【Sound Buffet_000】イントロ

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音楽の話をしようと思う。


なんかよくわかんないけど、大好き

音楽をちゃんと聴くようになる、ずーっと前。
私の耳には、もうすでにキラキラした音が染みついていた。

物心つく前からテレビに夢中で、バラエティ番組や歌番組は家族みんなで観るのが当たり前だった。それとは別に、周りの子よりほんの少しだけ、生の歌に触れる機会が多かったのも大きいと思う。父が仕事の付き合いでよくディナーショーのチケットを手に入れていて、私はそのお供でよく連れていかれていた。会場には、着飾った大人たち。料理の味なんてわかるはずもなかったけど、ただ目の前で響く生の歌声と生演奏の音の圧に胸が高鳴った。「音楽ってなんかすごい」「テレビの中の人がすぐそこにいる」──その体験は、今でも宝物だ。

小学生になる頃には、すっかり歌番組ウォッチャーになっていた。80年代アイドル全盛期、昭和歌謡のラストスパート。父親が所有していたソニーのベータマックスで、自分専用のビデオテープを2本もらい、好きな番組を片っ端から録画した。何度も再生してはお気に入りを見つけ、当時まだ漢字表記だった『明星』の歌本で歌詞を丸暗記。あの頃が、私の「耳のクセ」を決定づけた時間だったと思う。

中学・高校時代になると、時代はバンドブームの真っ只中。私にとってバンドは、音楽というよりまさにアイドルだった。ライブにもたくさん行ったし、雑誌の切り抜きも集めた。地方に住んでいたから、お目当てのバンドが地元でライブをするなんていう日は、学校をサボって駅で新幹線の到着を待ち構え、ライブ後には出待ちして駅でお見送り……そんな、地方民ならではの「追っかけ」もよくやっていた。

高校時代の後半には、渋谷系の音楽にどっぷりハマり、そのあたりから洋楽にも少しずつ興味が広がっていった。昭和歌謡はというと、学校帰りのカラオケでよく歌っていた。私にとって音楽は、聴くだけじゃなく、声にして放ちたくなるものでもあった。

20代になると、アイドル熱が再燃。某事務所のグループに夢中になった。「アイドル=子どもっぽい」だとか「子ども騙し」なんて思ったことは一度もなかった。むしろ、楽曲もパフォーマンスもステージの演出も、エンターテインメントとして丁寧に仕上げられていて、どこを切り取っても抜かりがない。それが、アイドルという存在の「パッケージとしての美しさ」だったように思う。アイドルのきらめきに再び惹かれ、自分の中のときめき感知センサーのようなものが再起動した感じだった。

そして、大人になった今、出会う音楽たちは「再会」に近い気がしている。これまで耳にしてきたもの、心に残ったフレーズたちが、1本の線でゆるやかにつながっているような、不思議な感覚がある。

今の私は、音楽のジャンルにあまりこだわりがない。ロックもポップスも、アイドルも昭和歌謡も。「ちょっとは絞れ」と言われそうだけど、それができなかった。雑食です、はい。音楽の偏食には、なれませんでした。でもたぶん、それが「私の耳のクセ」なのかもしれない。

子どもの頃からずっと変わらないのは、「美しいメロディライン」にめっぽう弱いということ。いい曲は、ただ、いい。それだけで、もうじゅうぶん満たされる。

nyamoc’s Sound Buffet

ここでは、そんな私の偏愛を、少しずつおすそ分けしていこうと思う。音楽評論ではないし、布教活動でもない。ただ、好きな曲の話がしたいだけ。昭和とか平成とか令和とか、邦楽とか洋楽とか、そういうくくりは正直あんまり関係ない。私の耳はけっこう気まぐれで、時代もジャンルも超えて、ただ「これ好き!」に反応してしまうから。

だからここでは、そんなジャンルも時代も無視した無国籍のビュッフェのような感覚で、自由に音楽の話をしていきたい。「好き」って気持ちは、ちょっとだけ声に出したほうが、絶対においしいから。どうぞ、ゆるりと味わってください。にゃもしの音のビュッフェ、おかわり自由です。

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