージや、肝臓への深刻なダメージなどを生むことです。
___
【脳への影響】
①最初に起きる変化(依存の始まり)
快楽物質であるドーパミンが大量に出る
“飲まないと満足できない脳”になる
② 慣れがつく(耐性)
どんどん量が増える
③ 理性が弱る(前頭葉の低下)
「やめよう」と思っても止められなくなる
意志の弱さではなく、脳のコントロール機能が壊れている
④記憶が壊れる
海馬がダメージを受ける
ブラックアウト(記憶が飛ぶ)
進むと慢性的な記憶障害
重症になると
→ ウェルニッケ脳症
→ コルサコフ症候群
⑤やめると異常が出る(離脱)
アルコールがないと脳が暴走
不安・イライラ・不眠
手の震え
幻覚やけいれん
重症になると
→ 振戦せん妄(命に関わる)
___
脳が委縮したり、小さくなってしまったり、感情がコントロール出来なくもなれば、認知症のような症状も出るようになると。(記憶障害)
また、肝脂肪や肝炎、肝硬変、手術が必要になる場合もあれば、毒素が分解できずに意識障害を引き起こす可能性もあります。
日本の飲酒量は下がって来ているとは言われているものの、孤独やシングル、女性達の飲酒量は上がっているとか、不景気や、人気職としての夜のお仕事、精神病による処方薬や、医者に自己申告しないなど(医者も聞いて来ない、問診票に書いても一言促された程度、少しくらいなら大丈夫ですという医師もいれば、再診断もない)、これらの流れや、兼ね合いから、女性も男性も、深刻なアルコール依存に陥って行く場合があります。
(医療機関で治療を受けていない方も含めると、推定で1000万人にも及ぶという見解があります※アルコール依存症)
アルコール依存において大事なのは、何でもそうなのですが、早期発見、早期治療です。
お酒を飲むことが当たり前な社会でもあり、みんな飲んでいるからと、でも実は他の人達は宅飲みをしていなかったり、しても晩酌程度で、ビールか酎ハイを一缶二缶を飲むのかどうかであったり、薬も飲んでおらず、お酒を飲む習慣があっても大量にも飲んでおらず、若しくは、休日の夜に飲むだとか、華金だけ飲み会で飲むだけだとか、これらの習慣であれば特に問題には発展しない。
ただ、この習慣を超えるとアルコール依存への一歩を踏み出す。
例えば、コロナ禍から習慣が崩れていた方達がかなりいて、ストロング系の物も流行りましたが、
自宅で「1人宅飲み飲み会」をしているような状態になり、ここで飲酒の習慣が知らず知らずのうちに変わり、飲酒量が増えている方もかなりいました。
また逆に、物価の高騰などから、お酒をやめる事にしたという方や、お酒を飲み過ぎてしまっていて数値が引っ掛かってやめることにしたとか、元々お酒はそこまで好きじゃなくて、あっさりやめられたという方もいましたが、
また、不幸なことが起きて、お酒の量がどんどん増え、飲む量が短期間で増えていた方もいました。
このように、お酒というのは、いつ何時、習慣が崩れるのかが分かりません。
しっかりとした習慣を持っている方か、自分で意識してコントロールしていないと、気付かぬうちに次第に増えもすれば、何かの拍子に突然崩れる。
また、何より、抱えている問題や、悩みや、ストレスも解消して行かないと、必然的に飲酒量は増えて行き、且つ、習慣化されて行く。
「カウンセリング治療+アルコール依存への理解+コントロール」⇒これを早期で行う必要があります。
当方の場合だと、カウンセリングの時間外で晩酌に付き合うという事もしているのですが、これを言うとバッシングも受けるのですが、アルコール依存症に陥っている方は専門外来に行くように初めから促していますし、薬を飲んでいない方か、薬を飲んでいる方の場合でも医者に許可されているだとか、この辺はしっかり確認もしていますし、こちらが一方的に止めて下さいと言って止められる物でもなく、なんでこんな事をするのかと言うと、
アルコール依存症への道を断つ為、未然に防ぐ為です。
話を聞きつつも談笑しつつ、アルコールへの心理教育を同時にしています。
「お酒ってこうなっちゃうんですよ、ああなっちゃうんですよ、こうなってしまった方もいるんですよ」などと、お酒を飲むことが恐怖になるくらいの話をしていますし、
「もし薬の強さが増すようなことがあれば、必ずお医者さんに言ったほうが良いですよ」だとか、色んなことを話しています。
カウンセリング時にやれば良いじゃないかと思う方もいらっしゃるとは思いますが、これは飲酒時にやると効果覿面になります。
お酒の話題を出すだけで飲みたくなる方もいるくらいですが、「一気にグビグビと飲むんじゃなく、ちびちびと」だとか、「一口だけコクリと、酔うことではなくお酒の味を堪能すると良いですよ」だとか、
すると「ちびちび飲むと美味しくないですね」「舌で味わうと不味いですね」となる方もいて、お酒の種類にもよりますけど、あらゆることを話してます。
また、アルコール依存に陥る方というのは、孤独を抱えている方が多いなと、独身の方もいれば、パートナーや友達がいる方もいるのですが、共通しているのは、全てを自分で抱えていて、
自営業や、在宅ワークの方や、会社でも自己責任が伴うような役職であったり営業職であったり、かなりのストレスを抱えてる方が多く、もちろん、夜のお仕事であったり、元から大酒飲みの酒豪であったりする方も陥りがちです。
うつ病でも何でもそうですけど、信頼できる誰かに相談するだとか、断酒会でもそうですけど、同じ経験を持っている方だとか、そこから回復された方になると尚良いのですが、
誰かの協力やサポートがあれば、アルコール依存症への結末を避けることが出来るとも思って来ました。
「今日は一缶でやめて余韻で雑談を楽しみませんか」とか「ここからはお水に切り替えましょう」とか色んなアプローチをすることも出来て、「あの後、もう少し飲もうか迷ったけど飲まずに寝ました」とか、こういった結果を作り出すことも出来ます。
飽く迄も私個人の見解ですが、相談者さんに注意されて怒られたこともあり、過保護だと言われたこともありますけど、ただ、そこまでしなければ助けられないとも思っています。
お酒に潜む問題や流れを知っているので、過保護だとは全く思っていなくて、前回にも話しましたが、精神病を発症する中で、アルコールに頼っていたという方が本当に多いので、その後も飲んでいる方ばかりで、本来はこの時点で、主治医に報告したり、早急にカウンセリングを受けて頂きたいんですけど、どの段階でもお酒を飲んでいる以上はカウンセリングは必要なことだと判断していて、私から飲酒を勧める事などありませんし、どうせ飲んでいるのならと、晩酌を付き合ったりもしていますよと、もちろん無料でと、大抵の方が付き合って下さいとなるので、
一気に親睦を深める要素にもなれば、ここで私も知らない深い内情を聞くこともあったり、よりカウンセリング治療へと結び付けられていて、
お酒の習慣に対する洗脳だとか、お酒の歴史だとかも話せますし、お酒をやめたいと、お酒を断ちたいと、それくらいに思わせてあげる事くらいしかこちらは出来ないので、それが飲酒の制限に繋がってくれれば御の字なので、
自分でコントロールしようともするので、意識するので、この意識があるかないかだけでも大きく変わるので、これを飲酒時にする時ほど効果を生めるとも分かっているのでやっています。
で、何の参考にもならないですが、私は精神病になった時に、自分の抱えている不安発作が激しすぎて酷過ぎて、「お酒の酔い」という物にまで強烈な不安を感じて発作が起き、お酒自体が全く飲めなくなりました。
20代の大半がお酒を飲めていません。ただ当時は、どうしてもまたお酒が飲めるようになりたくて(17歳から飲酒をしていて、お酒を飲めることが一般的で、まともな大人であると洗脳されていた為)、
20代の後半に入るくらいから自宅にいる分には不安発作は出なくなっていて、ほんとに少しずつ、たまにですが、ビールを一口二口とか、3分の1ずつとか、半缶、ラップして、また近いうちに飲むみたいな、それらを少しずつやりながら慣らして行って、で、そこから、時に飲み過ぎてしまって酔いに強烈な不安を感じながらも、少しずつ慣らして行って、その後でベロベロでも全く不安なく飲めるようになったのですが、
ただ、私は離婚を経験して子供と離れ離れになった時に、13~14年ぶりくらいに心因性のパニック発作を再発し、詳しく話さないと誤解を招きますが、完全に落ち切ったのは1度だけですが、その後も何度か危なくなりましたが、普通にまた元に戻りましたが、その中で、アルコール依存症になるくらいにお酒を飲んでいたことです。
食欲も無く、でもお酒だけは飲めていて、2リットルの日本酒を、毎日1本~2本空けてしまうくらいに飲んでいました。
飲酒は止められなく、半年間くらいそんな状態を繰り広げていて、飲み過ぎているという自覚すらもなく、ここでまず寝汗が酷くなり、毎日毎日ぐっしょぐっしょになり、最初は原因すら気付かず、調べてみたら、お酒の可能性が高そうだなと、確かに飲み始めたら飲みまくっているなと、前はここまで飲んでいなかったなと、しかも手の震えまで起きていたので、これはマズいと、ただ、その時は「飲み過ぎるのはやめよう」と、それくらいの意識でした。
たったこれだけで、2リットルが1本程度に収まり、5分の4程度になったり、半分の1リットルを飲むかどうかになり、飲むコップを小さくすると飲酒量を減らせることにも気付き、(おちょこがお薦め※おちょこが無ければ小さなコップに氷を入れてチビチビ飲む※これくらいの意識努力は必要です)、
そこから、300ml~500mlの間で収まるようになり、元からそれくらいは飲んでいて、寝汗も無くなれば、手の震えも無くなり、また、元から面倒くさがり屋な一面も持っていたことで、買いに行くのが面倒なこともあり、1日2日は飲まないという状態にまで戻っていました。
ここまで来るのに約10ヶ月間くらい掛かっていましたが、気負うこともなく、大したことはしていません。
(約6か月間の大量飲酒⇒減酒⇒元の量までの期間=約10ヶ月間)
「飲み過ぎるはやめよう」という意識と「小さなコップ」に変更して「気を付けてチビチビ飲もう」という意識を持ち、お酒をコップに注ぐ時に「2杯までにしよう」2杯を超えて注ごうとしている時は「今日は3杯まで」と決め込み、
ただ、その間に、大量飲酒の原因となった物事の解決にも繋がって行ったからというのが大きく、ここが一番重要になります。
思ったのは、相談できる相手がいれば何とかなるなと思ったことです。
私の場合は基本、自己解決が出来ますが、それでも、あの時はどうしようもなく、人生であれだけ多くの人に相談したことは一度もなく、でも何故かみんな優しくて、偏見も持たずに聞いてくれて、親身になって励ましてくれて、
どれだけ救われたか、また、他の所で自分と同じ苦しみを抱えている人はいないかと調べた時に、その方は思い込みと偏見で叩かれていて、自分ってどんだけ運が良いんだと思いましたが、
時々で相談に乗ってくれる方達がいたから乗り越えられたとも思っていて、でも、その時もまだ自分がアルコールに走っている事に気付いておらず、後に、お酒って、めちゃくちゃ怖いなと、ここも自分の経験を通して初めて心底知り、また相談における想いを伝える気持ちも変わって来るなと、
ただ、アルコールに対しての誰かの目線があれば、誰かの支えがあれば、たとえ根本的な解決には繋がらなかったとしても、アルコール依存症には陥らないと、自分の経験も通しながらも、また再度改めて気付いた経験となりました。
何処かでも言っていますが、特に男性は誰にも相談ができないという方が多く、また、現代では女性による飲酒が増加しているとも言われていて、飲酒の習慣は、お酒に取り込まれていない習慣が必要で、且つ、取り込まれてしまうほどになった原因の解決が必要になります。
①アルコール習慣の見直し
②アルコール依存に陥った原因の解消
③解消できなければ信頼できそうな人に相談する
④「飲み過ぎるのはやめよう」と意識する
⑤「チビチビ飲む」ことを意識する
⑥「2杯まで」などと「酒量に制限」を設ける意識を持つ
⑦頼れる人への相談は継続し、酒量の制限をしながら、解決するまで継続する
但し、既に「自分ではコントロールが出来ない」と「意識して減らせる物でもない」と「我慢しようとしても無理なんだ」と、大量飲酒が続いてる場合は、振戦せん妄で危険な状態に陥る可能性があるので、命に関わるので、必ず病院に行って医師の指導の下、治療を行って下さい。
治療は早ければ早いほど良いです。抗酒剤や減酒薬などもあり、また、断酒会やカウンセリング治療などもありますから、早ければ早いほどアルコール依存症からの回復も可能です。
ただ、重度ともなれば後遺症が残るとも言われていて、これら全ては、全ての国民が知っておくべきだとも思っていますし、その中で、なるべく早く、身内や、近い存在の人が気付いてあげる事が重要だと思って来て、
「1日2日でも禁酒できるのか試してみなよ」とか、もしそこで、我慢すらも出来ないと、仮に我慢できても、またずっと飲み続けると、となれば速やかに、アルコール依存の怖さを説明し、怒るのではなくじっくりと話し合い、病院に行くことを薦めてあげて下さい。早ければ早いほど良いです。
また、アルコール依存に陥っているかもと、この記事を読んで思われた方は、ご自身で①~⑦を行い、それでも思うように制限ができない、減らせれない、この場合は速やかに病院へ行って下さい。
お酒の問題は、思っている以上に危険な物であると認識して下さい。
お酒の何が怖いって、心だけなく、頭も、体までも、全てで大ダメージを負うことです。
それほど危険な飲み物で、比べることではないですが、煙草依存や、ギャンブル依存のほうがまだ増しだと思ったくらいで、どうしてこんな物が許されているのかと、煙草もギャンブルもですけど、
体質などもありますが、飲酒を制御できる方であればまだ良いですが、一気飲みだとか、お酒の強さを競うなんていう低脳な風習もまだ残っていますが、
この記事を読んで少しでも不安を感じられた方は、減酒を試みて下さい。
①まずは意識する。チビチビ飲む。ここまでにしようと制限する。
(コップ2杯までとか、缶の場合は1缶まで2缶までと決める)
②飲みたい衝動に駆られたら、まずはお水を飲む。
(部屋の掃除をする。外に散歩に出る。筋トレや運動をしてみる。)
③1日2日はお酒を飲まない習慣を敢えて作り出す。
