あなたの“自由”は、いま誰の手にあるのか?

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コラム
「自分で選んでるつもりだったのに、いつの間にか“選ばされていた”ような氣がする。」

そんな感覚、ありませんか?

たとえば、こんなことがありました。

海外の国際機関によって、日本の“健康政策”が左右されるかもしれない──そんな話を聞いたとき、「いやいや、さすがにそれは大げさでしょ」と思ったんです。

でも、調べてみたら、どうやら本当らしい。

しかもその方針は、日本の国会での議論もほとんどなく、閣議決定という形で静かに進められようとしている──。

あれ? これって、誰が決めたんだっけ?

僕たちが“自由”だと思っていたものは、実は“仕組みの中での自由”だったんじゃないか。


いま、「WHOパンデミック条約」や「IHR(国際保健規則)の改正」が話題になり始めています。

・パンデミックの定義をWHOが独占する
・各国がWHOの指示に従うことが条文化される
・検査、移動制限、ワクチン接種などへの強制力が強まる

そして──この内容を、日本は“国民に知らせないまま”進めている。

これって、本当に大丈夫なことなんでしょうか?


正直に言うと、こんな話を真面目に書くのは、ちょっと怖いです。

陰謀論って思われたくないし、「不安を煽ってる」と言われたら、それで終わってしまう空氣もある。

でも、それでも僕は、「知っていてほしい」と思ったんです。

なぜなら、これは“個人の選択”に直結する話だから。

今日、どの服を着て、何を食べて、どんな人と会うか。

そんな自由と同じくらい、“医療や移動や暮らしをどうするか”という判断も、
本来は、ひとりひとりが考えるべきものじゃないでしょうか?


言葉にならない違和感が、ずっとあった。

2020年の春。

・「自粛しろ」と言われて、なんとなく従った
・「マスク警察」が出現して、言いたいことも言えなくなった
・「空氣」が怖くて、ワクチンの選択を自由に語れなかった

あのときの感覚を、今も思い出すんです。

「何かおかしい」と思っても、黙っていた。

でも──それで、本当によかったのか?


だからこそ、僕は今「話せる場所」が必要だと思っています。

「自由」って、何かを主張することじゃなくて、

“違和感をそのままにしない”ってことなんじゃないかと思うから。

この喫茶──ちゃい・で・ごめん は、そんな想いから生まれました。

声をあげるのは、勇氣がいる。
話すのも、最初はうまくいかない。

でも、ちゃいを飲みながらなら、少しずつ言葉にできる氣がするんです。


📞 おぢの喫茶「ちゃい・で・ごめん」

ちゃいを温めて、お待ちしてます🫖

ただいま、予約・開店中です。



次回は、「ほんとうの声を、押し殺さずに」というテーマで、
“声をあげる”ということについて、もう少しだけ一緒に考えてみませんか?

ここまで読んでくれて、ほんとうにありがとう。

ちゃいの湯氣のように、ゆっくりとでも、あなたの中の「なにか」が温まっていたら、
それだけで嬉しいです。
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