ほんとうの声を、押し殺さずに

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コラム

── “あの時、何も言えなかった自分”に、やさしくなれる場



「なんか変だな」って思ったのに、
黙ってしまったこと、ありませんか?

心の中には違和感が渦巻いてるのに、
声に出そうとすると、喉の奥で詰まってしまう。

“空気を読んで”黙ることが、大人の振る舞いで、
“本音を言わない”のが正解になってしまった社会。

僕らはいつから、“ほんとうの声”を押し殺すようになったんだろう。


声をあげるのが、こわい

声をあげると、すぐにレッテルを貼られる。
「過激だね」「陰謀論じゃない?」「意識高い人って苦手かも」──
そう言われたくなくて、何も言わなくなった。

たとえば、少しでも政治や制度の話をすれば、
「またそういう話?」「疲れるからやめて」と距離を取られる。

でも、何も言わずにいたら、
まるで“何もなかった”ことにされていく。

その静かな喪失が、いちばん、こわいんです。


「変だ」と言えない空気

テレビでは、誰も責任を取らない言葉が並ぶ。
SNSでは、誰かを叩くことで安心しようとする投稿が流れる。

「考えてもムダ」
「どうせ何も変わらない」
──そんな言葉に、慣れてしまった僕たち。

でも、感じていた違和感を“なかったこと”にすると、
ほんとうに、自分の“感じる力”まで失われてしまいそうになる。


それでも話したかった

「あのとき、ちゃんと“変だ”って言えてたら──」

後悔って、いつも“言えなかったこと”から始まる。
行動できなかったことより、
「何も言わずにやり過ごしてしまった」自分の方が、あとあと心に残る。

だから、僕は “話すこと” を勧めているんです。

別に、誰かを説得しなくてもいい。
社会を変えるなんて思わなくてもいい。

ただ、「自分はこう思っていたんだ」って、
声に出しておけるだけで、心が少し整うことがある。


“ほんとうの声”って、どこにある?

それは、見つけるものじゃなくて、
誰かと話す中で、ふっとこぼれるものだと思う。

整理されていなくても、まとまっていなくてもいい。
むしろ、そういう言葉の中にこそ、
自分でも知らなかった“ほんとうの気持ち”が眠っていることがある。

ちゃいでも飲みながら、
自分の声を、そっと聴いてあげる時間があっても、いいんじゃないかな。


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ただいま、ゆるっと開店中です。
あなたの話、よかったら、ちゃいでも飲みながら聴かせてください。

言いたかったのに、言えなかった
──その“声”が、ほんとうのあなたかもしれません。


次回予告

「言葉にならない“しんどさ”を抱えたまま働くということ」──
社会や制度に押し流されながらも、“自分らしさ”を手放さずに生きるには?

そんなテーマで、続きをお届けします。

ここまで読んでくださって、ほんとうにありがとうございました。
ちゃいでも飲みながら、少しでも心がほどける時間になっていたらうれしいです。
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