(家にお酒を置かないようにする。買い溜めしない。まずはここから。)
なぜ①と②が逆なのかと言いますと、完全に飲酒を断とうという意識が入ると大きなストレスになり、また、危険が伴う場合もあるからです。
まずはお酒の量を減らして行くことが大切になります。
でも、夜は飲んでも良いという緩い設定を備えておく。(制限あり)
仮にお酒が家にあった状態でも、飲みたい衝動に駆られたら、まずはお水を飲もうという事を心掛ければ、これだけでもかなり自制できます。
また、お酒の量を元に戻した後で、一週間くらいの断酒は出来るのかとふと思い、試しにやってみたのですが、1日目は平気でも、飲まないという我慢ストレスが生じたからなのか、2日目でも予想以上に飲みたくなり、そこで、
飲みたい衝動に駆られたら、お水をまず飲もうとして、これが意外と効果があり、衝動が数分程度で収まっている事に気付き、でも、衝動に駆られる度に、お水だけというのが物足りなくなって来て、そこで、
緑茶とか、びわ茶とか、三年番茶、青汁など、気分でランダムに飲むと、ニコチン依存よりも、遥かに簡単に楽に、お酒は止められるなと分かりました。
「飲みたい衝動に駆られる度に上記などの飲料をすぐに飲む」⇦これ使えます
体調が頗る良くて、睡眠の質も上がっていて、ポテンシャルが高くなりすぎて、お酒を止めるだけでこんなに変わるのかと思いましたが、何故か体力も増していて、運動なんてしてないのに。
ただ、晩酌が無くなったので、睡眠導入に若干の支障が出ていて、体調が良くて元気な分だけ活動時間も長くなるみたいな、ま、何とかなろうだろうと、睡眠時間が削られていたのですが、予想以上に体調が良くなってしまうようで、お酒を止めたことで躁病になるんじゃないかと思ったくらいに意識も明瞭で、体も元気で、大丈夫かなと逆に不安になりましたが、お酒をやめるだけでもそれくらいの恩恵があるんです。普段いかに不健康に生きているか気付けます。
で、たまたま、長年放置していた家にある粗大ゴミを捨てようと思い、ついでに家を綺麗にしようと、そこで体をより動かす目的ができ、1日2時間くらいしていたら、良い感じに体の疲れと睡眠導入が重なって、これがまた良くて、
何度かお酒をまた飲もうか迷いましたが、この良い感じの価値と、お酒を飲むことでのメリットとデメリットを比較している自分がいて、やっぱり買うのやめようと、今もまだ断酒は継続しているのですが、
気付いたのは、飲み物を全然飲まずに、体を枯渇させている自分がいて、そこでストレスを感じるような事が想起されたり、ストレスを感じるような事をすると飲みたい衝動に駆られ、その衝動のままお酒を買いに行ったり、そして飲酒が始まり、ストレスが分散されるほどに酔う為に飲み続けていたことです。
つまり、衝動が生じた時に他の飲料をすぐに飲むだけで、数分程度で衝動が収まり、お酒を飲む習慣がある方でも難なく止めることが出来ると思いました。
休肝日も大きな苦痛もなく過ごすことが出来ると思いますから、是非試して頂けたらと思います。
とにかく、衝動に駆られたら上記などの飲料をすぐに飲む。これがコツです。
若しくは、細目に水分を摂ることも有効です。
【注意】
断酒を1週間を越えた辺りで、全く飲みたい衝動に駆られることが無くなり、アルコール依存って楽勝だなと思っていたら、ブログを書こうとした時にストレスを感じるからなのか、飲みたい衝動に駆られると気付き、
そこで、ある健康飲料があって、これもたまたま家にあった、元お嫁さんが飲んでいた物なのですが、賞味期限まじかになっていたので、それをふと飲もうと思い、
宣伝として受け取れられると嫌なので名称は避けますが、黒糖だとか、酸っぱい物が入っている飲料で、これがまたとても良くて、飲みたい衝動があっさり抑えられているなと、
ただ、その後で、メントスが何故か無性に食べたくなり、普段は余り甘い物は食べないので、1年に一回とか二回とか、無性に食べたくなって食べるくらいで、この時もそれが起きたのかなと、大して気にもせずに食べましたが、
がしかし、次の日はキャラメルが食べたくなって、しかも、その健康飲料も飲む量が増えていて、お腹がパンパンになっていて、まだこの時も気付こうとしていませんでしたが、
次の日は、特に何もありませんでしたが、キムチが無性に食べたくなっていて、常に元気だったことから行動的になっていて、サクッと買い物に出掛けたのですが、そこで、アイスコーナーを熱心に見ているカップルがいて、冬だったので、よく食べたくなるなぁと思っていたら、商品がチラッと目に入った時に足が止まり、買おうか一瞬悩んでいる自分がいて、
でもすぐ、やっぱやめようと、砂糖は体に良くないしと、んがしかし、ポテトチップスを久しぶりに食べたいなと思い、たまにだから良いかと、少しくらいは楽しく生きないとなと、で、お菓子コーナーを歩いていたら、キットカットが目に付き、「うわ、めっちゃ食べたい」と思い、値段を見ながら少し高いなと思いつつ買い物かごに入れて、ここでもまだ気付いていませんでしたが、もう気付いていらっしゃる方もいると思いますが、
そのキットカットを3日くらで消化した後に、またメントスが食べたくなり、買い物ついでに買うかと、そこでお菓子コーナーに入った時に、色んな甘い食べ物に惹かれている自分に気付き、「あ、砂糖依存だ」と、そこでようやく気付きました。
人はストレスを感じると様々な方法で発散する訳ですが、
食に走る方であったり(暴飲暴食※砂糖やカフェインなどは特に)、
煙草に走る方であったり(ヘビースモーカー)、
ギャンブルに走る方であったり(借金してしまうほどに)、その中でも、
一番身近で、効果も依存性もある、大衆的な「お酒」に走りやすいのです。
つまり、ギャンブルや煙草とは違い、より身近なお酒に溺れやすい訳です。
何かの拍子に。1人では抱え切れない程のことがあった時は尚更に。
がしかし、お酒を止めたことで、そして黒糖の入った飲み物を飲んだことで、
飲みたい衝動の依存先が砂糖に一瞬で切り替わり、どんだけ依存ビジネスなんだよと、代替となる物を、依存性のある砂糖に切り替わってしまったと思い、
まいいかと思っていたら、その心の緩みなのか、お酒コーナーのビールが目に入り、何の考えも意識もなく、お酒コーナーに立っていて、「どちらにしても断酒をずっとやるつもりもなかったし」と、「誰かに誘われれば飲む事もあると思ってたし」と、ビール一缶くらいなんてことないと、少し迷いましたが、さほど罪悪感もなく買っていました。
つまり、断酒は今もやっていますが、一缶だけ間で飲んでいます。
誤解のないようにして頂きたいのは、私の場合は一生断酒をしようとは思っていないので、たまたま断酒をやってみたら、めっちゃ良くて、お金の節約にもなるし、体調も良いから続けているくらいです。
あと、砂糖も極力摂らない事を、より心掛けるようにはなりましたが、完璧にはやっていません。コーラもたまに飲んでいます。
各々の範疇で良いと思います。
気を付けて頂きたくて詳しく書いているだけです。
何より、”アルコール依存に関わった原因、そこの根本的な解決を目指す”
ここが最重要で、解決しないと何時までも飲み続けてしまい、お酒に頼ってしまい、ここで自分では制御できない程の快楽報酬を求めるようになると、お酒に頼り切ってしまい、脳の抑制機能も壊れ、朝から晩まで飲み続けるなんていう事態にも発展し、そしてアルコール依存症に陥る。
中には、酔う為だけに、わざと吐き続けて、そしてまた飲みまくるという、しかも鎮痛剤と合わせたり、処方薬と合わせたりと、どうして誰も気付かなかったんだと思った事もありましたが、お酒はダウナー系と呼ばれ、麻薬と大して変わりません。
つまり、いつ何時、アルコール依存や、アルコール依存症にまで陥ってしまう可能性を、大勢の方が持っています。
これは、飲酒をされている方であれば、全ての人に起こり得えます。
誰もが例外ではありません。
私も、まさか自分がアルコール依存に陥るとは思ってもみませんでしたし、
ある方に、2リットルの日本酒を毎日2本くらい飲んでいたと、そこから減らして今は断酒してるってことを言ったら、有り得ないくらいの感じで、すっごい褒めて下さったのですが、
ですが、はっきり言って、大したことはしていないのです。
意識することと、制限を掛けること、お酒以外の飲料を飲む。
苦痛だと思ったこともほぼ無かったので、
「衝動⇒どうしよ買いに行こうかな⇒とりあえず水分を摂ろう」
この間が若干の苦痛があったくらいで、煙草をやめるよりも遥かに楽でした。
また、深刻な状態になる前に気付けて、意識して、自制し始めて、抱えていた問題も何とか1つ1つクリアして行ったことで、時々で相談に乗ってくれた方達には感謝しかないですが、元の飲酒量にも戻れば、ついでに断酒もやってみようという経験も生み、その中で、お酒って本当に危険なんだなと、他人事ではないんだと、お酒が強い弱いとか間抜けなことを言う物ではないんだと、
いつ何時、何かの拍子に、アルコール依存症にまで行ってしまう物なんだと、
一瞬で気付かぬ間にアルコール依存症の道を辿ると知って下さい。
これは、学校の教育に、しつこいほど盛り込まなければならないくらいだと、国民の一般常識にしないといけないと、今は特に思っています。
やはり、他者の経験や知識を伝えることよりも、自分がその危険性を経験したことが大きく、いくら今は大して飲んでいなかったとしても、突然、酒量が増えるんだなと、あれよあれよと大量飲酒が始まってしまうんだなと、気付けないんだなと、そこからアルコール依存症にまで行ってしまうんだなと、その危険性が大いにあるので、ここだけでも頭に入れておいて下さい。
そして、ご家族でも、パートナーでも、お友達さんでも、もし、お酒に走っている姿を目撃したら、「このままだとアルコール依存症になってしまう」と、「それは途轍もなく恐ろしい結末を生み出す」んだと、「悩んでいることがあるのなら言って欲しい」と、まずは話を聞いてあげて下さい。
また、ゲームをしようでも、ドライブに行こうでも、外食に行こうでも何でも良いです。お酒を飲まない時間も作り出してあげて下さい。
お酒ほど「大きなお節介」がいるとも思って来て、相手が嫌がっても良いし、跳ね除けて来ても良いし、それでもお酒は危険なんだと、動画を観させるでも、毎日送るでも良いです。
本人は嫌々でありながらも、いつかは観ようとします。たとえそれは観なかったとしても、自分で調べて観ようともします。
誰かの、そのお節介が、その人を救うことだってあります。
貴方の優しさが、思いやりが、相手を救い立ち直らせるきっかけとなる。
嫌われても、是非、お節介を焼いてあげて下さい。
【余談】
今までに、アルコール依存症に陥ってしまった方の話や、ドキュメンタリー動画も観ていた時に、なんて残酷なんだと思って来たことがあります。
相手の痛みや苦しみも共有せず、全て相手任せで、全て相手の責任で、もちろん本人も、悩みや苦しみを身近な人に打ち明けないというのもあるのですが、
ただ、経験のある身内の方の意見で、
「アルコール依存症になったなら離婚しろ」
「子供がいるなら今のうちにヘソクリを貯めろ」
「治らないから一緒にいるな」
「子供が不幸になるぞ」
「貴方も不幸になるから別れなさい」
「酒に飲まれる奴はどうしようもない奴だ」
「悪い事は言わない旦那を捨てろ」
なんて冷たいのかと、どうしてその前に、お酒に走っている所を見て、悩みを聞いてあげないのか、いや、本当に多いなと思って来たのは、
虐めでも、学業の悩みでも、仕事での悩みでも、家族にすら相談が出来ない人が物凄く多いことです。
これも、誰かに迷惑を掛けたらいけないだとか、仕事は自分の問題だから家には持ち込まないだとか、心配させたくないというのもありますが、
これが家族のあるべき姿なのでしょうか。
私は、虐めでも、学業でも、仕事でも何でも、相手の悩みや苦しみも共有するのが、家族だとも、友達だとも思っています。
お酒を飲みすぎていると思えば、「飲み過ぎだよ」と「何かあったの?」と、どれだけ誤魔化して来たとしても、どれだけ突っ撥ねて来たとしても、相手が打ち明けて来るまで、私なら寄り添います。
虐めとも違い、こんな分かりやすいサインなんてあるのかと思う程です。
意外と多いのは「最近飲みすぎちゃうんだよね~」と言う方が多いことです。
これもまた1つのサインです。
もっと言えば、いま病んでいると、悩みがあると、こういうことがあって、ああいうことがあってと、普通に自分から打ち明ける方もいます。
お酒に酔ったら、止まらないほどにバンバン言う方もいる。
サインどころかなのです。
でも、誰も助けようとはせず、現代社会の問題とも言えますが、お互いが同じ悩みを抱えていて、愚痴を零し、慰め合うかのようにお酒が進み、怒ったり、泣いたり、アルコール依存に陥った物事の、原因の解決へと結び付けようとはしていない。
ストレスは消えず、飲酒量は増すばかり。
(考え方1つで解消できる事、対処できる事も多々あります※認知行動療法)
私の場合は、まずそれ以前に、お酒を沢山飲む方を見ては、普段どれくらい飲んでいるのか、それとなくいつも聞いて来ました。
相手の様子も見て、ただお酒が好きだとか、少し酔って楽しくなりたいだとか、特に問題を感じなければ、一緒に楽しく飲み食いしていましたが(私はお酒を飲んでいません※20代の頃)、
あと、かなり昔の話になりますが、友達の家に遊びに行った時に、テーブルの上が空き缶だらけになっていた事があり、片付けるのが面倒だったからと言っていましたが、明らかにお酒を飲む勢いが前回会った時と違っていて、「めっちゃ飲むやん」と言ったら、「そうか?仕事のストレスじゃね?」と、何でも話し合えるような関係性ではなかったので、内容までは聞けませんでしたが、
「マジで控えたほうが良いぞ」と「アルコール中毒は脳を溶かすからな」と言ったら笑っていましたが、
何があったのかは知りませんが、私の言葉が功を奏したのかは分かりませんが、後で「仕事辞めたわ」とまず連絡が入り、また遊びに行った時に机の上の空き缶が1つ2つに減っていて、「最近、酒どうなん」って聞いたら、「ゲームして飲まないようにしてるわ」って、話はすぐに別のことに変わりましたが、
こんなことですら、たった一言二言で、結果を変えることも出来るのです。
