今回は、「なぜ私がセルフラブデザイナーを目指すことになったのか?」というテーマでお話したいと思います。その根源には、私が育った家庭環境が大きく影響していると痛感しているので、今日は少し私の過去についてお話させてください。
結論から言ってしまうと、私の育った家庭は決して良い環境とは言えませんでした。まずは父と母の話からさせてください。
恐怖の中で生きた幼少期
父は遅発性統合失調症を患っており、母から聞いた話では、私が1歳くらいの頃から症状が出始めたそうです。年に数回、少ない頻度ではありましたが、母への暴力がありました。
幼い頃の私は、両親が喧嘩し、父が母に暴力を振るうたびに、本当に恐怖を感じていました。次の日学校へ行く時や、帰宅した時に母がもういないのではないか、父が母に暴力を振るっている時、自分も殺されてしまうのではないか、と。常に、父の病気がいつ再発するかわからないという不安と恐怖が、私の心の奥底にありました。振り返ると、私のベースには常に「恐怖」という感情があったように思います。
母子家庭とギャンブル依存の母
私が高校1年生の頃、両親は離婚し、母子家庭となりました。最初は母との関係も良好になったと感じていたのですが、次第にそうではなくなっていきました。
母には、父との生活で溜まっていたストレスもあったのかもしれません。母はギャンブル依存症だったのです。父と一緒にいた頃もその傾向はあったようですが、父がいたことで緩和されていたのか、私は全く気づきませんでした。
二人暮らしになり、私がアルバイトをするようになって家計の状況を知るにつれて、月末になると母からお金を貸してほしいと頼まれたり、ある日突然財布からお金がなくなっていたりするようになりました。話し合おうとしても、母はパチンコに行って逃げてしまうのです。
お金を計画的に使う私にとって、ギャンブルにお金を使うという感覚が全く理解できませんでした。自分の大切な時間や命を、そんな無意味なことに費やしてしまう母に、どうにか抜け出してほしかった。でも、母がパチンコから帰ってくると喧嘩になり、お金がないと言われるとまた喧嘩になる。まともに話し合うことすらできませんでした。
家庭環境が与えた影響
どこかで聞いた話ですが、DVなど両親が争う姿を見て育った子供は、脳の特定の機能が鈍くなるそうです。また、家庭という子供にとっての土台が崩れ落ちるような感覚を覚えるとも言います。
振り返ってみると、私には精神的な安定というものが全くありませんでした。父の病気による不安と恐怖、そして母との不安定な関係によるストレス。そんな状況で、自分を大切にする余裕などあるはずもありませんでした。身近な人から大切にされていないと感じていた私は、自分を大切にすることが全くできず、自己肯定感 低かったです。
カウンセラーの先生からは、父が鬱状態になった時などに母が献身的に支える姿を見て、私は「母に負担をかけてはいけない」と思い、自分の感情を抑えるようになったのではないかと言われました。
今、私が「自分を大切にしたい」と強く思う根幹には、きっとこの過去の経験があるのだと思います。
今日は、私の育った家庭環境についてお話しました。決して良い環境ではありませんでしたが、この経験があったからこそ、今の私があると思っています。
もし今日の話に共感したり、少しでも興味を持っていただけたら、ぜひフォロー、コメント、いいねをお願いします。
それでは皆さん、今日も良い一日をお過ごしください。