私は私のままでここにいる

私は私のままでここにいる

記事
コラム
過去の私は何者かにならなければ、と
男性性優位に頑張って生きてきて、
数年前から女性性開花して少しずつ
その生き方に変更をかけてきた。


自分のペースやスタンスをようやく
許せるようになって、「これが私」
人と比べずに生きられるようになった。

この流れはね、
男性性過多→女性性解放のプロセス。


そしてNLPの学びを通して、女性性に偏っていた
私の男性性がようやく立ってきた。

ただただ楽しい♡幸せ〜♡の女性性過多から、
自分らしい頑張り方で男性性をしっかりと
立てて行動していく統合のプロセス。


そんな自分の成長を感じる。


そして、「ゆっくり、じっくり、深く」で生きてる
自分をようやく許せて受容している反面、


「早く、たくさん、上手に」の最先端で生きてる人に
触れるとやっぱり憧れるし、その葛藤がある。


でも人は本来、両性具有の生き物だから、
どっちかじゃなくてどっちもでいいんだということ。

映画“プラダを着た悪魔“でもこの男性性と女性性の
葛藤がテーマでもあると思うんだけど

このバランスを自分の中で、模索し続けることが
男性性と女性性の統合であり、自分らしさの
バランスなんだと思いつつ…

アタマでわかっていても、やっぱりココロが
ギュッとなるときが時折りあって。

華やか、速い、外に開いてる

落ち着き、丁寧、内側を味わう

これは優劣じゃなくて、ベクトルの違い。

でも人って、自分にない光を見たときについ
「足りない」って感じちゃう瞬間がある。


強く憧れる人に出会うのは自分の中にも
その要素があるということ。

太陽がよくて、月が悪いんじゃない。

役割が違うだけ。

憧れの人の光を浴びながら、自分の光も消さない、
そしてきっと違う輝きを自分も与えているの。

これまで長らくやってきた
優劣で自分を測るクセ
足りなさを見る視点

これ、もうだいぶ手放してるけどね、
人って完全にはゼロにはなかなかならなくて、

フェーズが変わるとまた、同じテーマが
より繊細な形で出てくる。

そのたびに揺れながら、
あぁ、私はどう在りたい?って問いかける。

どんな世界にいてもいい。

周りがどんな人でもいい。

その中で自分は無理に目立たなくていい、
誰かより上にならなくていい。

ただ「この空気の中で、私はどう感じる?」

比較の土俵から降りて、

「私は私のままで、ちゃんとここにいる」

そう在りたい♡
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