もちろん、私がいなくても、自分でお酒をコントロールした可能性はありますが、私はですが、誰かの少しの心配や、誰かの言葉掛けが、誰かの最悪な結末を避けることが出来るとすら思っています。
ちょっとした思いやりからです。
誰かが気付き、本人もですが、未然に防ごうとすることが大事になります。
本人は然程気にしていない、気付いていない場合がよくあります。
身近にいる人が気付き、心配し、相手の悩みや不安や苦しみを知り、共有し、アルコールの怖さも教え、アルコール依存症にならないようにと、
「未然に防ぐ」ことが何より求められます。
飲みすぎてるなと思った時点で、他者からのアプローチが重要です。
早ければ早いほど、相手もこちらの話を一応は聞くので、アルコール依存症の怖さを教えまくったり、LINEに動画を貼り付けまくったり、本人が、もうやめてくれと、分かったからと、お酒控えるからと、お友達さんであれば、こんなアプローチも推奨しています。その中で、話を度々聞いてあげるだけでも救済に繋がる人は沢山いると思っています。
また、パートナーであれば話し合いが肝になります。アルコール依存症の怖さはもちろんのこと、どうしてそんなに飲むようになったのかと、だいたいは、お仕事でのストレスですが、悩みや苦しみを共有してあげて下さい。貴方の思いやりや支えが、お酒に走らない結果を生み出します。
早期発見、早期アプローチが必要です。
【余談の余談】
あともう1つ。
ある時に、これほど悲しい物語があるのかと思ったことがあります。
それは、ある男性が、仕事で解雇処分を受けたのですが、不当解雇その物だと思いましたが、しかも一方的な内容でサインをさせられたみたいで、
また、その事実を、お嫁さんには言えずに、仕事をしているフリをしながら、約1ヶ月半、コンビニでお酒を買っては公園などで時間を潰し、
年齢のこともあったようですが、絶望を感じているほどに、恐らく鬱病になっていて、お嫁さんの前では演技をし、家を出たら、遠い場所まで歩いて(ご近所さんに気付かれない為やお金の節約の為)、適当にコンビニを見付けてはお酒を買い、そして近くの公園や土手や橋の下で時間を潰す。
その繰り返しだったそうで、でも、いつかはバレてしまう訳です。
本人も、また何処かで働けばいいじゃないかと、働き先さえ見付ければ嫁も許してくれるだろうと、でも、ハローワークに行っても立ち止まってしまうと、この年齢で仕事先なんてあるのだろうかと、(差別になるので端折ります)、そんな恥ずかしい人生を送りたくないと、もう止め処なく悩み苦しみながら、お酒に走ったようで、
1週間どころか、1日1日が酒量や強さがアップして行ったという、何度もコンビニに行き、変な目で見られ、スーパーでもスーツ姿でお酒だけ買うのは変に思われるからと、ティッシュや洗剤と一緒に買ったこともあると、また、家に帰る際も、飲んで来たという理由を作らないといけないが為に、夜遅くまで、真っ暗になるまで公園などで過ごす。
約1ヶ月半、朝から晩までお酒を飲んでいる状態になり、通報もされないように場所も変えて転々としていたのに、これも運命なのか定めなのか、酔い過ぎて寝ていた所で通報が入り(ほぼ気絶)、お嫁さんに連絡が行き、発覚。
まだその時は、アルコール依存症とは言えず、いや、そうだったかも知れませんが、まだまだ全然やり直すことが出来る状態だなと、
で、そこで、お嫁さんが怒りながらでも、なんで言ってくれなかったのと、別にどんな仕事でも良いじゃないと、私も働きに出るわよと、
となった訳ではなく、「嘘言って裏切ったから」ということで即離婚。
そもそも夫婦関係は2年も経たずに終わっていたと、お互いが生活を成り立たせる為に夫婦関係をしていたと、子供にも恵まれなかったと。
警察沙汰になったことが恥ずかしかったんだと思いますと、自分が打ち明けられなくて、お酒に走ってしまって、自分が悪いんですと、
いやそれは違いますと、フィフティフィフティの意味を説明したのですが、
ですが、この方は、離婚後も、それでも短期間で自力で立て直し、仕事も見付けて、飲みすぎてしまう事もあったそうですが、ただ、精神のほうが病んでしまったようで、やる気が出ないと、元気が出ないと、雲の上にいるような感じだと、目がうつろだと、年齢も年齢で夢も希望もないと、何の為に生きているのか分からなくなってしまったと、死にたいと、死のうか悩んでいると、
この後、どんな展開を迎えるのかも詳しくお伝えしたい所ですが、これも誤解を招きやすいので詳細は省きますが、
簡単に言うと、ご本人の中にある、「あらゆる拘り」と「固定観念」も吹き飛ばし続けたことで、これを根本から、じっくりと理解を生んで、意識や考えを変化させて行って、社会な常識と言いますか、世間の常識と言いますか、そこに何度も揺さぶられながらも、何度もあらゆる角度からの説明や、例え話をして、
ある時に、「どうせ人は死にますから、いくら○○さんが真面目に生きようとなんだろうと、誰かを傷付け苦しめなければ、どう生きようが自由です」と「一度きりの人生なのに、このまま世間の目を気にして何もせずに死んで行くんですか」と「世間の評価の為に○○さんは生きているんですか」と「働いていても死のうとしていましたよね」「老後のことを考えて貯金もして来ても死のうとしていましたよね」「仮にどれだけお金を持っていても、死を避けようとしても人は死ぬ時は死にます」「○○さんはどう生きたいんですか」と「自分のやりたいこともしないで、それが出来るのに、大して難しいことじゃないのに、あれこれ考えて、なんの生きる希望もなく、このまま落ち込んだままで行くんですか」と、もっと言いましたが、
ただ、今までのことが合致して、ご本人の中でも考えておられて、この時にタイミングが生まれ、何か解き放ったような状態を見せ、「やります」と、
また、この方には若い頃からやってみたいことが、若い時に少しだけやっていたことがあり、でも年齢だとか、体力だとか、お金のことだとか、他にも細かい様々な物があって、雁字搦めにもなっていて、
でも、そこでも生きる目的と希望が作られ、それを行う上で、道具を1つ1つ悩みながらも選ぶのが楽しいだとか、仕事にも意味が生まれていて、仕事中もそれを考えながらするのが楽しいと、この辺りから劇的な回復を見せ、でも、無理をしすぎたり、頑張りすぎたり、テンションが上がり過ぎて睡眠が疎かにならないようにと促し続け、
で、それ関連の、あるサークルみたいな物に入ったと、Twitterで調べたら身近な所で仲間を募集していたと、この辺りで、睡眠もしっかり取れていれば、仕事のほうが上手く行ってたからというのも大きかったですが、お酒も自分でしっかりコントロールが出来るようになっていて、生活習慣の安定と定着と、何より、最終確認のかなりハードな質問でも、自己解決スキルもしっかり身に付いていたので、相談を終えましょうと、
でも、もう少し続けたいと、あと1ヶ月だけいう事で、そこから週に1回に変更して、ほぼ報告を受けるだけの雑談をするくらいでしたが、
で、その半月後くらいに、そのサークルの中で出会った女性と、お付き合いすることになったという報告を受けます。
健常者と何が違うのかと思うくらいに、声にも張りが出ていて、艶が出ていて、生き返ったかのような元気っぷりで、
祝福すると共に、でも私は意地悪なので、「もしお別れが訪れた時にも、それでもまたアルコールに頼らずに行けますか」と、「そのお相手さんには仕事でも何でも本音を話せますか」と、
「頼らない」と「話せる」と、
また「もし仮にその方と結婚したとして、死ぬまで連れ添えたとして、奥さんのほうに先立たれたとしても、奥さんの死も無駄にせずに生きられますか」と「○○さんの生きた証を、奥さんの生きた証を、その想いを苦しみを、幸せを、無駄にせずに最期まで生きられますか」と、
「生きます」と「どれだけ悲しくても生きます」と「どんな場合だってどんな状態だって誰か苦しんでる人がいたら助ける」と「俺はこう生きて、死のうとしたけど、幸せになれたんだって、死ぬなんて勿体ないって、みんなに伝えて行く」と、
といったような素晴らしい回答までもらい、相談を終える事になりました。
人間において何が重要なのか。
この方を例に挙げると、ご自分の生きる気力もそうですが、アルコールもセーブしようとしたこと、そして、考えの変化と、そして行動です。
気付いて欲しいのは、全てにおいて「行動」が伴っている事です。
お酒をセーブすることでも、お仕事を見付けたことでも、死にたくてもカウンセリングを受けようとしたことでも、自分のやりたい事をしたことでも、サークルに入ったことでも、そこから生まれた出会いも何もかも。
全ては「行動」から生まれています。
もちろん良いも悪いもある訳ですが、ここを良き方向に意識が働き出すと希望が芽生え、その希望から行動にも変化が起き、そこから最良の結果を生み出すこともあるのです。
確かに、行動を起こしたことで悪いことが起きる可能性だってあります。
ただ、「何もしなければ今のまま」なのです。
人生というのは面白い物で、悪い意識とか悪い感覚とか悪い価値観が取っ払われて、そこで純粋な精神からの行動がガチっと嵌まると、光が生まれ、人生が上手く回り始める。
またそれは、お金持ちになるとか、成功するだとか、そういう意味ではなく、人生における、喜びや、楽しさや、安寧や、生きる心の活力に繋がります。
理想を言えば、お金が掛からないことが最良です。
良寛さんのように、月を眺めるだけで生きる喜びを感じられたら最高です。
私の目標でもあります。
【余談の余談の余談】
以前、Twitterを見ていて、細か過ぎて疲れてしまう、といったような話をしました。
なんかもうヤバいですね。
日本人のストレスがMAXになっているように感じました。
というのも、とある田舎暮らしを特集しているユーチューバーさんの動画を観て、素晴らしい内容で、癒されて、良いなと思いながらコメント欄を見たら、非難の嵐。
仮に褒める内容が入っていても付け足しで非難。
タイトル詐欺も非難。ナレーションの方の発言も非難。
ユーチューバーさんの独特な言葉の表現も非難。
プロデューサー気取りの指示指示指示の非難。
何の変哲もない言葉の遣り取りも非難非難非難。
もう、どうなっちゃってるんですかね。
受け流すとか、理解するとか、もうそんな心の余裕が微塵も感じられない。
いや、何も気にならないような事にまで反応している。
細かいといったレベルですらなく、無理やり批判しようとしているような、屁理屈、揚げ足取りの域すらも超えてるような、
捻くれに捻くれた子供という感じで、本当に子供なのかも知れませんが。
ただ、田舎暮らしの特集動画を子供たちが挙って観るとも思えない。
そもそもユーチューバーなんていうのは、タイトル詐欺なんて当たり前です。
じゃないと観てくれないからです。大袈裟に言って盛ったりもします。
テレビでもそうですよね。引きのある言葉がいるんです。
こんなことで一々反応していたら、常にイライラしていないといけません。
あと、イケメンだとか美人だとか、「それは差別だ」と、確かに厳密に言えばそうですけど、褒められて嫌な気持ちになる方はほぼいないですし、皆さんにもタイプはあるでしょうし、動物を見て可愛いとも言うでしょうし、美意識も人それぞれで変わりますし、言論の自由が奪われますし、恐らく原因はテレビなんじゃないかと思ってますけど、いや今はネットでの洗脳が色濃くなってますけど、以前にも書いたハラスメントの流れや、差別だとか排外主義だとか、この流れがかなり強く働いてるなと、より良い人ぶって、より細かくなって、でも、さすがに、異常です。
この猫ちゃん可愛い!⇒うわ差別だ。
この川の水は綺麗!⇒うわ差別だ。
このご飯美味しい!⇒うわ差別だ。
なんて言い始めますよ。このままだと。
もうどうなっているのか。
批判しまくり非難しまくりで、でも聖人君子のかの如く、いや神様レベルで、異常に細かく、どれだけリアルが完璧で素晴らしい人間なのかと思うほどの理屈を羅列している。
こう言ってしまうと、私もバカアホクソと言っているので非難されますが、コメント上で残したこともないですし、ブログを再開したことや、良い人ぶりたくなくて使ってますけど、もっと大きな問題に対して言ってますし、
あと、なんでこんな動画に出ちゃうんだろうとか、有名になりたいのなら良いけどとか、仮に私が田舎暮らしをして取材をしたいと言われれば出演します。広めたいからです。
あと、質問が薄っぺらくて見ててイライラして来たとか、もうこのチャンネルはお腹一杯とか、そんな酷いことわざわざ書かなくても良いじゃないですか。
もちろん書くのは自由ですが、まさか、こんな癒される動画でというか、田舎暮らしをしている、エコで、人間味ある、ある意味、尊敬に値する人達で、今、人間に求められているような生き方をしている方達で、コメントから強い嫉妬も感じましたが、ぶつける相手を間違ってやいませんか。
理想の生活を送られていて、幸せそうで嫉妬してしまうのも分かりますけど、田舎暮らしをしている方達を叩くっておかしくないですか。
批判コメントが1つ2つ並ぶと、そこに釣られて意識を合わせてしまう日本人が多いですけど、まず、テレビを捨てませんか。
コメントを見ていると、どうにもテレビの存在が見えて来て、不安や、苛立ちや、ストレスの背景に、リアルも感じましたけど、テレビの影響を感じるような偏った集中的な意識性を感じて、
私はテレビを捨てたので、自分から情報を拾いに行かないと分からないので、気付いたのは、世間では様々なテレビでのニュースでヤキモキしたり、怒ったり、悲しんだり、不安になったり、嫉妬したり、YouTubeでもそうですけど、みんな情報に右往左往していて、それが集合意識にもなっていて、炎上を引き起こしたり、過度な不安に陥っていたり、その先の意識性もなく、常にメディアとか、著名人とか、その都度その都度で、感情から何から何まで右往左往、アップダウンもしていて、
みんなで焦ったり、みんなで怒ったり、みんなで不安になって、みんなでストレスを溜めて、これが扇動誘導洗脳プロパガンダにもなっている訳ですが、
その先の先くらいの意識性を持って、備えて行きませんかと、何か1つでも行動を起こしてみませんかと、なんなら、人間なんてどう生きようが自由ですから、悪い事をしなければですけど、もちろん、お金の心配もあるとは思いますけど、勇気もいりますけど、何もしなければ今のままなんです。
