双極性障害 私の体験記

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双極性障害 私の体験記

私は既に双極性障害から回復しています。
薬も一切使用せず、双極性障害に関しては回復から15年ほど経過しています。
他の病も患っていましたが、この体験記では、双極性障害に焦点を置きます。


当時、私は音楽関係の職に就きたく、専門学校に通い上京していたのですが、不景気の煽りを受け、親から戻って来て欲しいと頼まれ、実家に戻ることになりました。
不景気を乗り越えるまでは協力をし、勉強をしながら仕事をしてお金を貯め、そして再度上京することを考えていました。

ですが、実家の居心地の良さに流され(料理、洗濯など何もしなくて良かった)、車の免許も取り、友人と遊ぶ機会も増え、その中でギャンブルにも手を出し、仕事で稼いだお金も徐々に使う金額が増え、次第に勉強も頑張らなくなり、夢を諦めきれない自分、あちらにいる人達との約束、その狭間の中で、不安と葛藤の連続となって行きました。

そしてある時、悩み、落ち込み、不安が重なり、トイレで極度の不安に陥り、心因性のパニック発作が発症します。

気が狂ってしまったのかと思うほどの、発狂するほどの強烈な不安と耐え難い苦しみに襲われ、まさに普通の人達から見れば、ドラマや映画で描かれているような精神異常そのものに見えたと思いますが、私は誰にも気付かれないように隠し続け、その後は、何度も不安から発作に見舞われるようになり、半年間くらいで急激に病んで行きました。
(上京している時に、電車内で動悸を伴うパニック発作が一度だけ起きましたが、この時は動悸を伴わない、突然でもない、不安から起きる発作です)

一時は、一ヶ月ほど寝たきり状態になり、食事もほぼ摂れず、睡眠もほぼ取れず、この時に、うつ病を発症します。

その約1年後くらいに本を書き始め、この頃から双極に入り掛けていたと思いますが、躁の症状に当て嵌まるようになったのは、約2年後です。

また、この頃には、ギャンブル依存症にもなっており、元気の出る、何もかも忘れられる程に興奮のできるギャンブルに、救いを求めるようにもなっていました。

父は自営業をしていて、常に自宅にいたことから、父の存在がとにかく大きなストレスで(足音、扉の激しい開け閉め、舌打ちなど)、起床した瞬間から病の症状は酷くなることから、とにかく家に居たくありませんでした。

また、躁状態を全く問題視していませんでした。
(この頃は躁うつ病や躁病の存在も知らず、スマホもまだない時代で、インターネットはありましたが、まだ我が家では引いてはいませんでした)

また、本も約2年近く、毎日のように10時間以上なんて当たり前、何かに取り憑かれたかのように、ぶっ続けで書き続けていました。

使命感を伴っていたこの執筆は、生きる意味を持たせてくれ、唯一の生きる糧、自分で自分のことを唯一認められる物でもありました。

ですが、誇大妄想が強くなり、ビルの20階から飛び降りても死なないとすら思うようになっていました。

車で轢かれようとも、刺されたとしても、死なないと、頭の中では不死身な人間になっており、一生生き続けるんじゃないかとさえ思っていました。

集中力や記憶力も異常で、何時何分にどんな話をしていたのか、相手がどんな動作や、どんな表情で、どんな仕草をしていたのかさえ事細かく覚えていました。

ショートスリーパーにもなり、4時間でも寝られれば十分、12時間ぶっ続けで本を書いてもへっちゃら、16時間ぶっ続けで肉体労働をしても平気、徹夜からパチンコ屋さんに行くのもなんのその、2日3日寝なくても余裕でした。

その反面、仕事もろくにしていなかった頃は、このままで良いのか、ギャンブルも、こんなことをしてて良いのかと、自宅でふと思う度に、急激に落ちるようになっていました。心因性の発作も漏れなく付いて来ます。

未来への不安、堕落した現状、お前は生きる価値がない、ダメ息子、親のすねかじりなどと罵り、時に、自分で自分を殴りつけることもありました。

次第にそれは、死への強い欲求となり、鬱への反動も激しい物となります。(この頃に、自分の不甲斐なさや、精神病の苦しみに耐えられなくなっていて、死のうと、遺書を初めて書きます)


