わたしが整いはじめたら、息子が“動き出した”

わたしが整いはじめたら、息子が“動き出した”

記事
コラム
子どもが動けないとき、わたしはずっと「どうしたら動いてくれるか」を考えていた。
声かけの仕方、タイミング、モチベーション……あれこれ工夫しても、うまくいかないことのほうが多かった。
でも最近、少しずつ意識が変わってきた。
「あの子をどうにかしよう」と思うよりも、「わたし自身はどう在るのか」に意識が向くようになっていた。
とはいえ、まだ完全に“手放す”ことはできていなかったのだと思う。
「応募する会社が決まったら教えてね」と伝えてはいたけれど、それではきっと、これまでと変わらない。
そう感じて、思いきってLINEで伝えた──
**「今日の19時までに、決めてね」**と。

夕方、台所で夕飯を作り終えたころだった。
「味見して」と声をかけたら、息子が部屋から降りてきた。
手には、2枚の求人票。
「…2社に決めたよ」
あの瞬間のことは、今でもはっきりと覚えている。
彼の声も、表情も、夕方の台所の空気も──
なにかがふわっと動いた気がした。
わたしが無理に引っ張ったわけでも、言葉を尽くして説得したわけでもない。
たった一言、「19時までに決めてね」と伝えただけ。
そしてその言葉の背景には、「あなたを信じてるよ」という想いがあった。
それに、彼自身が“応えた”ということ。
小さなことかもしれない。
でも、今までとは確実に、ちがう空気がそこにあった。


① なぁなぁになってきた息子との関わり

振り返ってみると、いつの間にか“なぁなぁ”になっていたように思う。
通信制高校のレポート提出も、「そろそろやったら?」と声をかけても、
「あとでやる」「わかってるって」と、返ってくるのはいつも同じような言葉。
そしてそのまま、流れていってしまう。
わたしも最初は気になって、何度か声をかける。
でも、あまりしつこく言うと嫌がられるし、言いすぎたかなと気にしてしまって、
結局「まあいいか」と、そのまま様子を見ることの繰り返しだった。

進路のこともそう。
「見学行ってみたら?」「そろそろ決めないとね」
そんなふうに水を向けるだけで終わっていた。
息子が動かない理由を、“やる気がないから”とか“まだ時期じゃない”と、
どこかで自分を納得させようとしていたのかもしれない。

でも本当は、わたし自身が“踏み込むこと”も、“信じきること”も、できていなかった。
ただ流されているような毎日のなかで、わたし自身もどこか“本気じゃなかった”のだと思う。
「この子を信じたい」
そう願ってはいたけれど、心のどこかでは
「動いてくれないと困る」「いつまでこのままなんだろう」と、焦りや不安が渦巻いていた。


② 「2社に決めた」と自ら言った息子(満月の日)

2025年10月7日──その日は満月だった。
ちょうどその頃、わたしは“整える”という言葉をあらためて意識しながら日々を過ごしていた。
「どうしたら動いてくれるか」と思い悩むより、
「わたし自身が、どう在りたいか」「どんな空気をまとっていたいか」──
そんなふうに、自分の整え直しを大切にしたいと思いはじめていた。

息子の就職活動も、その時期のわが家のテーマのひとつだった。
今までは「決まったら教えてね」と伝える程度で、
結局、なぁなぁになってしまうことも多かった。

でも今回は、少しちがうアプローチをしてみた。
**「今日の19時までに、決めてね」**と、LINEでシンプルに伝えた。

その言葉の背景には、「信じてるから、任せるよ」という気持ちがあった。
無理に押すのではなく、ただ線を引いて、委ねること。
ほんの少しこわかったけれど、わたしなりに整えた関わりだった。

夕方、息子に「味見して」と声をかけたとき、
部屋から降りてきた彼の手には、2枚の求人票があった。

「…2社に決めたよ」

小さなことかもしれない。
でもその言葉と、台所に流れた空気のなかに、
今までとはたしかにちがう“気配”があった。


③ 見学〜応募〜レポートの壁、そして自主的な取り組み

2社に絞ったあと、息子はそのうちの1社に職場見学に行った。
緊張した面持ちで出かけていったけれど、戻ってきたときにはこう言った。
「そこに応募する」
ただ、その言葉に至るまでの“何が決め手だったのか”は、いまだによくわからない。