今の自分が嫌だから、抜け出したいから、だけにお金に走ってしまう方もいますけど、お金ありきの人生であってはならないんです。
もちろん必要最低限のお金はいります。老後のことまで考えてしまうのも分かります。移住したとて、田舎暮らしをしたとて、上手く行かない場合もあるとは思います。ですが、それも経験なんです。
仮に憧れのままであったとしても、自分が実現できないからといって、田舎暮らしをしている人達を叩く対象にするのは御門違いではないでしょうか。
もうここまで来ると、嫉妬を通り越した憎悪になっていて、お金持ちにもなれないし、田舎暮らしもできないしと、失敗したくないからという心理もコメント欄から感じて、でも、まずは1つでも行動を起こしてみませんか。
たった1つの初めの一歩によって、大きく人生が変わって行くなんて事も多々あります。別に失敗したって良いんです。失敗がなきゃ人は学べないんです。めげる必要なんてないんです。無駄なことなんて実は何1つなんです。貴方が生きている上で起きる事象というのは、全て意味のある経験なんです。
その経験が糧となり、もう1つの種ともなるんです。
自分で種を一粒でも撒かないことには、芽なんか出る訳もありません。
確かに、初めの種を撒くことが一番のハードルです。勇気もいります。
ですが、僅かな一歩で良いんです。一歩を踏み出すことが大事なんです。
その中で、こっちに種を撒いてみたけど駄目だった、こっちも駄目だった、でもこっちに種を撒いてみたら花咲いた。なんてこともあります。
行動という種を撒いて初めて、芽が出るのか出ないかの可能性を持つんです。
種を撒き、希望を持ち、後は自分がしたいと思うことを信じて前に進むのみ。
芽が出ても、実るのか実らないのかも、それもまた経験です。
人生なんていつ終わるのかなんて分かりませんからね。
長生き前提で考えてらっしゃるでしょうけど、もし仮にあと10年の寿命であったのなら、5年なら、3年なら、貴方は何をしますか。
そのままの生活で構わないという人はそれで良いのです。
でも、こういった生活がしたい、あの場所に行ってみたい、最後くらいはこんな所で生きてみたい、それもまた貴方のしたいことです。
田舎暮らしを始めたい場合は、地域おこし協力隊から始めてみるのも良いと思いますし(町によっては大いに問題があるのでしっかり調べて下さい)、私が推奨している、既にネットを通したお仕事で収入がある方は半農半Xで移住してしまうのも良いと思いますし、共同生活であれば格段に成功率は上がりますし、町の色んなお手伝いに参加したり、旅行がてらで行って、そこで相談してみたら、住人の伝手で、空き家をタダ同然で貸してくれたり、畑もタダで貸してくれたりとか、なんてこともあります。
結局、人と人との付き合いなので、田舎は移住してくれる人を欲しがってますし、また都会と違って人との交流が昔のように根強く残っているので、その分、町内会とか、行事とか、お手伝いへの参加は大事になって来ますが、何か少し手伝っただけでも、倍返しで食べ切れないくらいの量の野菜をくれたり、ジビエ肉をもらえたりなど、人や場所にもよるとは思いますが、高確率でこういった昔ながらの遣り取りが行われています。
不安要素もあるとは思いますが、ある方は、車で30分走らせれば田舎がある所に移住された方もいれば、逆に、車で30分もあれば都会になるという田舎に移住された方もいます。
色んなやり方があると思います。
是非、貴方の好きなこと、したいことを、実現に近付けて頂きたいです。
まずは、初めの一歩です。
【補足】
完全自給自足は、現代社会ではまず不可能です。
また、地域おこし協力隊というのも、特別交付税で運営しているみたいで、これは公金ちゅーちゅー問題にも発展しているそうです。
また、3年間お給料あげるから(個人事業主扱い)、その後は起業するなり、町でお仕事を探してね、という建付けなのですが、そもそも、その町に仕事がない、たとえ起業した所で人が少なすぎるという場合もあります。
(※任期は2026年から特例で最長5年間可能に)
つまり、実は、その町での将来性、ビジョンという物が存在していない。
ある程度の人口や、利便性も必要で、ネットが繋がり、半農半Xも可能で、あと配送関連に支障がないなど、多少の利便性が必要になります。
大企業が、ドン!と工場でも建ててくれれば、転勤して来る方達も沢山増え、スーパーやコンビニなどの商業施設なども必然的に増えて行く訳ですが、その真逆に位置する、限界集落や、消滅集落と言われている、将来的に人口が0人になるという可能性を持っている町であると、いくら移住したところでという話になる訳です。将来的に。
よっぽど手厚い待遇があって、移住者がどんどん増えて行けば問題はないですが、田舎暮らしを始めてみませんか?、自治体から補助金も出ますよ?、自然で溢れていて素敵な場所ですよ?、子育てにももってこいですよ?、などと建て前を言いつつ、
取り敢えず0人になるまでは、若い人達にも移住してもらって、死ぬまでお世話をしてもらおうと、という本音が存在している町もかなりあるのです。
まさに飼い殺しからの、使い切ったらポイ捨て状態になります。
ここ最近、イラン情勢の影響もあるのか、以前話した、兵糧攻めの懸念から、農業や、家庭菜園や、田舎暮らしでの移住をされる方達が増えている印象があり、嬉しい反面、少し心配しているのですが、
何の計画も下調べもせずに、いきなり飛び込むというのはリスクしかないので、ある程度の予備知識だとか、情報だとか、下調べだとか、現地調査だとか、それをした後で、もう行っちゃえ!って飛び込むのは有りですが、
田舎暮らしにおいては、半々くらいの可能性は持つべきです。
要は、利便性も悪い、人も少ない(500人以下/65歳以上が50%以上)、このままだと確実に0人になるような、「砂漠地帯に行っちゃえ!」状態に近い方もいて、これは余りにも無謀すぎます。
地域おこし協力隊を利用して3年間食い繋ぐなんて方もいて、ただ、場所によっては貯金を削らないと生活できない、赤字になることもあるそうです。
思うのは、よりエコな人間で、若くて元気で、能力もあって、若しくは財力も多少あって、なんていう実態も感じて来て、やはり、コミュニティを移住前に予め作っておくとか、共同生活をするだとか、自治体の制度から離脱したことで定住を実現されている方達も何気に多く、いくら家賃が0円であったとしても、田畑が0円であったとしても、それでもお金はいるので、中にはトータルとすると、月に掛かる費用は都会と大して変わらないという方もいて、
今まで何年も調べても来て、常に思って来たのは、全然手厚くなくて、もちろん少しずつ変わって来たり、引き上げがあったりもしますが、それでも全く手厚くなくて、ハードルは高いままで、
田舎暮らしを検討されて来た達は分かるでしょうけど、定住されている方達の殆どが、そもそも素質を持っているか、能力がある方達ばかりですよね。
その人達は、都会でも成功するんだろうなぁって方が多くないですか?
冷静に考えて下されば分かると思います。
要は、稼ぐ能力が必要になっている訳です。田舎暮らしであっても。
起業も含め(46%)、ここを予めビジョンを持っている方か、田舎であっても、その町には仕事が幾つかあるだとか、あとは不便さも楽しめたり、慣れの問題もあるとは思いますけど、様々な工夫もしながら、町の人達にも助けてもらいながら、地域おこし協力隊でもなくても、月に10万程度の収入があればやっていける、そんな地域でもあり、そんな状態を生み出せている方が定住しているんだなとも思って来ました。後は普通に稼げる方達です。都会並みに。
ただ、先ほども言ったように、限界集落にもなって来ると廃校もザラで、車で往復2時間掛けて子供を通わせているだとか、子供が病気になったり怪我をした時に対処できないからと、町医者がないといけないだとか、歯医者もそうですけど、子供さんが何人いるのかだとか、田舎で子供を持ちたい方になると、もっと収入は必要になりますし、利便性も嫌でも必要になって来ます。
既に、よほど原始的な生活を送られている方であれば話は別です。
また、子供も保育園にも幼稚園にも学校に通わせなくても良いと、子供の将来も考えた、よっぽどの考えと計画性を持っていないと、嫌でも追い込まれて、社会に殺されます。
ただ、私の予想では、今後は安心安全な食料ほど(無農薬無肥料)、より一層に価値が上がって行くと踏んでいるので、お金持ちとの共存が求められるとも思っていて、そういった意味では、農業に転身するだとか、半農半Xにも価値が生まれて行くとも思っています。
今から始めて、2年3年5年と慣れながらも収穫量も伸ばして行くというのも、有りなのではないかと思っています。
あと、念の為、ある方は、田舎の家ごと購入し、ですが至る所の目に見えない部分の腐敗があり、結局は家を建て直すという決断をし、ですが解体工事の際にアスベストが出て来て、杭だったか、ガラと言われている物も下から大量に出て来て、解体費用が1100万を超えてしまったと、新築費用も出せなくなってしまったと、田舎の土地だから売るにも売れないと、微々たる物になってしまうと、やってしまったと、そんな方もいました。
なので、物件ごと買う場合は気を付けて頂きたいですが、初めは賃貸がお勧めです。古い建物が多いので、基礎の老朽化が進んだり、倒壊でもしてしまうと家を建て直さないといけなくなり、購入される場合は後のことも考えた財力も必要になります。
こんなマイナスなことばかり言って申し訳ないですが、田舎暮らしというのは様々なハードルとデメリットがあります。
そこを国や自治体が手厚くカバーしているとは到底思えなくて、実際に現地に何度も足を運ぶことも必要ですし、既に移住や、何年も定住をしている方の、地域や、町や、金銭や、意見を聞いたほうが良いです。
その後で、そこで良いなと思えば、ゴーで良いと思います。
便利で豊かな生活に慣れ過ぎて移住を断念される方も多いですし、下調べもなく何の計画性もなく飛び込んで、都会にまた戻ってしまった方達も多く見て来ましたし、計画もして下調べもして、それでも現実は・・なんて方もいて、結局は不便さとか人間関係とか、寒さとか、虫とか、その辺もしっかり考慮し、その中で最も実現可能なプランもブログで公開して来ましたが、
現状は、様々な田舎事情も踏まえると、厳しすぎて、ハードルが高すぎて、欺瞞とも言えるような落とし穴もあって、能力も体力も必要な場合もあって、都会暮らしのメリットがまだまだ大きすぎるといった感じで、この状態を打開できる人か、何度も言うように、共同生活だとか、協力し合って、楽しくやって行くことが最重要なのかなと思っています。
田舎暮らしは、それ相応の事前調べと、覚悟もいります。
お試し移住を設けている自治体もあります。
旅行がてら1週間くらい住んでみるというのもありだと思います。
田舎での産業や経済を発展させようと尽力されている方もいます。
そんな方のコミュニティーに入るというのも有りだと思います。
少しでも参考になれば幸いです。
【どうしても書きたくて】
現在、ある議員と元タレントさん?が訴訟まで発展して喧嘩していますが、その中のコメントで、
「いずれ裁判で明らかになることでしょう」みたいな投稿をしている方が何人もいて、
仮に裁判に「勝利」したからと言って、勝った側が「正しい」という訳でもないですからね。
法律上そうなっているという物もありますので、名誉棄損が良い例ですけど、示談もありますし、和解もありますし、取り下げもあったりして、何が真実なのかなんて全く以て明らかにならないことなんてザラにあります。
たとえ真実であっても、証拠が無かったり、不十分でという事もあります。
なので「裁判で明らかになることは大してないでしょう」のほうが正確です。
もっと言うと、仮に相手が悪かったとしても勝ってしまうなんて事もあります。要は、被害者なのに負けてしまうことだってあるのです。
冤罪然りで、裁判をすれば全て明らかになるなんてのは、ただの妄想です。
もちろん、明らかになることもあります。ただ、私の場合は、仮に有罪判決が出たとしても、頭の片隅では無罪の可能性もあると考えているくらいです。
【あとこれも重要だと思ったので】
あるユーチューバーさんの動画を観て「ステーブルコイン」と、ある「教授」の話題が出ていたので書いておきます。
まず、ステーブルコインとは暗号通貨の一種で、元来、世界各国の銀行などが国際的に送金するSWIFTを利用して、そこではドル建てで遣り取りが行われて来て、これもドル覇権としてのアメリカ一強を生み出す要素にもなっていて、で、脱ドルしようと中国やらロシアが新しい決済システムを作ろうとして来て、結局はドル換算で支払ってるので間接的なドル依存をしている訳ですが、
で、そもそもビットコインも、中央銀行いらずの、政府依存を減らす為に作られたと、でも実際は、お金持ちをよりお金持ちにする、詐欺の温床にもなりましたが、またビットコインの変動が激しいことから、そこでドルに連動する暗号資産としてテザーという民間会社が「ステーブルコイン」という物を作り、これはアメリカ国債を買っていることと一緒で、またインフレが激しい国でも、日本でもそうですけど、自国通貨よりもアメリカドルのほうが需要が高くなり、よりドルは強くなり、
あと、2025年に施行されたジーニアス法によって、制度としてアメリカ政府が取り込んだことで、よりドル需要は強化されて、つまり、「デジタル化したドル覇権」とも言える状態になっている。
これが何を表すのかで、お解りの通り、実質的なアメリカ支配です。
いや、ドル支配です。リアルとデジタルと共に。
んがしかしという、ユーチューバーさんが言っていたのが、戦争から手を引けばドルが死ぬ、引かなければ戦争が長引く、そしてホルムズ海峡が封鎖され続けることで我慢の限界が来て、戦争に参加する国や、核の使用や、第三次世界大戦がという、
中東からの石油依存をしている国々は経済的ダメージが大きすぎるので、日本は特にヤバい訳ですが、各国からの停戦への強い圧力が掛かるんじゃないか説もありますが、正直どうなるかは分かりません。
陰謀論的に言えば、ここもジワジワ作戦で、原油、ガソリン、ナフサ、電気、物流、世界的なインフレを生じさせながら物価も高騰させ、また、コロナの時のように中小企業や零細企業が倒産し、職を失う人が生まれたり、就職難にも発展し、自殺者も急増して、なんていう、
