宵灯をひとつ。
本日も守護者〈アスル〉とのお話をお届けしていきます。
「腕を縛られていたとしても、立ち上がる足は残されている」
「それは少し厳しいのでは?」と聞いてみると、〈アスル〉は唇の端をふっと持ち上げました。
確かに両手を縛られ、座っている状態では、立ち上がることは難しいだろう。
だが、立ち上がる方法はあるんだ。
具体的に言うのなら、片足を折り曲げた状態で横に開き、もう片方の膝を立て、折り曲げた方の足に引っかけるようにすると、腕を使わずとも立ち上がれる。
……ということは文章ではうまく伝わらないから、一度忘れてくれ。
とにかく言いたいのは、何か動きに制限をかけられていたとしても、抜け道はあるということだ。
人は「もう駄目だ」と思う時、自分の全身が縛られているように感じることがある。
だが、それでは取れる動きも取れなくなってしまう。
まずは、自分の状態を確認する。
すると、手だけが縛られている状態かもしれない。
もしくは足だけかもしれない。
あるいは目隠しをされているだけで、手足は自由ということもあるだろう。
ということは、どこか使える部分が残っている。
ないものではなく、今使える部分に焦点を移すんだ。
これは思考や環境でも同じことだ。
仕事では、人間関係はうまくいっていないが、仕事内容は順調かもしれない。あるいはその逆もある。
家庭でも、家事はうまく回っているが、自分の時間がない。あるいはその逆もあるだろう。
本当にすべてのことがうまくいっていないということは、そうそう起きるものではない。
あなたが気づいていないだけで、先へつながる道は残されている。
それに気づけるか、気づかないか。
その道を進むと決めるか、決めないか。
違いは、ただそれだけだ。
人は、いつでも変わりたいと思えば変わることができる。
その機会は日常の中にたくさんあり、小さな選択と決断を積み重ねた先に、変化が生まれていく。
すぐには変わらない。
だが、水面に小石が落ち、波紋が広がっていくように、その変化はいずれ全体へと伝わっていく。
だからこそ、何か縛られているものがあったとしても、使うことのできるものは必ず残されている。
それに気づき、それを使うと決めること。
それが、たとえ手を縛られていたとしても、立ち上がるための力になっていく。
今日は、「縛られているもの」ではなく、「まだ使えるもの」に目を向けるというお話でしたね。
私たちは、どうしても制限されていることや、できないことに意識が向きがちです。
ですが、一度立ち止まって見渡してみると、意外にも動かせる部分や、できることが残っている場合があります。
〈アスル〉は、自分自身でその道を見つけることもできると話していました。
けれど、もし心も体も疲れ切っていて、一人ではどうにも見つけられない時は、誰かに助けを求めてみることも一つの方法です。
誰かの視点が加わることで、自分では見えなかった抜け道が見つかることもあります。
立ち上がる方法は、一つではありません。
今のあなたにできる一歩を見つけることから、少しずつ歩き始めてみてくださいね。
いつも、
魂の案内人〈シリス〉と
守護者〈アスル〉と共に、お待ちしております。
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