ただ、私の中では、本を書くこともギャンブルもそうですが、たとえ躁状態があったとしても、それは命を繋ぎ止める為のアイテムでもありました。

ただ、ギャンブルだけは絶対にやめなければならないと考えていて、それは、自分のみならず、他者も不幸にする未来が見えていて、煙草も一緒にやめようとしては、何度もまた行ってしまい、何度も失敗を繰り返し続けていました。

ギャンブル依存に関しては6年ほど向き合ったのですが、ギャンブルをしながらも、ひたすら現状や未来を考え、興奮している最中でも、のめり込んでいる最中でも、とにかく、冷静に自分と向き合い、いつかは辞めなければならないと、ギャンブルが楽しくないと思えるほどに、苦痛に感じるほどに、とにかく考えることだけはやめませんでした。

そして、何度もチャレンジし、ギャンブルをまたやめようとしたある時、どれほどの期間だったかは覚えていませんが、恐らく数か月間はギャンブルをやめていて、その時に、外へ出る機会が少なくなり、引きこもりのような状態になったことで、鬱症状が酷くなります。

この時は、このままではいけないと、働くことを考えていて、父親に俺はちゃんと働けるんだという所を見せたいという想いが強くなり、ただ、鬱状態が余りにも酷く、とても働けるような状態ではありませんでしたが、自分に発破を掛けまくり、𠮟咤激励しまくり、無理やりポジティブシンキングを作り上げ、何とか動き、希望に沿う働き先を見付けました。

ただ、この行動が功を奏し、働くことで、社会人であるという安心感、私の中で占めていた悩みや不安が解消され、また父にも働いているんだと間接的にでも伝えることが出来たことで、みるみるうちに鬱症状は回復して行きました。

ですが、頑張りすぎてしまう性格、周りに認めてもらえる喜び、鬱状態もなく、ストレスも感じていなかったほどで、残業は当たり前、そして、給料が入り、家にお金を入れても、残りのお金の使い道が思い浮かばず、恐らくすぐにまたパチンコ屋さんに行くようになっていました。

時に16時間働いても、次の日が休みであれば、そのままパチンコ屋さんに向かうという、有り得ないような生活を送り始めてもいました。

それでも心身ともに元気でした。ですが、それは長くは続きませんでした。


もともと、真面目な性格から遅刻をすることも休むこともなく、また平日はパチンコ屋さんにも行かず、自分の中でも節度を持っていると思っていました。

ですが、労働時間が長いにも関わらず、仕事後の達成感や解放感やストレスから何かしたいと、これは健常者の方でも同じような方がいますが、飲みに繰り出す方もいれば、家に帰ったら何をしようと、ゲームでもしようか、映画でも見ようかと、何かをしたくなります。

これが、双極性障害の方であると異常値になります。

もともと、うつ状態を払拭するほどの躁状態を作り出すことで心の安定を図ろうとし、それらが習慣化されている事で、何かから解放されると、ストレスを発散したくなり、興奮作用が足りていないと鬱々とした状態になり、何とか集中できるような、興奮できるような、躁状態を引き出せるような事をします。(勉強、執筆、ゲーム、配信、音楽、クラブ、ギャンブル、アルコール、ドラッグ、処方薬のOD、市販薬のODなど)

その興奮作用が足りていなかったり、満足できていなかったり、逆に興奮するようなことをしていると、必然的に睡眠時間が短くなります。

私自身もその状態に入り込んでいて、仕事を始めた数か月経った辺りで、疲労も感じ始め、ストレスも感じるようになっていて、ゲームをしたり、音楽を聴いたり、ギターを弾いたり、次はあの台を打とうかとか、前日にデータを見たほうが良いなとかギャンブルのことを考えたり、不完全燃焼のような悶々とした状態で睡眠時間は短くなり、遅刻しそうになったり、注意散漫で事故を起こしそうになったり、時に、どうしても間に合わないと思った時は仕事を休むという日が出始めていました。(遅刻するくらいなら休んだほうが増しという価値観を当時は持っていた為)

そんな自分にすら悲観し、落ち込み、罵っていましたが、そんな中で、仕事を始めて約1年後に、パニック障害(動悸)を発症します。

そこから結構な頻度で心臓発作が起きるようになり、心因性の発作も再発し、そこから約2か月後に仕事を辞めることになります。

当時は、パニック障害という病名も知らず、発症から8か月間ほどで、一切発作は起きなくなりました。20年ほど経った今現在も再発は一切ありません。

この時に考えていたのは、悩みや不安やストレスなどを洗い浚い特定し、また、頑張りすぎてしまう性格、周りから認められると、もっと認められたいと思っていたこと、睡眠時間が短かったこと、睡眠を長期間、満足に取れていなかったこと、ギャンブルをやめることへの重要性も増していて、それでも行っていましたが、仕事を辞めたことで緊張の糸が切れたのか、かなり長い間、体の疲労を感じていて、過労だったんじゃないかと、安静にすることを心掛け、そして、睡眠だけでもしっかり取らなければと考えていました。