飽く迄も私はですが、上は人口削減(調整)をメインとしていると思っているので、原油の空売りも発覚していましたが、上のやっていることはまさにゲームなので、国民のことなど何も考えていないので、表向きに出ていることなんて全て建前なので、ただの茶番なので、
もちろんあからさまな事はやりませんし、国民のことを考えている体を装いながら、やることやってまっせ演出もしっかり入れて、ジワジワと追い込んで来るので、
今は長期化説が濃厚になっていますが、コロコロの時は疫病と称した生物兵器、今度は石油依存に着目した経済衰退を狙っているとしたら、もうお手上げですが、しかも石油だけじゃないかも知れませんからね。
取り敢えず石油のみで予想されているのは、航空、物流、タクシー、製造、建築、飲食、小売、中小企業、この辺に関連した人達が大きな影響を受けて、職を失う人がかなり出るだろうと予想されています。
もちろん、いきなり職を失う訳ではありません。
賃上げ無し、ボーナス減、採用減少といった具合で、また、政府も、補助金だとか、助成金だとか、色々とやるにはやります。コロナの時のように。
ただ、コロナの時は、輸入自体はストップしていませんでした。
自粛だとか、時短だとか、お客さんが少なくなったとか、観光客が0になったとか、購買意欲も衰退して、財布の紐も固くなって、経済活動が衰退して、資金繰りも出来なくなって、その影響で、中小企業や零細企業がばったばった倒産して、
ですが、もし、戦争が長期化して、備蓄も放出して、石油の輸入自体も大幅に減少したとしたら、50年前のオイルショックとは違い、石油で作られている物が今は多種多様にあるので、それは全ての企業が関係していて、脱プラで経営している企業やお店なんて0ですから、石油関連に依存している所ほど倒産して行く訳で、
しかも、ほぼ全てが高騰するので、生き残れるのはお金持ちになります。
若しくは、農業をし、半自給自足をし、原始的な生活を送られている方達。
もちろん、何年も続いた、何の代替案もない、最悪のケースの話です。
また、単体で最悪なケースにする事はまずないと思っているので、ただ複合的に追い込んで来る可能性はあって、私としては、家庭菜園を始めるだとか、畑を借りるだとか、半農半Xで移住を計画されて来た方達とか、お金だけではない、もう1つの食い扶持、食べて行く為のもう1つの手段を作ってくれたらなと思っています。少しでも。
もちろん、数日で戦争終了になる可能性も無きにしも非ずです。
ただ、停戦⇒戦争⇒停戦⇒戦争となるのが現実的だそうです。
責任は取れないので、各々のご判断でお願い致します。
(※追加:ホルムズ海峡封鎖を30日以内に解除へ:核問題は60日間の交渉)
安心できる内容ではないそうなので、冷静に動向を見守って行きましょう。
【補足】
あと、以前、言及を避けたことがあり、日本である流れが生まれていて、そこを心配していると、ただ、私の予想が外れたらと、その人の生活がとか、人生設計がとか、ま、お金のことなのですが、
で、上記のユーチューバーさんも可能性として触れていたことや、また、その中で紹介されていたある教授さんがいて、イラン戦争は確実に長期化すると、また、アメリカ経済は破綻するとも断言されていて、
アメリカは今後、リーマンショックの再来で内戦が起きると、日本は事実上、見捨てられていると、地政学的にアメリカとロシアが台頭していると、ウクライナ戦争でもロシアは劣勢に見えても、実は軍需産業で大幅な工業化が進んでいて、わざと長期化させているんだと、テクネート、グリーンランド、グレーターノースアメリカ、世界は崩壊に向かっている、アメリカは必ず破綻する(力を持ち過ぎると必ず崩壊する説)、プーチンの構想は正しい、トランプも真似をしている、GCCへの攻撃、中東崩壊作戦、エネルギーと肥料への依存、自給自足経済圏、挑発からの弱腰TACO、戦争初日にイラン民間人への攻撃、民間インフラへの攻撃、もし発電所まで攻撃をしたら、もう後には引き返せない。イランは総力戦に突入する説。
実は石油が問題なのではないと、一番の問題は肥料であると。
肥料がなければ10億人~20億人の食料しか生産できないんだと。
つまり多くの人が餓死する。一番の懸念は飢饉。
お金も関係ない。物価の高騰も関係ない。
一番の問題は食料。
と、予想をバコバコ的中させていると言われている教授がいます。
ただ、当たるかどうかも分からなかったので、直接的には言えなかったのですが、今後も慎重に世界の動向を見守って頂けたらと思います。
アメリカが破綻するなんていう、そんなこと有り得るのかと思っていますが、ただ、話を聞いていると、その理論はしっかりしていて、
要は、支配しようとすればするほど、それは他国全てを敵に回すことになり、不満や、自由への渇望、平和への欲求から民心を抑え切れなくなるんだと。
つまり、不公平さの低い状態を生み出さない限りは、最悪、世界各国からの総攻撃を受ける可能性が生まれる訳です。
ただ、教授の説では、アメリカに武力では勝てないからと、最終的には、アメリカから離れる国が増えて、アメリカを排除しようという流れが世界で巻き起こるといった話でした。
・アメリカがイランを攻撃した本当の意図
⇒アメリカはこの戦争に敗北する
⇒アメリカは中東から追い出される
⇒全ての軍事資産はイスラエルの手に渡る
⇒ユダヤによる平和が誕生する
⇒世界の支配が始まる
⇒混乱と紛争を通じて莫大な利益を得ることができる
⇒Googleのような巨大テクノロジー企業がイスラエルに移転
⇒グローバルな監視国家を構築
⇒内戦が起き、人々をコントロールするのにAIが必要になる
⇒多くの銀行がイスラエルに移転
⇒イスラエルが世界の基軸通貨になる
⇒ロシアは資源を取引する必要が生まれる
⇒ロシアは世界の3分の1の炭水化物を支配している
⇒イスラエルはアフリカを支配している
⇒ロシアや他の国々がイスラエルと貿易協定を結ぶことになる
⇒イスラエルが世界の貿易中心国となる
⇒イスラエルの世界最高諜報機関モサドが世界中で多くの混乱を引き起こす
⇒世界が燃えている間にイスラエルは利益を得る
⇒これが10年~20年の未来の姿になる
⇒反キリストの台頭に繋がる
⇒ゴグとマゴグの戦争が始まる
⇒世界をイスラエルへの攻撃を駆り立てる
⇒メシアの再臨へ
⇒壮大な計画完了
・イラン戦争の本質
⇒アメリカが帝国を維持する為に世界で紛争を引き起こす
⇒維持する方法はグローバル貿易を支配維持すること
⇒戦闘が長期化した場合はさらに激化する
⇒イランの民間インフラを攻撃しイラン国家としての機能を破壊
⇒イランは多くのエネルギーインフラを攻撃
⇒ホルムズ海峡封鎖、紅海の封鎖へ
⇒天然ガスのパイプラインも標的に
⇒世界のエネルギー供給の3分の1を止められる
⇒大恐慌を引き起こす
⇒アメリカの国家安全保障戦略は実際は気にしていない
国家安全保障戦略を読めば既に織り込み済み
戦略的利益を優先するという考え方
これはアメリカが世界最強の海軍を持っていることを意味する
他の国は到底及ばない
⇒アメリカは世界のチョークポイントを封じ込めるだけ
⇒世界はアメリカの意思に従わなければならなくなる
⇒貿易をするのにはアメリカの寛大さに頼らなければならなくなる
⇒アメリカはパナマ運河の閉鎖も目論んでいる
⇒ドンロー主義
⇒世界で最も重要なチョークポイントのマラッカ海峡
⇒第一列島線を構築し軍事化することで中国を抑止し封鎖
⇒日本の再軍備を進めオーストラリアや他の国々と協定を結び兵器を増強
⇒全てアメリカが中国への抑止力として奨励している
⇒アメリカは中国を破壊したい訳ではない
⇒アメリカは中国に米ドルを購入させたい
⇒中国はアメリカから購入せざるを得なくなる
⇒アメリカと貿易協定を結ぶ必要性が生まれる
⇒グリーンランドを占領し中国とロシアを北極経由での西半球アクセスを遮断
⇒北極圏の支配権も掌握 鉱物や石油を牛耳れる
⇒ジブラルタル海峡も戦略的なチョークポイント
⇒アメリカはモロッコと協力関係を強化する協定を結ぶ
⇒戦略的利益を優先し世界のチョークポイントを支配する
⇒グローバル貿易の支配完了
アメリカの権力を維持したいという地政学観点の推論ですが、私は人口削減(調整)をメインとした茶番であると思っていますが、
取り敢えず、地政学的見解でも、起きる問題の部分は一緒なので、
兵糧攻めからの食料危機という、それが、その先にあるのが、餓死。
つまり、大勢が死ぬ。(⇒人口削減に繋がる)
今回のイラン戦争で言えば、長期化すれば経済的損失も計り知れませんから、どれほどの人が職を失ったり、倒産したり、自殺する人も増えもすれば、餓死する人も増えるのか。
もちろん、単体では追い込まないと思っていますし、ジワジワとやるのが上の常套手段なので、上もどうしようもないんだという大義名分の建前口実を作らないといけないので、
で、教授が言ってることが今後も起きれば、次から次へと仕掛けて来ることにも重なりますし、
私はジワジワ作戦と勝手に言ってますが、一気に仕掛けるとか、何か1つで全滅させるくらいの思考が働く方もいますけど、中国との戦争も本当に起きるんじゃないかと、またこの説が過熱していますけど、教授さんも言っていましたが、とにかく不安を煽って、一触即発の演出もして、防衛費だとか、核を持つべきだとか、戦争でもするんじゃないかくらいの紛争演出をするんです。
国民からお金を巻き上げる為に。
日本が中国に戦争で勝てる要素など1ミリもありません。
でも何故、中国は日本に対して武力行使をしないのか。
戦争犯罪人になるからです。
日本はガバガバなので内部的侵攻をやれば良いだけだからです。
尖閣もガバガバなので紛争演出をしておけば良いだけだからです。
解決させてしまったら軍事費を国民から巻き上げられないからです。
プロレスごっこをしているんです。両国とも。つまり茶番なんです。
尖閣も50年以上やっているんです。
アメリカも中国に制裁を加えないですし、TACOすらない何の脅威も感じられない牽制程度で、それどころか媚中親中で売国しまくってますよね、日本も。
アメリカに操られてるという反発が起きないようにと、内政干渉はしないという話みたいですけど、まーーー都合が良いですよね。
アメリカの利益になることであれば、弱々口だけ批判演出(尖閣⇒防衛費⇒アメリカ)、アメリカの不利益とは大してならない売国程度であれば、内政干渉はしないという、国としてのまともさアピ。
でも日本から絞りに搾り取っている。米国債保有額も日本は断トツ1位。
もちろん建前はありますけどね。
でも日本は買わされているというのが現実。
何かしらのズブズブの裏の関係が三国間でない限りはこうはならないんです。
私は、こういう所を着目しているので、これだけじゃないですけど、裏ではズブズブのズブ友だと思って来たので、上同士は。
国家間というよりも、その上の、ここも人。と、お金。と、支配。
暗黙の了解説もありますけど、それでも茶番ってことになりますから。
これはプロレス、プロパガンダであると、ここも国民意識にもなっていればまだ良いですけど、日本人なんてまともに受け取っちゃって、ヤフーニュースの記事でも真面目に論じちゃってますからね。どう考えてもおかしいでしょうよって話なのに。でも、陰謀論的な話をする人が現れると扱き下ろしが始まる。
権威や著名な人たちの発言や情報を鵜呑みにし、テレビやネットの洗脳も強すぎて、そのおかしさにも全く気付けない。
余りにも情報格差や、思考格差が大きすぎて、自分で調べて下さい、少しは自分で考えなさいと言いたくなるような、超低次元な質問まで生まれている。
この洗脳を解くのに、どれだけの情報を与え、どれだけの時間を掛けて理解へと結び付けて行くのか。コロナのデジャブになりますし、様々な情報から紐解くなんて、もう正気ではやれないと思いますし、こればかりは、年数を掛けた、積み重ねをして来た方達でないと、追い付くに追い付けない。
ただ、全ては茶番で全てはシナリオで、全ては計画で策略で陰謀でしかない。
でなかったら、この世はとっくに平和になっているからです。
単純明快なのです。この本質にすら考え行き着かない。
国民を上手く騙し、洗脳し、従順にし、似非平和を創り出して来ただけ。
より効率よく搾取しながら、権力を持ち、支配する為に。
んがしかし、今はまた別のフェーズに進んでいる。
機械やAI化で、人間の代替となる物が作られると、その目処が立つと、
だいjbふそなknという作戦に移行する。
日本はアメリカ様の玩具なので、教授が言っているように日本は実質見捨てられているともなれば、何処かで代理戦争で使われる可能性もあります。
ロシアはウクライナ。中国は日本。のように。
米国債を買わせながら、軍備も拡大し、来たる日に備えて。
核共有も何処かでやるのかも知れません。
もちろん、ゲームとして。茶番として。
つまり意図した陰謀として。
ユーチューバーさんの動画で、核攻撃の話もチラッと出ていましたが、それはまず考えられませんが、ただ、この世はいま終末に向かっているという終末論や、アメリカやイスラエルの動向を見ると、グレートリセット、新世界秩序、これを戦争という形から本格的に開始した可能性を以前お伝えしましたが、
実際に、地政学的にもそうなっていると、第三次世界大戦に入ろうとしていると、多くの死者を生み、事実上リセットのような形になると、それは新世界、ニューワールドオーダーであると。
核使用も、もしかしたらあるかもしれないと。
これは、~5年~10年の間に起きると。
つまり、2026年~2036年の間。
言えるのは、もしこの教授の説が正しかったとしたらですが、
ここからの10年間が地獄になるということです。
飽く迄も、表向きに言えば、戦争利益とか、覇権争いとか、メシアの再臨だとかの宗教的なシナリオと絡めた、ここでもユダヤの存在が肝になってますけど、最近はそれすらも茶番に思えていて、
というのも、もうほんと、しつこいくらいに出て来るので、この人もユダヤ、あの人もユダヤ、その人もユダヤ、ユダヤユダヤユダヤ、自分で調べていても、自分で発言する時も、もう口に出したくないくらいになって来ていて、
ここまで来ると、ユダヤ人の凄さを象徴しているようにも思えて、でもそれは、新世界秩序へのフェーズに入りましたよ~というアピールにも思えて、
