わたしを支えてくれる小さな習慣たち

わたしを支えてくれる小さな習慣たち

記事
コラム
「整える」って、がんばることじゃなかったんだ──
そんなふうに思えるようになったのは、ごく最近のことでした。
第8回のブログでも書いたように、
わたしにとっての「整える」は、努力や意志の力で何かを変えることではなく、
“いまここ”のわたしにそっと寄り添ってくれるような、やさしいケアの形でした。
体の調子や気分には波があるからこそ、
上手くいかない日があっても、自分を責めずに「また明日」と言えるような、
そんなゆるやかなリズムを整える“何か”がほしい──そう思ってきたのかもしれません。
そして、気づけばそんな役割を果たしてくれていたのが、
特別ではない、けれどたしかにわたしを支えてくれている“小さな習慣”たちでした。
小さな習慣たちが、わたしを助けてくれる
わたしの朝は、ストレッチから始まります。
といっても、がんばるようなものではありません。
ベッドの中で背伸びをしたり、肩を軽く回したり。
その時の体調に合わせて、無理のない範囲で、呼吸をゆっくり感じながら体を目覚めさせていくような、そんな時間です。
ストレッチをしながら、心の中で小さくアファメーションを唱えるのも、わたしの日課になりました。
「大丈夫」「すべてうまくいっています」「今日も1日、穏やかに過ごせますように」──
そんな言葉たちを、やさしく自分に届けるように。
パーキンソン病と診断されてから、体のこわばりやだるさに向き合う毎日の中で、
この“寝たまま・座ったままでもできるストレッチ”と“心を整えることば”は、
朝をスムーズに始めるための「わたしの味方」になってくれました。
痛みがある日も、気持ちが落ち込みがちな朝も、
ほんの数分、体をほぐし、ことばをかけることで、
「今日もなんとかやっていけるかもしれない」って思える。
ストレッチとアファメーションは、そんな“やさしいスイッチ”のような存在です。
ストレッチで少しずつ体が目覚めたら、
次は白湯をゆっくりと飲むのが、わたしの毎朝の習慣です。
白湯を口に含むと、ぽわっと内側からあたたかさが広がっていきます。
食道やおなかが「おはよう」と言ってくれるような、
やさしく包まれるような感覚。
特別なものではないけれど、
「今日の自分を大切にしよう」って、そっと思い出させてくれるようなひとときです。
忙しかったり、バタバタしている朝には忘れてしまうこともあるけれど、
思い出したときにまた戻れる、そんな“自分との小さな約束”のような存在でもあります。
体が冷えている朝や、気持ちがちょっとザワザワしているときには、
白湯のあたたかさに、ほっと息をゆるめてもらうこともしばしば。
白湯は、わたしにとって「内側から整える、見えないお守り」のようなものかもしれません。
白湯で心と体が少し整ったら、
小さなカードに「今日のテーマ」や「意図」を書き出す時間をつくります。
といっても、難しいことではありません。
その日心に浮かんだ言葉や、大切にしたい気持ちを、
カラフルなカードにひとことふたこと書くだけ。
「受けとめる」「しなやかに」「やさしく整える」
「焦らなくていい」「今ここにいる」など、
まるでお守りみたいに、わたしを支えてくれる言葉たち。
この習慣があることで、
たとえその日1日が完璧じゃなかったとしても、
「今日のわたし、大丈夫だったよね」と思える安心感があります。
一度にたくさんはできなくてもいい。
思ったように進まなくても、気持ちがぐらついても、
朝に選んだ“わたしのテーマ”が、静かに背中を支えてくれるのです。
小さなカードに書いた言葉が、
その日のわたしに必要な“光のしずく”になってくれることもあります。
他にも、わたしをやさしく支えてくれている習慣はあります。
たとえば、電位治療器の椅子に座る時間。
朝や夜、少しだけ静かに過ごすその時間が、からだと気持ちをリセットしてくれます。
また、甘いものとの付き合い方を見直したり、
SNSを見すぎないように気をつけたり、
「やること」だけでなく「やらないこと」を決めることも、
わたしなりの“整える”ための習慣のひとつです。
香りを身につけることや、寝る前の軽いストレッチもそう。
どれも完璧にできているわけではないけれど、
無理なく続けられることが、結果的にわたしを助けてくれている気がします。
小さな習慣たちは、まるで日々の中にそっと咲いている“見えないお花”のよう。
そこにあるだけで、少し気持ちがほどける。
そんな存在が、わたしの日常をやさしく支えてくれています。
気づいたら整ってた──小さな積み重ねの力
習慣って、最初は「意識しないとできないこと」でした。
思い出しては始めて、忘れてはまた戻って。
その繰り返しの中で、少しずつわたしの中に根づいていったように思います。
「整えなきゃ」と思う日ほど、思うように整わなくて、
「できなかった」と落ち込むこともたくさんありました。
それでも、「小さくていい」「続けられなくても大丈夫」と自分に言いながら、
できる日だけ、できる範囲で続けてきたことたちが、
今ではすっかり“わたしの日常”の中に息づいています。
気がつくと、白湯を飲むことも、朝にひとこと書き出すことも、
自然とやっている自分がいて。
ストレッチや深呼吸を、特別なことではなく「日々の呼吸のように」できているとき、
ふと、「あ、整ってるな」と感じる瞬間があるのです。
小さな積み重ねは、すぐに結果が出るものではないけれど、
確かにわたしを変えてくれていました。
それは、がんばって手に入れた変化ではなくて、
やさしく重ねた結果、いつの間にか“わたしの一部”になっていた変化でした。
どんな日も、わたしの味方になってくれることたち
体調が良い日もあれば、思うように動けない日もある。
心が軽い日もあれば、ふいに沈んでしまうような日もある。
そんな波のある毎日の中で、わたしを助けてくれているのが、
これまで紹介してきたような“小さな習慣たち”です。
「がんばるための習慣」ではなくて、
「どんな日でも、わたしを味方でいさせてくれる習慣」。
体が思うように動かないとき、気分がなかなか上がらないとき、
前のわたしだったら、きっと自分を責めていたような場面でも、
今では「白湯だけは飲めた」「ストレッチひとつできた」と、
小さなことに気づいて、自分を肯定できるようになってきました。
習慣があることで、自分を見捨てなくなった。
そんなふうに感じることさえあります。
どれも、誰かにすごいねって言われるようなことではないけれど、
わたしにとっては、たしかに大切な“土台”になっていることばかり。
無理のない、やさしいリズムで、これからも“わたしと一緒に”過ごしていこうと思います。
今日のあなたにできたこと、それだけで十分です。
うまくいかない日も、整わない日も、それでも大丈夫。
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