母のいない世界で、私は壊れた 〜16歳で失った光と占いとの出会い〜

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占い
あれは、春の午後でした。
空が、無性に明るかったのを覚えています。
まるで私の胸の中を、嘲笑うかのように。

16歳の私には、すべてがまだ「永遠」に続くものだと信じていました。
朝起きて、制服に着替えて、母が作ってくれるお弁当を持って、家を出る。
そんな日常が、明日も明後日も、10年後も続いていくのだと――
根拠のない思い込みに、私は何の疑いも持っていなかったのです。

その日、学校では英語の小テストがありました。
「やばい、全然勉強してない」って友達と笑いながら教室に入り、
いつものように、ふざけながら昼休みにパンを買って、
放課後は、気になる男の子の後ろ姿を目で追って、
私は、「普通の16歳」をやっていた。

…家に帰れば、母がいるはずだった。
「おかえり」って、笑って迎えてくれるはずだった。

でも、その日は違いました。

玄関には、母の靴がなかった。
リビングは静まりかえっていて、代わりにいたのは父と、知らない男の人と、親戚の叔母。

「…お母さん、どうしたの?」

私はそう聞いたはずでした。
でも返ってきたのは、曖昧で回りくどい言葉の連なり。
「実は…」「急に倒れて…」「救急車で…」

それがどういう意味なのか、私の頭は理解しませんでした。
いいえ、理解しようとしませんでした。
私の中で何かが拒絶していたのです。

でも、寝室で眠っている母を見たとき。
口に手を当てて、泣きながら顔を覆う叔母の背中を見たとき。
私は、決定的な「終わり」を、突きつけられたのです。

母は、もう動かなかった。

何をしても、何を言っても、
あの人のまぶたは、開かなかった。

「死」を理解できなかった私は、壊れたまま、生きた
私の中で、時計の針が止まりました。
世間では「突然死」と言うのでしょう。
心筋梗塞、という言葉を後から聞かされましたが、
それがどういうもので、なぜ母がそうなったのか、私にはわかりませんでした。

母は、普通に健康だった。
家族の中で一番元気で、一番明るくて、一番笑ってた。
そんな人が、何の前触れもなく、ある日いなくなるなんてこと――
信じろという方が無理でした。

私は学校に行かなくなりました。
家に閉じこもり、布団の中で母の服を抱きしめて泣いていました。
人が優しくすればするほど、私は壊れていった。

「頑張ってね」なんて言われたくなかった。
「お母さん、きっと見守ってくれてるよ」なんて、空っぽな慰めを浴びせられるたび、
私はその人を、心の中で何度も殺しました。

生きる意味なんて、どこにもなかった。
この世界には、私を本気で必要としてくれる人なんて、もういない。
そんなふうに思い込んでいた。

ある日、鏡の中に映った自分を見て、私は恐ろしくなりました。
目の焦点が合っていない。
頬はこけて、唇は乾き、まるで“死人”のようだった。
生きているのに、生きていないような。
そんな「幽霊のような人間」に、自分がなっていた。

その日、私は救いを求めて、占い師の前に座った
外に出たのは、母の四十九日が過ぎたあとだったと思います。
どうしてかは覚えていません。
ただ、心の奥底で、叫んでいた。
「このままだと、本当に壊れる」って。

駅まで歩いて、ベンチに座って、ぼんやりと行き交う人々を眺めていたとき、
ふと視界に入ったのが、あの看板でした。

「悩みごと、お聞きします。運命を視ます。占い 1000円」

正直、馬鹿らしいと思いました。
でも、身体が勝手に動いていた。
気づいたら、その薄暗いカーテンの中にいました。

占い師の女性は、私の顔を見た瞬間、言いました。

「あなた、ずいぶん長い間、心の中で泣き続けているね。」

その一言で、私は崩れ落ちました。
誰にも話していないことを、なぜこの人は知っているの?
母のことなんて、まだ何も言っていないのに。
心が裸にされたようで、苦しくて、でも同時に、初めて「救われるかもしれない」と思った。

その人は、カードを静かに広げて言いました。

「あなたの悲しみは、運命の中に刻まれているわ。でもね、それはあなたを潰すためではなく、あなたを誰かの光にするためのものなのよ。」

私は、その言葉で初めて「母を失ったこと」に意味を与えられたような気がしました。

占いは「当てる」ものじゃなかった。私にとっては、「心を救う言葉」だった
それから、私は何度も占いに通いました。
そして、やがて自分でも本を買い、占いを学び始めました。

最初は、母に近づきたくて。
「もし母の魂と話せるなら」
「もう一度だけ、会えたなら」
その願いが、私を“霊的な世界”へと駆り立てました。

けれど学びを深めるうちに、私は気づきました。
占いは、霊と話すための道具じゃない。
未来を当てるためのゲームでもない。

それは、傷ついた心を、少しだけ癒やすための「言葉」だった。
正解を与えるものではない。
でも、「今のあなたも、それでいいんだよ」と言ってくれるもの。

そうして私は、少しずつ、生きる意味を取り戻していきました。

そして今、私は誰かの涙の隣にいたいと願っている
母がいなくなってから、もう何年も経ちました。
今でも夢に見る日があります。
目が覚めると、涙で枕が濡れている夜があります。

でも、今の私は知っている。
「悲しみ」は、終わらせるものではなく、
共に生きていくものだと。

そして、あの時の私のように、
「誰にも言えない苦しみ」を抱えて生きている人が、この世にはたくさんいることも知っています。

そんな人たちに、私は伝えたい。

あなたが感じている孤独は、あなた一人のものではない。
苦しみが深い人ほど、他人に優しくなれる。
壊れた経験がある人ほど、誰かを救える力を持っている。

私は、今も完全に立ち直ったわけではありません。
でも、だからこそ、わかるのです。

悲しみが深い日には、光なんて見えなくて当たり前。
でも、ほんの少しだけ手を伸ばせば、
誰かがそっと、あなたの手を取ってくれるかもしれない。

私は、そんな「手を差し伸べる人」でありたい。

あなたが誰にも言えないことを抱えていたら――
私は、聴きます。
責めません。
笑いません。
ただ、あなたの「心の声」を、
この耳と、この占術と、この魂で、受け止めさせてください。

あなたが、あなた自身の人生を生きられるようになるまで。
寄り添うことが、私の使命です。

母が教えてくれた、愛のかたちを、
今度は私が、誰かに手渡していく番だから。


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