もちろん善良なユダヤの方もいる訳ですけど、と言いますか、これもプロパガンダが発動してるんだろうなと、そこも踏まえると、反ユダヤからのという、ここも教授の言っている説も濃厚になって来るなと、
もっと言えば、ユーチューバーさん自体もプロパガンダになっていて、
この教授さんもプロパガンダになっていて、という可能性もあって、
つまり、私もプロパガンダの一員になっていて・・
となると、全ては誘導されていて、という・・・
ここ最近は情報を入れることすら怖くなっていて、フェイクニュースも多すぎて、生成AIの精度もリアルと区別が付かないくらいになっていて、Twitter上でも皆さんGrokを使ったファクトチェックをされていますが、
情報が錯綜していて、インプ稼ぎや、工作員や、無自覚、また、明らかな陰謀論者に成り済ました、何の根拠もない、陰謀論ですらない、ただの噓八百のデマを流し続けている人達や、AIの進化も凄くて、もう、一見すると生成AIなのか分からないくらいの物まであって、その中で、より権威の情報のほうに信用性が増して来ていると感じていて、
余りにもフェイクが多すぎるので、信憑性0の、可能性0の陰謀論も多すぎて、権威よりの情報を出さないといけないという意識になっていたり、でも、ある部分では、AIで調べても、長年調べて来たことも全然情報が出て来ないし、予め知識武装してAIを追い込まないと、アホほど質問を重ねて矛盾やおかしさを突っ込んで行かないと、AIもまともな回答を出して来ないとか、AI自体が権威側にバイアスも掛かっているので(過去ブログをお読みください)、
事実にも真実にも本質にも迫れないし、AIのコントロール(操作誘導統制⇒洗脳に繋がる)は既に始まっていますし、でもAIのほうがよっぽど、ある次元まではまともな情報を出してくれたり、公式の情報も正確に出してくれますし、権威が出している情報であれば皆さん何の疑いもなく受け入れてくれますし、私も公式の情報を出す時はAIで調べたほうが、あらゆる情報をまとめた正確な回答を出してくれるので、便利すぎてブログにも挟んだりしていますが、
ただ、昔書いていたブログを再投稿する時に、自分自身がかなり偏ったバイアスに掛かっていることに気付き、これすらも誘導されていたんじゃないかと、何の確証もないことなのに、上が出している情報を鵜呑みにしていたので、
もうなんか、疲れてしまって、昔は、知識を入れるのが本当に嫌で、誰かの思想だとか、誰かの考えだとか、歴史もコロコロ変わったり、テレビが人の価値観だとか、思考、思想、精神を創り上げている洗脳ツールになっていると気付いてからは尚更で、その当時は、疑問形にする、考える要素に繋げてはいましたが、本当にデマばっかで、裏の情報なんて本音なんて絶対に出しませんし、インターネットを使うようになってからは、精神医療に関しても、日本と海外ではまるで情報が違っていて、Wikiの情報ですらもまるで違って、なんなんだこの国はと、ただ、自分の考えていた、精神病の実態だとか、自分で考えた治療の裏付けとなるような情報も沢山あったことで、自信にも繋がっていたので、そこまでは良かったのですが、
昔は、インターネットで陰謀論を、いや陰謀論ですらなく、海外では当たり前の事実のように歴史をつらつらと書かれていて、でもトランプ政権になってから、いや、それ以前の911の陰謀の記事を挙げている人を何人か見て、当時は、こんなことがアメリカでは囁かれてるんだぁくらいでしたが、
元々、都市伝説が大好きだったので、精神病のことを海外で調べている時に、関連記事から次から次へと、と言った感じで今世間で囁かれている陰謀論を、より深い記事にも嵌まり散らかして行って、当時は目から鱗で、天変地異くらいの衝撃の毎日なって、本当の歴史を、本当のことを知れるような気分になって、面白さ半分、怖さ半分みたいな、今までの常識が引っ繰り返るみたいな、
でも、そこも自分で考え気付いて来たことの裏付けにもなっていて、スポンジのように吸収して行って、コロナきっかけで今では表に出せるようになりましたが、当時は、今ですらありますが、世間との情報格差が激しすぎて、日本の洗脳が半端なかったので、口に出してしまったら、精神異常者のヤベー奴にされるので、小出しで、こんなことを言ってる人もいるみたいですよ、とか、こういう説もあるみたいですね、とか、
あと、精神医療のことでさえも、開業前にも口に出してみたら、馬鹿にされ、笑われ、バッシングされ、開業後でもありましたが、ただ、精神医療の歴史だとか、薬に関することを全面的に出す必要はないとは思っていたので、薬って怖い側面もありますよ、減薬断薬を念頭に置いて下さいねくらいに内容を変えて、それでも叩かれていた時期が長いことありましたが、
で、トランプ政権になる前くらいには、アメリカのほうでは陰謀論が過熱していて、論ですらないくらいの根拠だらけでしたが、その後で、コロナ禍から日本でも陰謀論が少しずつ広がり、且つ、爆発的に広がり、YouTubeの規制だとか、Twitterの規制だとか、とんでも世界になって行きましたが、
まだ当時は、都市伝説級の話みたいな感じで、でも日本でも一瞬で陰謀論者レッテル貼りが起き、そこから世紀の、権威論者VS陰謀論者(少数)が巻き起こり、私も裏垢を作って加勢していましたが、表舞台で発信されていたお医者さんもいて(内科医)、多くの国民が気付き、それでも権威の力は凄まじく、この中身や流れは壮絶で、それでも最終的には権威論者大敗北となった訳ですが、
ただ、この大陰謀に触れてもなお、それ以外の、政治や、企業や、組織がどれほど腐っていたのかが分かってもなお、芸能界などの闇も触れてもなお、それはそれ、これはこれで、未だに権威マンセー状態の人達が大勢いて、
著名な人が、何をしようとも、何を言おうとも、未だに影響力を持ってしまう程の数字を持ってもいて、メディアの力、時の流れ、エンタメ力、そして国民の浅墓さ、短絡さ、資本主義の強大さ、お金の強大さ、洗脳の強大さ、
それでもブレずに、風化させないように、ずっと発信されている方達もいて、あらゆる分野で1人1人が闘われてもいて、ほんとに正義感の強い、尊い存在だと思っていますが、
その後も、ブログに書いたと思いますが、陰謀論自体も検索に引っ掛からなくなり(陰謀論叩きをする権威ページしか引っ掛からなくなる)、昔は、反対意見も普通に1ページ目に幾つか出ていたのですが、それが全くなくなり、情報戦争が始まったと思い、なんなら敗北したと思い、検索ワードを洗練させたり、自分が信用していた、あの人の記事だったらとか、情報発信をされてる、あの人の名前をあれこれ調べたり、思い出さないといけなくなり、
ですが、相談上でも言っていたのが、まずは自分で考えてみるという事と、そして調べるということ、でも、この調べることには条件を付けていて、最低でも5人以上の意見を見聞きする、当然、権威側の意見も見聞きする、多ければ多いほど良いと、10人くらいの情報を集めながら、自分でも考えて精査して、可能性や信憑性を高めて下さいと、
ですが、情報規制や統制される事によって、今度は、情報を拾う相手が少なくなり、より情報量の多い、しかも頭も良い、しかも肩書き持った方のところに集中的に人が集まるようにもなっていて、
しかもその後で、不穏な動きが多々あって、完全にあちら側に陥落したと思える内容が幾つもあって、でも、それでも、その人の言ってる情報が群を抜いていることから、視聴者たちはみな飼い慣らされていて、
いやほんとに、上のすることって本当に天才的なんだと言って来ましたが、誰も彼もが巻き込まれるくらいの、もう既に、現実に気付いていらっしゃる方もいますけど、どの選択を取るのが最善なのか、今はどうして行くべきなのか、なんとか、上の意図や、やろうとしている事を考えてもらいながら、その中で、私もどっちで促して行ったほうが良いのかと考えてしまうのですが、
もう、その答えは過去ブログで書いてますけど、悪道に乗っかるパターンであると殆どの方が淘汰されて行くので、これは少し考えれば解ると思います。
ただ、こんなこと言ったら真面目に殺されそうですけど、詳しくないので分からないですけど、古代イスラエルの旧約聖書に書かれてる予言通りに事を運ばせているのだとしたら、どんだけ悪魔やねんって思うのですが、メシアを再臨させる為にやってるなんて、そんな陰謀論よりも現実味のないことを、ほんとなのかなぁって、
でもこれも、悪の所業だけども、淘汰される人間と、淘汰されない人間の線引きを行っているとも言えて、それは優生思想が働いてもいて、それは日本人にはチャンスがあるとも言えて、ほんとに最低最悪な行為ではあるんですけど、
陰謀論界隈でも、コロコロも、ワクワクも、それを一早く察知できる能力だとか、なんかおかしいと気付ける能力だとか、社会の常識や流れに反したこと、常識に囚われない、周りに流されない、そういう人は生き残ると、でも、まだまだこの作戦は終わらない、そこからどういった行動を起こせるのかだとか、そこも線引きにしているんじゃないかと。
お金に走ったとしても、今後の流れでも生き残れる巨万の富を持った富裕層。
お金に走らなかったとしても、今後の流れでも生き残れるエコな貧困層。
この間引きと、選別を行っているんじゃないか説です。
これも実際にその流れが事実上起きているので、今後もっと起きる可能性が高い訳ですけど、本当に教授の言っているような世界が、5年10年で起きるとするのであれば、間違いなく、この選別も完了することになりますから、それほどの地獄、大恐慌、何より食料危機が来るという話で、
つまり、これらが、優生思想を筆頭に、選民思想だとか、人種差別だとか、排外主義だとかにも繋がっていて、まさにそれを上は断行している訳ですが、それに流されている国民も、内政的にも外政的にも煽り散らかしていて、まさに上の思う壺になっていて、この思想領域すら抜け出せない層が大勢いて、
一応、忖度しながら伝えては来ましたが、正直言ってしまうと、デモをしている暇があったら、他にすべきことがありますよね、となるので、もちろん、そのすべきことをしながらやってらっしゃる方もいるとは思いますけど、
あと、これも伝えて来ましたが、政府に対してずっと不平不満や愚痴を言うだけの人達とか、変えられる訳もない日本の政治家に期待して賛同して、盛り上がってるだけの、誰か任せにしてる人達だとか、関係のない国民にまでヘイトを向ける人達だとか、事件とか犯罪とかテレビでやるスピン的な情報に踊らされて、正論言って自己満足を得ている人達だとか、叩きまくるだけの人達だとか、そんなことをやってる暇があったら他にやるべきことってありますよねという、もう、それくらいの現実を突き付けられてもいるので、
ただ、未来予想を言ってしまうと、不安を煽ってるとも言われてしまう事もあり、でも、どうしても生き残ってほしくて、こんな状況でも幸せにはなれるから大切な心も持ってほしくて、自分は良かったとしても、子供が地獄を見るなんて、そんなの、誰だって望まないと思いますし、
教授の言ってる通り5年から10年であれば尚更ですけど、今からなら間に合うので、イーロンの言ってることも、あながち間違っていなかったとしたら尚更になってしまうので、私もずっと言って来た、AIの進化加速定着度合いで変わるという、要は、人間の代替となるレベルにまでAIや機械が達すれば、人間は不要になるので、消費しまくる汚物垂れ流しのゴミ人間はいらないので、地球や自然の害でしかないので、地球を汚すのも、自然をどう汚すも、上の人間だけは許されるとなって行くので、
私は責任が取れないので、家庭菜園くらいから始めてみるのは如何でしょうか、としか言えませんが、1鉢でも2鉢でも。
そんなの意味ない!って言う方もいるかもですが、国民ほぼ全員が家庭菜園を始めて、農業に転身される方などもそうですけど、自給率が上がれば、食材の値段は上がり辛くなりますし、もちろん、農薬や肥料まで使わない場合は生産量は落ちますが、サツマイモやジャガイモの栽培だけでも良いと思いますし、海鮮だとか、川魚だとか、山菜だとかキノコ類なども併せれば、飢餓で息絶えるということは、かなり減らせると考えています。
今、求められているのは、国民食料総生産。
ほんとに、それが出来るのか出来ないのか。
ここが1つの大きな線引きにもなると思っています。今後の。
輸入もするとは思うので、壊滅的な状態にはならないと思ってますが、ただ、諸外国でも食糧不足になる訳で、仮に輸入できても追々は高額になりそうですし、農薬添加物バリバリの物でもありますし、5年後10年後なんて、もっと農家さんが減っているでしょうし、ここも国民次第ですけど、
海に近い人達だとか、山に住んでる人達が、海鮮を取ったり、川魚や、鹿や、イノシシや、山菜などで食い繋ぎ、都会から田舎に向かって来る人達も急増しそうですし、海釣りする人だらけになったりして。
ここまで来ると食べる事に必死になり、田舎暮らしも甘受するんですけどね。
それはそれでサバイバルみたいになって楽しそうですけどね。
ま、最悪な事態を想定した話です。戦争、疫病、注射、地震、IRなど。
私は何でも楽しんでしまう性格なので、
虐めの時も「今日も虐められに行くか~」と開き直っている時期があったり、
精神病の時も「自分の気付いた理論で治るかどうか証明してやる」だとか、
ま、虚勢も張っていましたけど、何事も、考え方1つ、心1つなので、
あと、人をコントロールするのに打って付けなのは、人の心の弱みを握った時の宗教ですから、宗教問題なんていうのは日本だけでなく世界中でごまんとあり、お金だけじゃなく殺人も普通にしてますよね。恐ろしい限りですけど。
これくらい盲目的に、狂信的に、熱狂的になれるのが宗教でもあるので、
私も、自分の中での宗教や(信仰⇒私の言葉的に言うと信念)、あと、私の中では、「私が思う神の存在」も確信していますが、
(人なのか人知を超えた存在なのかは分からない⇒人間や動物や自然を創造した何かがあるというのは確信している。出木杉君にも程があるので。)
だからと言って、誰かを殺そうだなんて思いませんし、己の信じている信念を誰かに否定されようとも、それは理解が生まれるまではしょうがない事だとも思っていますし、神の存在も信じていない人が日本は特に多いですが、私も元々そっち側だったので、気持ちとか考えは十二分に理解は出来るので、