それは、上京をしていた頃も、勉強を頑張りまくり、レポートも頑張りまくり、睡眠をまともに取っておらず、その後で、遅刻しそうになっていた電車内でパニック発作が起きたという事を思い出していたからです。

同じことを繰り返していると気付き、また、病を発症させる、病に繋がる、自分の抱えている問題が明確に見えました。
(真面目さ、完璧主義さ、承認欲求など※レポートも先生から褒められることが凄く嬉しく、完璧以上の物を提出しようとしていた)

パニック障害(動悸)の発症から睡眠を重視し始めたことや、自分の抱えている問題が明確に見え、これらの考えを解消すると共に、コントロールしなければならないと考え始めるようになりました。

これが、双極性障害の、躁状態の治療が始まった時でもありました。


私がしたことは大したことではありません。

今までして来た悩みや不安の解消の継続、そして、頑張り過ぎてしまう性格、認められたいという強い承認欲求などの認知の修正、そしてギャンブルをやめること、睡眠をしっかり取ることです。

パニック障害(動悸)に関しては、明らかにストレスや過労や睡眠不足によって引き起こされたと自分の中で結論付いていて、発作が起きることも恐れ、睡眠をより重視するようになりました。

また、躁状態を大きく作り出していた、ストレスもない、過労もない、元気だと、睡眠不足でも問題ないと思わせていた、パニック障害(動悸)の発症にも大きく起因していた、ギャンブルをやめなければと、より強固に、より強くなるほどの因果関係を知り、より多くの気付きに繋がっていました。

最初のころは、発作が起きると、心因性のほうの発作まで重なり、問答無用で帰宅していたくらいだったのですが、帰り道で治まったり、死ぬことはないと自覚したことで、また起きたかと慣れて行ってしまい、ですが、睡眠だけはしっかり取ろうという考えだけは変わりませんでした。なぜなら、明らかに発作(動悸)の頻度も減っていたからです。

そして、何度もチャレンジをして見えていた、ギャンブルへの注意事項、お店に行ったら最後、動悸を伴うパニック発作の恐れと不快感、心因性の再発、パニック障害を発症したことで己の抱えている問題から病は繰り返されている、悪化するという気付き、そして、ギャンブルを辞めようとして来た、失敗続きであったとしても、それらを長年の積み重ねて来た経験、そして、その中で積み重ねて来た、このままではいけないと、誰も幸せにできないと、自分さえも不幸にすると、やめなければと、ひたすら現状と未来を考えて来たことなど、それら全てが重なったことで、ギャンブルから足を洗うことが出来ました。

その中で、己の抱えている考え方や行動の、修正やコントロールをし、病を収束させて行こうとしたら、それは、今までにない自分の、真逆と言えるほどの精神や思考への変化を、ありとあらゆることで変化を生もうとしていて、それは同時に、当時持っていた躁状態で生み出されていたであろう能力まで衰えて行きました。

適当なことが大嫌いだった人間が、まぁ完璧なんて無理だしと。
知識でも何でも的確に答えなければと考えていた人間が、まぁ間違ったとしてもしょうがないなと。
矛盾があるなんて有り得ないと思っていた人間が、矛盾なんてみんな持ってるでしょと。
遅刻?そんなの誰だって遅刻することくらいあるでしょと。

こんな単純な考えではありませんが、話題が逸れるので簡潔にしています。


自分の抱えている問題から疑問に変え、原因をまず知り、俯瞰で冷静に物事を捉える力や、簡単に言ってしまうと、真面目な性格や、完璧主義な考えなど、修正変化させようとしていました。

それは、病を治すというよりも、病にならない思考や精神や価値観を、根本的に、抜本的に、作り出そうとしていました。

またそれは、躁状態がなくなり、鬱状態もなくなり、双極性障害の完治を意味していました。

いきなり、すんなりと治った訳ではありません。その後も認知治療を自分で考え継続したことで、その後で双極(躁病)の症状が無くなっていると気付きました。

記憶力も衰え、集中力も低下したことで、逆に少し不安になっていましたが、ただ、良い意味での、集中力や、真面目さは残っていて、例えば、寝食を忘れるほど集中し、何かの物事に挑むことがあったとしても、

