なぜ?自由意思はないのか??

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こんにちは
こちらのページにお越しいただきありがとうございます

必要な方に届きますようにと心を込めてお届けしています
「脱・スピ」「脱・占い」済みの TATHATAです 笑


今日は、「自由意思はない」について
TATHATAの視点から 掘り下げてみようと思います

スピリチュアル界隈では よく聞くパンチワード
「自由意思はない」

なかなか 受け入れられないメッセージです


ヒトは「自分でやっている」とか「自分で決めた」とか
「自分で選んだ」とか「自分が考えた」とか。。。

とにかく、何もかも「自分が○○」と思いたい生き物…

それが ヒト

だからこそ「自由意思がある」と思いたいのですね


中には
全てを状況・環境・他者・世界のせいにしている人もいますが…

そんな人ですら、○○のせいにしているのは 自分ですからね…


「自分」がいないと 何も成立しないわけです

では
「自分」とは何か???


考えたことがありますか?


TATHATAは、そんなことばかり考えています 笑


「自分」について語りだすと
こんな ブログでは書ききれませんから
今日は、横に置いときます


横に置いときますとか言いましたけど・・・

結局は「自分」とは何か?が分からないと
「自由意思はない」の答えには辿りつけません


今日のタイトル「なぜ?自由意思はないのか??」を見て
記事を読んでみようと思った方は
きっと

「自由意思はないの意味がわからない」
「自由意思がないわけがない」
「自由意思があると思いたい」
「自由意思はあるに決まってる」

などなど・・・
「自由意思はない」というワードをご存知で


その意味が 腑に落ちていない方ではないか?と思います


なので、端的に書きます

なぜ?自由意思はないのか??

それは・・・


自由意思を持つ「自分」がいないから

これに尽きます

ですから

「自由意思があるのか?ないのか?」を論じる前に

「自分」とは何か?

について 考える必要があります


はい、めんどくさくなりました。。。

「自分」は自分(私)だろう!!!!
と言いたい気持ち…わかります!

けど

では、「私」とは????



これ以上触れますと
もう1記事2記事3記事・・・
永遠に書けそうなテーマなので

今日は、ここまで


「自分」って 何でしょうね????

考えてみてください

答えが「身体ではない」ことを知っている人は


「自分がいない」ゆえに「自由意思はない」
なぜなら「自由意思を想起する自分がいないから」


この説明だけで
理解できるのではないでしょうか???


最後までお読みいただきありがとうございます
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