ただ、神の意図だとか、人間に与えたメカニズムだとか、その辺くらいは知ったほうが良いと思っていて、決して人類の進化で説明できる物ではないので、流石にアホすぎて話題にも出したくないくらいですけど、ココナラで書いているかは忘れましたが、まだ進化論を信じている方はお読みください。
で、宗教って実は人間にとってめちゃくちゃ大事で、人間の生きる指針となる、ある意味、教師的な、親的な存在でもあって、私の場合は「心の教育」と言ってますけど、
善悪に留まらない、宇宙的な、科学的な、かなり先端を行っている、俗に言う「悟りの境地」(神が創造したメカニズム)の教えが詰まってもいて、
その中で、人の弱みに付け込んで、壺だとか、聖水だとか、とんでも金額で買わせていて、もともと宗教というのは精神世界の話ですから、物質を伴わないのが本来のあるべき姿で、仏教でも僧侶は一切の財産を持たずが基本中の基本で、でも、歴史を見て行くと、悩める子羊が一杯いて、
親とか子供とか自分の病気だとか、天災とか疫病とか飢饉とか、そこで宗教の存在が役にも立っていて、でも衣服や食や住居を超えるお布施の文化まで出来て、また法事とか葬儀とか戒名だとか、アメリカ様の近代化資本主義が導入されたことも相まって拍車を掛けましたけど、それがとんでもない金額にもなって坊主丸儲け。表向きにはカブに乗り、裏ではスポーツカーに乗るみたいな。
宗教の存在や、在り方もぶっ壊され来て、宗教の不正だとか、お金の問題だとか、洗脳だとか、私自身も親がそうだったので、自分で考えるようになった後で、宗教なんていらないと、己の宗教を、みんな自分の中で作れば良いと、でも考えることだけは止めたらいけないと、
なんでかと言いますと、必ず同じ思想や、次元や、理念に行き着くことが分かっているので、しかも、自分で考えて気付いたことって一生物になるので、ただ、この欲望だらけの世界に生きていると自分で考え気付いたことすらも忘れてしまったり、すぐにまた欲に流されてしまったり、
自分の書いていた本とかブログに教えられてしまうこともあって、なんとも情けないですけど、自分の言葉に救われた時もあり、ほんとに考えることをやめたら、この時代に、この社会の中で生きていると本当に危険なんだなと、本当は環境を変えないといけないくらいで、これも当時、深く深く気付いていて、
とにかく、自分で考え気付くというのは、人間にとって物凄く大事で必要な、人間の基本思考であると思って来て、疑問形にすれば良いだけですから延々と。
コツが掴めれば延々と疑問形に出来て、それが宇宙の事にまでなって来ると、得も言われぬ恐怖に襲われるでしょうけど、これ以上は考えたら駄目ですよ~みたいな、とにかく延々と疑問を繰り返し、答えを弾き出し、その答えもまた疑問形にして、全ての物事で考え抜いて、己の思想や哲学や宗教を生み出す。
結局、自分の病から、恩師の言葉から疑問が始まって、あと、宗教でも、お釈迦様でも、スポーツをやってる人でも、建築のお仕事をされている人でも、お医者さんでも、どの分野でも疑問形にしてるんですよね。
なんでこうなるのか、どうしてこんなことが起きるのか、どうすれば解決できるのか、何が必要なのか、何が駄目なのか、何をしたら良いのか、などなど、などなど、などなど。
これが思いやりの心も育み、想像力も生み、原因の究明だとか、抜本的な解決策だとか、アイデアだとか、人間にとって大切な精神だとか、全ての分野で同じ思想も生んで、だから優しさだの、思いやりだの、愛だの、みんな「知識」では言うわけで、
ただ、達観した答えが出てしまっていると、それを人は「知識」として共有してしまうので、これがまた大問題だと気付いて、偽善を生み出しますから、口だけの、心が伴っていない、ここでもドラマの見過ぎ現象が起きるので、
なんで人は優しさが必要なのか、思いやりが必要なのか、愛情ってなんぞやと、答えから疑問形にして考えて行くというのもありです。どうして失われるのかも。
もちろん、理念とも言える思想が生まれても、この危険な欲深き社会の中で生きてると偽善になってしまったり、忘れてしまったり、口だけになってしまったり、思いやりの心を悪用したり、などなどありますから、子供に心の教育をする場合は、基本的には本人に考えさえ、ひたすら疑問形になるように質問を投げ掛けながら、深い所まで促します。
とにかく考えさせる。学校の勉強なんて5の次、10の次ぐらいでよろし。
くらいに大切です。本当は。どうでもいい勉強ばかりさせられていますけど。
今はそんなこと言ってる場合じゃない!と、また思われる方もいらっしゃるでしょうけど、なんで私がこうも落ち着いていられるのかで、
これも、自分で考え気付いて来た、ひたすら疑問形にして来た結果なんです。
たかが人間なので、どうせいつかは人は死ぬので、死をどれだけ避けようとしても死ぬ時は死ぬのが人間なので、
やるべきことをやる。それくらいしか誰も出来ません。
各々でやるべきだと思ったことをしながら、後は精一杯、人生を楽しめば良いんです。
上のすることも止められようがないですからね。
ジタバッタするなよ!世紀末が来るぜ!、なので、なるようにしかならないんです。
ただ、不平不満や愚痴を吐いているだけというのは時間が勿体なさ過ぎるので、意識をシフトして、自分がすべきこと、自分がしたいこと、そこに時間を使って、少しでも人生を楽しんだほうが良いです。
なるべくお金の掛からないことで。
いや、住む場所があり、空腹を凌げるだけで十分ですが。
いや、その空腹を凌げない事態にもならないようにという話でもありますが。
いや、それもしながらの、皆さんの力が必要ですが。
【すみません もう一個】
昨日、ある問題が気になって、YouTubeのほうで取り上げられているのかと、
無くて、関連する動画を観て、特定のカテゴリになるので詳細は省きますが、
あることを熱心に、ご夫婦でされている方で、それを動画上で、そこまで表に出すの?くらいに、詳しく説明されていて、
でも、血が通ってないみたいな、ロボットみたいな、お金お金お金、数字数字数字、内容を聞いても、何が楽しくて生きてるんだろうって思えてしまって、
お金の為に生きていて、老後の為にも生きていて、その為だけに頑張って働いてるみたいな、完全にお金に蝕まれてしまっているんだなと、
しかも、超真面目そうで、堅実で、勉強もできそうな、賢そうな御二人で、
でも、笑顔はなく、淡々としていて、感情を忘れてしまったかのような、
ずっと毎日、頭の中は数字数字で、ずっと数字の計算をして生きてるのが分かり、見てて、しんどくなって、ブラウザを閉じたのですが、
皆さんは笑っていますか?楽しいことってありますか?
幸せだなぁって、嬉しいなぁって、孤独であっても、こんなんでも最高やねん!って思えていますか?
ご家族がいて、一緒に過ごせるだけで幸せ、有難いな、楽しいな、子供が可愛すぎて最高だな、
そんな一時ってありますか?
この世界の情勢を受け止めている中でも、
こういう時ほど、こういう時だからこそ、答えをシンプルにして、
今ある幸せを考え直して、見つめ直して、大事にして、
今、困難に直面している方もいらっしゃると思いますけど、
未来はどうなるのかと、物凄く不安になっているかもしれませんけど、
すべきことだと思ったことをする。それ以外は、なるようにしかなりません。
ただ、いま生きているということは、
仮に収入が少なかったとしても、生きられているということは、
良寛さんのような精神に近付けることも出来ます。
どうせ比べるのなら、良寛さんと比べて下さい。
お金持ちの方と比べても碌なことにならないですから。
死にたいと思っている方はドキュメンタリー番組もお勧めしますが、
それでも、良寛さんを知って下さい。
なんで宗教が必要なのかの意味も見えて来ると思います。
ま、金金の、クソばかりの宗教が多いですけどね。今は。
世間や周りに流される度に、社会に流される度に、思い出して下さい。
もう働けないんだと言う方は、生活保護を受けて下さい。
国は税金をやりたい放題使っています。何も引け目に思う必要はありません。
車も買えない。それでも良いのです。車なんて歴史からみれば70年程度です。
車に乗れないからといって不幸なことではないのです。
現代の産物に過ぎません。
新しい服が買えない。それでも良いです。ボロボロよれよれでも良いんです。
住んでいる所が狭くて小さくても良いです。雨風暑寒が凌げれば最高点です。
宗教みたいな話になってしまいますが、人は欲を持つと苦しみます。
生活レベルが下がるだけでも人は苦しみます。生きて行けても。
私はひたすら自分の欲を排除して来ました。
苦しかったですが、欲が少なくなる分だけ、心は楽になりました。
今は、物質的にも、もっと少なくしようと思っています。
断捨離もやはり最高ですね。物が少なくなると何とも気持ちが良い。
我が家の業や、自分の業を、悪い念を取っ払っているような気がします。
やはり物が多いというのは重苦しい。一度始めると全て捨てたくなります。
___
【断捨離】
・語源はヨガ
断行、捨行、離行、という修行概念。
断:不要なものが入ってくるのを断つ
捨:今ある不要なものを捨てる
離:物への執着から離れる
つまり、本来の断捨離は「物を減らすこと」自体ではなく、
物との関係を見直して、執着から自由になることが核心です。
___
私はいつも、大昔の人達のことを考え、想像して来ました。
考えると、どれだけ今の状態が満たされているのか、有難いのか、
ちっぽけな事でも感謝ができて満たされます。
蛇口を捻れば水が出る、恵まれ過ぎですよね。
夜でも部屋の電気が付いている。どんだけ便利なんですかね。
暑ければ扇風機がある。たまんないですね。
暑すぎれば冷房がある。天国かと思います。
そしてまた、昔の人達のことを考えると、良寛さんを思い出すと、
深く感謝ができ、手を合わせている自分がいて、父親や母親や、
姉たちや、今まで支えてくれた人達や、
家や部屋にある物を作ってくれている人達や、
食べ物でも何でも、これ以上を望むなんて罪深すぎると思えて来ます。
ほんと、宗教的な意識に偏ると、物の見方が激変します。
不幸だと思っていたことが、不幸どころか幸福すぎると思えて来ます。
これも、考え方1つ、心1つで生み出せる。
ただ、どれだけ自分が流されているのか、人間の本質を見失ってしまったり、資本主義の便利で豊かな生活にも流され過ぎると、他者とも比較してしまい、苦しんだり、不安になったり、碌なことにならないのです。
お金に救いを求めてしまいますし。
お金に偏りすぎて、お金が無くなってしまったら・・になりますし。
この世の終わりみたいな感じで書いてしまいましたが、
今でも十二分に満たされているということです。
もし仮に今後の世界が地獄になるとしたら、
その地獄が地獄じゃないようにして頂きたいのです。
それは考え方1つ、心1つで生み出せるということ。
「サバイバルを楽しんでやるぜ!」なんて方もいます。
「お金が掛からないように追求してみます」なんて方もいます。
「極貧になっても家族がいればそれで良いです」なんて方もいます。
「もっとお金を稼いでやる!」なんて方もいます・・
考え方1つ。心1つ。
さて、無料情報取られまくりバチボコ洗脳ドラマでも観て寝ようと思います。
最高に贅沢で面白いんですよ。しょうもなさ過ぎて。
私にとっては、何の緊張感もなく適当に見れる、最良の睡眠導入なんです。
もちろん学びのある正統派のドラマや映画も好きですけどね。
孤高の精神世界も愉しんでいます。どう楽しむのかはタダですから。
これも考え方1つ。心1つです。
【しょうもないついでに】
タモリ論争がどうという話があったので言わせて下さい。
こんなことですら議論になるんですね。
私もブログで話して来てはいますが、人の感性なんて如何様にも変わる。
本来であれば、これで話は終了です。
パグを見て可愛いという方もいれば、気持ち悪いという方もいる。
蛇を見てカッコ良いという方もいれば、怖いという方もいる。
10年前に読んだ本に激嵌まりしていたのに、10年後に読んだら何も面白くなくなった。
逆に、10年前は面白いとは思わなかったのに、10年後に観たら面白いと思った。
美的感覚も、笑いのツボも、食もですが、思い出補正、好み、慣れ、年数、年齢、経験、出会い、様々な物で様々な状態で、人の感性は如何様にも変わる。
ただ、1つ思って来たのは、「良い物は良い、面白い物は面白い」と思えない感性は勿体ないなと思って来たくらいです。
例えば、私は洋楽が好きなのですが、高校の頃に友達の貸してもらったCDの1つに激嵌まりし(友達に感想を言わないといけないと思い、垂れ流しで何回も聴いていたら※レイジアゲインストザマシーンの1stアルバム)、
そこから少しずつではありましたが、ビジュアル系バンドと共に、洋楽も聴くようになり、高校を卒業する前には、もう洋楽しか聴かないくらいになっていて、日本の音楽がつまらなさ過ぎて、「聴いてられない」ってくらいになり、
そこから、800枚くらいのCDを買うくらいに洋楽大好きマンになって、タワレコで輸入するまでになり(日本版も出ていない、日本の雑誌にも掲載されていない、ライナーノーツに書かれているバンドであるとか、CDの裏蓋を外した所に書いてある、小さな英語で書かれている、カッコ良さそうなバンド名だとか、バンド名のセンスの良さとかでメモをして、それを輸入依頼)、
なんてするくらいにまで洋楽に激嵌まりし、洋楽の凄さとか、カッコ良さ、曲の素晴らしさ、鳥肌立ちまくりで、英語が音楽の響きに一番ハマる言語なのかなと思っていたくらいで、
個人的には、古今和歌集とか百人一首の平安鎌倉期の言葉が好きで、めちゃくちゃカッコ良いと思っていて、言葉自体に、川の流れのような、実際に目を閉じて言葉を聞くだけで、川の映像が出て来たり、季節を感じたり、でも、なんか言葉の配列というか響きが良くて、洗練されていて、静けさや、落ち着いた中にも高貴なイメージを感じたり、とにかくカッコ良くて、不思議な言葉で、この平安鎌倉期の言葉を使った響きに合う曲を作ったら、とんでもない名曲が作られるんじゃないかと、洋楽すら超えるんじゃないかと勝手に想像していますが、
で、当時は世界中のバンドを網羅しているくらいに好きになっていて、ただ、「洋楽しか聴かない」と言うと、カッコつけてるだとか、洋楽かぶれだとか、鼻で笑って馬鹿にする方がいましたが、(今は日本の音楽も聴いています)
冷静に考えてみて下さい。
日本のミュージシャンって横文字ばかりの名前ですよね?