本人は、
「外階段、錆びて穴空きそうだった」
「事務所、書類の山だったよ」
「夏、工場の中40度超えるって言ってた」
そんなふうに苦笑しながら話していた。
きっと完璧な職場でも、快適な環境でもなかったと思う。
それでも、何かを感じたのだろう。

小さな町工場──それは、彼にとっては“大きすぎない場所”であり、
前から「大きな会社や大人数の工場はイヤ」と言っていた彼にとって、
ちょうどいい“距離感”だったのかもしれない。
不登校の経験があるからとは一概には言えないけれど、
人付き合いに対してどこかで苦手意識を持っているようなところがある。
「大勢のなかにいるよりも、小さな場所で黙々と働くほうがいい」
そんな彼なりの感覚が、あの職場に“居られる可能性”を感じさせたのかもしれない。

とはいえ、応募には学校からの調査書が必要だった。
そのためには、まだ提出していなかったレポートを、先に出さなければならなかった。
今までの彼なら、そこで止まっていたかもしれない。
「面倒だな」と言って、先延ばしにしたり、見なかったことにしたり。
わたしも、また流れていくんじゃないかと、内心では少し構えていた。
けれど今回は、違った。

担任の先生に連絡をとり、自分なりに計画を立てて、
家でも机に向かってレポートに取り組んでいた。
「あと〇日でここまでやる」と自分で決めて、動いていた。
もちろん、それは“追い込まれたから”かもしれない。
「提出しないと、応募できない」という現実が、背中を押したのかもしれない。

でも、追い込まれても動けなかった時期を知っているからこそ、
今回の「ちゃんと向き合ってる姿」には、胸を打たれるものがあった。
わたしは、何も言わなかった。
あえて言わなかったというよりも、もう言う必要がなかったのかもしれない。


④ 「整えたから動いた」じゃないけど、何かがちがう

今回のことで、はっきりと言えることがある。
「わたしが整えたから、息子が動いた」──そんな簡単な話ではないということ。
わたしはまだ整えの途中だし、息子もまだまだ途中。
やる気に波があるし、機嫌が良い日ばかりでもない。
まだこれから、いくつもの“壁”が待っているだろうと思う。
それでも──
それでも、確かに何かがちがった。
今までのように「なんとなく」で過ぎていく感じでもなく、
「とりあえずで流されてる」ような空気でもなかった。
ほんの少しだけど、自分で「決めて」「動いて」「やりきろうとしている」姿があった。

そして、わたしの中にも、今までと違う感覚があった。
それは、「口出ししないように我慢する」でも「信じようと努力する」でもなく、
自然と、“信じて待てている”わたしがいたこと。
無理に整えたわけじゃない。
でも、日々の中で自分を整えていく意識を持ち続けたことが、
わたしの中の“余白”や“静けさ”を生んでいたのかもしれない。

子どもは、親の言葉よりも、
親の“在り方”を見ているのかもしれない──
そんなことを、ふと感じた出来事だった。



⑤ わたしの“親としての整え直し”──信じること、委ねること

息子をどうにか動かそうとしていた頃、
わたしの中には「ちゃんとしなきゃ」という思いがいつもあった。
ちゃんと将来を考えてほしい。
ちゃんと期限を守ってほしい。
ちゃんとしたルートに乗ってほしい。
でも──「ちゃんとしなきゃ」は、わたし自身が自分に向けていた言葉でもあった。

親として、女性として、人として…
どこかで「こうあるべき」に縛られていたのかもしれない。
そんな自分に気づいてから、
わたしは少しずつ、自分を整え直していく時間を持つようになった。
焦ったら深呼吸すること、
体や心の声をきくこと、
一気に変わろうとしないこと。

それは、まわりから見たら“なにかが変わったようには見えない”日々だったかもしれない。
でも、その小さな積み重ねが、わたし自身の“在り方”を変えていた。
子どもは、親の言葉より、親の空気を感じている。

そしてその空気は、わたしの「整え直し」から生まれていたのだと思う。
「信じる」というのは、祈ることに少し似ている。
先回りして助けることでも、指示を出すことでもなく、
“この子の中に、ちゃんと芽がある”と信じて、見守ること。
きっと、まだまだ揺れるし、うまくいかないこともある。

それでもわたしは、これからも「整える」という選択を続けていきたい。
親として、何かを教えるよりも、
一緒に整えながら、信じて、委ねて、待つこと。

それが、わたしにできる愛し方なのかもしれない。
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