あえて全く味のしないガムを三時間噛み続けてみた
記事
ビジネス・マーケティング
こんにちは!城間勝行です。
昨日の午後、私はあえて味が完全に無くなった後のガムを、そのまま三時間ほど噛み続けてみるという実験を行いました。エンジニアとしての私の日常は、いかに効率よく刺激的な成果を出し、いかにユーザーの期待という快感に即座に応えるかという、密度の高い世界にあります。最新の技術や便利なツールは、言わば噛み始めの最も甘くて美味しい瞬間の連続です。私たちは常にその新しい刺激を求め、味が薄くなればすぐに吐き捨て、次の新しいガムに手を伸ばしてしまいます。しかし、あえて何の味もしなくなった弾力のある物体を顎を動かして咀嚼し続けたとき、私の脳内ではこれまでにない静かな覚醒が始まりました。
最初の三十分は、ただの苦行でしかありませんでした。甘みも香りもなく、ただそこにある無機質なゴムの塊。早く吐き出したい、新しい刺激が欲しいという本能的な欲求が何度も頭をもたげます。しかし、一時間を過ぎた頃、不思議な変化が訪れました。味という情報が消え去ったことで、私の意識はガムの反発力や、自分の顎が刻む規則正しいリズム、そして口の中に広がる静寂そのものに集中し始めたのです。普段、私たちは情報の過多によって、物事の本質を捉える力を失っているのかもしれません。刺激が消えた後に残る、形のない手応え。それこそが、実は私たちが本当に向き合うべき、世界の真実の輪郭なのではないかと感じ始めました。
ココナラで様々なご相談をいただく際、私はつい華やかな解決策や、即効性のあるテクニックを提示したくなる誘惑に駆られます。しかし、この味のしないガムが教えてくれたのは、派手な演出や一時的な興奮をすべて削ぎ落とした後に残る、地味で愚直な継続の価値でした。システム開発においても、最新のトレンドを追うことより、誰にも気づかれないような土台の部分を黙々と磨き続ける時間の方が、最終的なプロダクトの強度を決定づけます。刺激的な甘さはいつか消えますが、その後に残る弾力こそが、困難な状況を跳ね返すための強靭なバネになるのです。
二時間を超える頃には、私はガムを噛んでいるという感覚すら忘れ、思考が透明な水のように澄み渡っていくのを感じました。情報の断捨離を究極まで突き詰めると、人間はこれほどまでに自由になれるのかという驚きがありました。予定調和な正解や、誰かが決めた価値観に振り回されることなく、ただそこにある現象と一体化する。この非効率極まりない時間が、私の凝り固まったエンジニア脳を根底から解きほぐし、誰も見たことのないような斬新な設計図の断片を、次々と目の前に映し出してくれました。
三時間が経過してガムを吐き出したとき、私の顎は心地よい疲労感に包まれていました。口の中には何の味も残っていませんでしたが、私の心には、どんな高級な料理を食べた後よりも深い満足感が広がっていました。正解や刺激ばかりを追い求める日常に疲れたなら、あなたも一度、あえて無味乾燥な時間の中に身を置いてみてください。価値がないと思われていたその空白の中にこそ、あなたを真に自由にする、最強のひらめきが眠っているはずです。私はこれからも、この味のない時間を恐れず、本質的な強さを持った仕組みを創り続けていきたいと思っています。