歌詞にもやたらと横文字使ってますよね?
影響を受けたミュージシャンって誰ですか?ってなると、大抵は洋楽のアーティスト名を言うんですよ。
意味分かりますか。
日本のミュージシャンその物が洋楽かぶれであり、本家本元でもない、被りに被った、おパクリ模倣音楽を、馬鹿にしている方達は聴いている訳です。
もちろん、どんな洋楽を聴いても、この日本のミュージシャンは完全なオリジナル楽曲であると思うような、しかも、素晴らしい曲を作っている方達もいますけどね。
ただ、流行りの音楽理論を使ってなんて事もありますし、実はこの日本アーティストの曲は、洋楽のミュージシャンの曲をというのもかなりありますし、
ある日本の大物ミュージシャンの曲が、海外のバンドの曲と4小節被ってたかなんかで、業界でも必ずネタにされていた話もあったり、
それくらいに、洋楽かぶれなんです。日本の音楽は。
演歌とか、民謡とか、雅楽とか、それくらいじゃないですかね。日本の音楽だと言えるのは。起源までは分かりませんが。
で、日本の多くの方が、聴かず嫌いで、偏見も凄くて、
自国の音楽だけで盛り上がっているのが気持ち悪くて、「北朝鮮かよ」って、当時は思っていて、コンギョは好きですけど、
なんで洋楽に嵌まる人が多いのか、またどうして聴かず嫌いな人が多いのか。
後者は単純に、洋楽が日本で流れていないからです。
また、日本は特にキャッチーに作られているので、深みが無い分、嵌まりやすくもあれば飽きやすくもあるんですけど、「童謡ですか」といったような曲も馬鹿売れするような国なので、
また、聴いてもいないのに、CDを買うなんて人はまずいません。
要は、既に一部分でも嵌まっているのです。日本の場合だとCMが大きいですが、町中だとか、お店の中だとか、昔はラジオだとか、何回かは耳にしていて、そこでガッツリと聴きたいと思ってCDを買う訳です。今はCDを買う文化もなく、YouTubeの動画で聴いてる方が殆どだとは思いますが。
ですが、洋楽の場合であると、耳にする回数がまず少ない。よっぽど売れている物でないとCM起用もされませんし、番組中に一瞬流されることがあるくらいで、映画で起用されて、そこで気になって買う方がいるくらいで(映画のサントラ)、聴いてもいないのに、良いかもと思ってもいないのに、それでCDを買う人なんていうのはまずいない訳です。
何かの曲が気になり、アーティスト名を知り、そしてアルバムを買い、他の曲も良かったりすると、ファンになったり、そこで次のアルバムも買うという流れになる。
ただ、洋楽好きの方は、視聴すらせずに買う人が多い。
どんな曲が流れて来るのかと、それすらも楽しみにしている。
ジャケ買いという言葉もありますけど、実際にジャケットのデザインで買うこともよくあります。これも直観で、CDの中身を彷彿とさせるような、こちらの感性に訴えて来るような物であると購入に至る。
大抵は、自分の好きなジャンルで選ぶので、日本版であれば、フィルムパッケージに書かれている宣伝文句も参考にします。
また、ロックの場合は派生ですから、1つのジャンルに免疫が出来ると、他のジャンルでも聴けるようになります。派生順で聴かないと、飛ばし過ぎると、なかなか良さには気付けなかったりもします。
ちなみに、シャウトする物ばかりを聴いて来ましたが、ほぼ全てのジャンルを私は聴きますが、ジャズが特に好きなのですが、その中でも、シャウトするような音楽をほぼメインでずっと聴いて来ました。
当時は私も偏見があり、頭のおかしいキチガイが聴く音楽だと思っていて、ただ、ギターをやっていたのが大きかったかもですが、アークエネミーというデスメタルバンドと出会い、2枚目のアルバムのスティグマ―タに激嵌まりし、アモット兄弟のギターがメタクソかっこよくて、ずっと聴いていたくらいですが、そこでシャウトの免疫が出来ました。まだこの時はシャウトのカッコ良さ、奥深さまでは分かっていませんでしたが。
で、この後で、あのリンキンパークが登場し、一夜にして売れたモンスターバンドと言われ(実際は一夜ではなく地道な活動をしていた)、ヘビーなサウンドや、シャウトも、DJや、ヒップホップの要素まであったり、とにかく、この時は新しい音楽すぎて、ジャンルも、クロスオーバーロックだとか、ミクスチャーだとか、ジャンルすら定まっていなくて、最終的にミクスチャーに落ち着いていましたが、(※ジャンルは様々な見解がありますが、仮にメタルであっても、そのバンドがクラシックだと言い張ればクラシックになります)
で、当時はラップなんて聴いたことがなくて(アメリカのほうではビルボードチャートを席巻するほどの空前のヒップホップブームになっていた)、でも、リンキンのおかげでラップのカッコ良さも知れたのです。
これ以上話すと延々と終わらなくなるので止めますが、このように、様々な経験を経て、自分の持っている偏見だとか、思い込みだとか、決め付けだとか、そういった物も排除されて行くと、感性も磨かれて行き、
すると「良い物は良い、面白い物は面白い」という、より柔軟で多様な感性が生まれ、より人生が豊かに楽しくなるので、聴かず嫌い、食わず嫌いもそうですけど、好みだとか、タイプだとか、そういった物すらも超える感性が生まれると、偏見もなく、無駄な争いも少なくなります。
そして、ある時に思ったことがあります。
例えば、ギターに関して言えば、その後、2002年くらいからエモコア(エモいという言葉が日本で流行りましたがここから来ています※諸説なし)、また2004年くらいからメタコアがブームになり、数多くの素晴らしいバンドを輩出し、またメタルは一度ブームになると長くなる説があり、実際にかんなり長い間ブームとなって私もずっと聴いていて、その中で、Djentという物が流行り(ジェント:多弦ギターの7弦8弦を歪ませてジェジェと鳴らす)、
YouTubeの登場から、ペリフェリーというバンドのギターリストがジェントのブームを起こし、サブカルチャー的に流行ったのですが、流行ったどころじゃないくらいに流行ったのですが、このブームからYouTubeで挙ってギターの腕前自慢、技巧派ギターリストがわんさか出て来て、変拍子の嵐、ライトハンドの多用、スウィープ、ハイブリッドピッキングなど、
日本で言うとイチカ君が有名ですが、ポリフィア、アーロンマーシャル、プリニ、ジェイソンリチャードソン、ライアンシュー君、トーシンアバシ、マニュエルガードナー、ステーブT、などなど、個人的にはMAXオストロ君が最強だと思っていて、スティーリーダンに即加入できる程の腕前だと、あと、リーサーXという、まだ小学生だったか幼稚園児だったの、とんでもギターリスト日本女子も出て来て、ほんとに冗談抜きで、このジェント界隈だけで15年以上嵌まって来て、
で、話が逸れましたが、ほんとに異次元のギターリストが沢山出て来たと同時に、ただ、単純なリフであっても、めちゃくちゃカッコいいフレーズを生み出すギターリストもいて、それはそれで素晴らしいなと、
あと、昔は、ボーカリストに関しても、唯一無二な声質とか、歌唱力だとか、声量だとか、努力では何ともならない領域だとか、ただ、ある時に、韓国ドラマの挿入歌で、もっそい単調な歌声で、抑揚もなく、声質も普通で、歌唱力もなく、素人のほうが上手い人がいるくらいだと思っていたのが、ドラマ補正もあったと思いますが、なんかあの曲がまた聴きたいと思い、調べ、聴いたら、異様に心地良いなと、この普通な感じが逆に良いなと、なんか落ち着くなと、そこで、こういう良さもあるんだなと気付き、これもまた、みんな特別理論にも当て嵌まる訳ですが、
あと、それ以前に、明石家さんまの番組で、街中の該当インタビューから、自分の人生や出来事を替え歌にするコーナーがあり、その中で、ある男性がいて、かなり人気になっていましたが、独特で個性的で、初めは歌詞の内容が面白くて私も笑っていましたが、その番組を当時録画してあって、ある時に、またあの人の歌が聴きたいと思い、聴いたら、何故かその時はハートを感じて、感情が、気持ちが乗っかっていて、笑えなくて、何度も繰り返し聴いてしまうくらに嵌まっていて、この時に、音痴だろうが、リズム感がなかろうが、関係ないと。これはこれで物凄く魅力的な、人を惹き付ける音楽になっていると、気持ちや感情が乗っかると、それだけでも素晴らしい音楽になるんだと、
また、ディルアングレイというヴィジュアル系バンドがいて、当時、音楽の不景気も相まって、ヴィジュアル系バンドが海外進出するという、海外で勝負するという流れが起きていて、悉く失敗に終わっていて、そりゃそうだろうと思っていましたが、
ですが、ディルアングレイはずっと頑張っていて、当時流行っていたヘヴィロック路線に変えていたり、シャウトも取り入れていたり、正直「しょぼ」って思っていましたが、
その後も、私が好きだったバンドなどのツアーだとか、ちょくちょく顔を出していて頑張っているのは知っていて、関心が無かったので聴いてもいませんでしたが、
で、何年かぶりかにディルアングレイのことが調べたくなって、どうなってるんだろうと、したら、まだ活動していて、まだ頑張ってるんだと、で、ライブ映像を観たのですが、それが引き込まれて、カッコ良くて、大化けしていて、なんて言うか、魂を感じて、感動してしまって、「努力の人だ..」と思って、
そこでWikiを調べてみたら、めっちゃ活躍してて、確かにあれだったら世界に通用すると、この時に、たとえ昔がどうであっても、10年後でも大化けする人もいるんだなと、決め付けたらいけないと思い、その後も、似たような経験を幾つもして、人は変わるんだなとも思い、
こういった経験でも人は感性が変わり、幅も広がり、でも、決め付けたり、思い込んだり、聴かず嫌いであったり、特に日本人は偏見が酷いので、すると、人生の幅も狭まれば、人間としての幅も狭まってしまう訳です。
「良い物は良い」「面白い物は面白い」とも思えない。
環境だとか出会いだとか、経験に左右される部分が大きいので、
若い時は致し方ない面や、全ての良さを知るなんてことは難しいですし、
ただ、音楽というのは、唯一と言って良いほど、言語の壁も超える、
好みすらも一瞬で超えて来る存在と言えて、これも挑戦ですが、
他ではシャウトの話を投稿しただけで、フォロワーがバコンと減って、
もうほんと悲しくなりますが、
てことで、今まで真面目な話ばかりして来て、自分も疲れちゃうので、
少しでも人生の幅を広めて頂きたく、良い物の幅も広くして頂きたく、
偏見も取っ払い、好みすらも取っ払い、柔軟な感性も獲得して頂こうと、
自分が名曲だと思っている物を厳選してお届けしたいと思います。
基本的には世界中で売れている売れ線ばかりをお届けします。
関心がある方は是非ご視聴下さい。
まずは好きなレーベルから1つ。軽めの物から。
3回は聴いて下さいね👍