双極の時⇒寝食を忘れる⇒ほぼ寝ない⇒また寝食を忘れるほどに集中する⇒ほぼ寝ない⇒繰り返し。

現在⇒寝食を忘れる⇒時間を見てやりすぎていると気付く、お腹も空く⇒切り替え、休憩がてら食事を摂る⇒睡眠時間をしっかり確保しようと、その後はやらずに就寝に向けて動き寝る⇒繰り返し。

食事を摂りながらやってしまうこともありますが、睡眠の重要性、大切さだけは抜けておらず、睡眠を基準とした生活を今でも心掛けており、仕事上で無理が重なることもありますが、それは短期間の話であり、必ずその後でも、どのタイミングでも睡眠をしっかり取ることだけは心掛けています。(ブログなども読んで頂ければ、どれだけ睡眠が重要なのかを思い知ると思います)

また、この睡眠を取れるようになる、この切り替えが出来るようになるのかも重要な部分になります。

悩みが不安が無くなると、自然と寝られるようになりますが、特に双極性障害の方や、パニック障害の方であると、鬱や、興奮や、緊張や、予期不安などから、睡眠導入にも支障が出るからです。

ここにも多くの認知治療、考え方の修正変化、コントロールや訓練が必要になります。

睡眠に関しては、当方では第一治療とするほど、最重要課題としています。

これは精神医療の世界でも一緒ですが、睡眠薬でというのが現状です。


話を戻しますが、ギャンブルを辞めれたのは良いものの、また、ほぼ引きこもり状態になったことが問題でした。

となると、うつ病にまたなったんじゃないかと思われると思いますが、うつ状態にはなったとしても、うつ病になるという事は一切ありませんでした。

この頃には、長年の認知治療の積み重ねがあり、仮に悩み苦しんだとしても、自分で考え気付いたことがすぐに想起され、解決に導ける解決スキルが備わっていたため、すぐに気持ちや考えを切り替えることが出来ていたからです。

ただ、心因性のパニック発作の再発により、家に居たくない、でもパチンコ屋には行かない、ドライブをすることや、友人と遊ぶ機会がまた増えたのですが、外出時に様々な所で発作に陥ってしまい、行きだけでなく帰り道の距離にも不安を感じては陥ってしまい、渋滞に巻き込まれても陥り、またそれをなんとか治そうとした事で、至る所でトラウマを作ってしまい、行ける所がどんどん少なくなり、行動範囲がどんどん狭まって行きました。

一時は、家から出て1メートルの2メートルの距離で不安発作が起きるまでになり、自宅のトイレに入るのも勇気がいり、お風呂に入るのも命懸けのようになり、働きに出ることも不可能になってしまい、ここから壮絶な予期不安や広場恐怖との闘いが始まるのですが、飽く迄も不安から来る発作で、突然でもなければ、動悸も一切ありません。

また、ここまで酷いのであれば、うつ病も再発しているだろうと考えるとは思いますが、全く再発していません。
躁病になることも、鬱病にまた陥ることも、その後は一度もありませんでした。
心療内科に12年越しに初めて行った時に、うつ病が再発し掛けたことはありましたが、飽く迄も不安から来る発作で、別物です。

双極性障害の話から逸れてしまっているのでやめますが、私の話は、薬を一切使わない、最重度からの回復話になってしまい、また、複雑な内容になりすぎて、精神医療を妄信している方にとっては理解し難い話になるので、治療の要点を纏めた物は本を参照して下さい。


私が皆さんに伝えたいことは、精神病は治るということ。

私の症状の重さの半分も伝わっていないと思いますが、それでも治ります。

精神病は治るんだという、この希望だけは失わないようにして頂きたいです。


【補足】

私は、自分の病と向き合って行く中で、薬を飲まなくても確実に治ると、それを証明するために薬を使わないことに拘りましたが、薬を使わないことを推奨している訳ではありません。

恐らく、このブログの内容を読んだだけでも、薬を使う選択をする筈です。

私は、長期で薬を使用することに警鐘を鳴らしています。

また、軽症や、場合によっては中等症の方も、仮に薬を利用することになったとしても、減薬断薬ありきで、カウンセリング治療を同時に受けて頂きたいと強く思っております。

詳しい説明は、本やブログをお読み下さい。



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