ぷれぜん仙人です。
今日は、長期的なゴールに取り組むときのマインドについて考えてみたいと思います。
ゴールには、短期的なものもあれば、長期的なものもありますよね。
ゴールといった場合、多くの人が本当に手に入れたいのは長期的なゴールだと思います。
短期的なゴールって、(ものにもよりますが)TO DOリストみたいなもので自分の意思次第みたいなところも強いですからね。
逆に、人生にとって本当に大きな意味を持つものほど、長期的に取り組まないと手に入らないものが多い。
長期的に繁栄できるビジネスの基盤を構築すること。
健康で長生きできる身体をつくること。
家族や友人と良い人間関係を築くこと。
こういうものは、今日なにかを頑張ったから明日それが手に入る、という類のものではありませんよね。
5年、10年、場合によっては20年という単位で、少しずつ積み上げていく必要があります。
しかし、問題はそれがなかなかできない。
人間はどうしても短期的に物事を考えてしまう。
では、どうしたらよいのか?
というテーマについて書いてみたいと思います!
人間はそもそも「長期戦」が苦手
なぜ、私たちは長期的に物事を考えるのが難しいのか?
それは、人間のDNAの中に、短期的に物事を考えることのほうが合理的だった時代の記憶が、たくさん詰まっているからです。
たとえば文明以前の原始時代を考えてみましょう。
10年後の人生設計を考えることより、今日食べるものを確保することのほうが圧倒的に重要です。
目の前に危険があれば逃げる。
食料がなければなんとか手に入れる。
場合によっては、目の前にいる人間を殺してでも食料を奪うことさえ、自分が生き残るという意味では合理的、必要だった場面もあるでしょう。
また、レイプみたいな形で産まれた子供もいたかもしれません。
現代ではすべて犯罪行為でよくないものです。
しかし、別のそうやって目の前の生存を最優先してきたご先祖様たちがいたから、今の私たちがいるとも言えます。
だから、目の前の快楽や欲求を優先したくなること自体は、ある意味では自然なんだと思います。
でも、現代社会では事情が全く違いますよね。
短期的な合理性だけを選び続けても、5年後、10年後に素晴らしい場所へたどり着けるとは限りません。
むしろ現代では、短期的な合理性よりも、長期的な合理性を選ぶことが重要になっている。
ビジネスでも健康でも人間関係でも、今日1日の行いでは何も成果が生まれない、なんてことはザラにあります。
しかし、それを積み上げないと長期的なゴールには辿り着かないわけです。
今日積み上げても、何も変わらないことができるか?
たとえば、会社員として働いている人が、いつか独立して自分のビジネスをやりたいと考えたとします。
当然ですが、1日や2日で独立の準備が終わるわけではありません。
勉強も必要でしょうし、いろんな経験も必要でしょうし、収入が無い時期に備えるための貯金も必要かもしれません。
半年、1年、場合によっては2年、3年、5年とかかるかもしれません。
ところが現実には、毎日の仕事があります。
朝から晩まで働いて、夜8時に家に帰ってくる。ご飯を食べて少し休んだら、もう9時です。
そこでさらに1時間勉強する。
目の前だけを見れば、そんなことをするより寝たほうが合理的です。勉強したからといって、明日お金が手に入るわけでもありません。来月独立できるわけでもありません。
それでも、1つ積み上げる。
この「今日やっても何も変わらないこと」を積み上げられるかどうかが、長期的なゴールではものすごく重要なんだと思います。
短期的なリターンを求めると、嫌になる
実は、この記事を書いている今日の私も疲れています。笑
頭も少しぼーっとしています。
そして、今日このブログを一本書いたところで、今日の収入はたぶん1円も増えません。来月の収入だって、おそらく何も変わらないでしょう。
それでも、一本積み上げる。なぜなら、これを一件、一件と積み上げていった先で、どこかでブレイクスルーが起こるかもしれないと思っているからです。
記事を読んでくれる人が増えるかもしれない。
そこから仕事につながるかもしれない。
いつか安定的に仕事が流れ込んでくる水道管のようなものができるかもしれない。
もちろん、それがいつ起こるかは分かりません。
半年後かもしれないし、3年後かもしれません。
でも、長期的なものに取り組むというのは、そういうことなんだと思います。
今日の行動に、今日のリターンを要求しない。
ここはかなり大事なんじゃないかと思っています。
短期的なリターンを毎回求めていたら、絶対に嫌になります。
「頑張ったのに、何も起きない」
となるからです。
でも本来、長期的なゴールというのは、今日一個のブロックを置いて、明日も一個置いて、その翌日も一個置くようなものです。
しばらくは、ただブロックが地面に並んでいるだけに見える。
でも、何年も積み続けた人だけが、後になって大きなものをつくることができる。
そういう類のものだと思います。
ただし、根性で積み上げればいいわけではない
ここで一つ、ものすごく重要なことがあります。
「我慢して義務感頑張り続ける」
という話ではない、ということを強調しておきたいです。
むしろ、成果につながる積み上げは、基本的にやっていて楽しいはずです。
少なくとも、どこかに小さな喜びがある。
成功へ続く道には楽しみや喜びがあります。
それは人間の持っている感情という羅針盤が示してくれている大きなヒントです。
他人から見れば大変そうでも、本人にはそれほど努力している感覚がない。
「そういう感覚」がとても大事だと思います。
仕事が終わって夜9時から一時間勉強している人を見て、「よくそんな努力ができるね」と思っても、本人にとっては、それをやりたいからやっているだけだったりします。
ここを気合と根性だけで乗り切ろうとすると、たぶん続きません。
義務感というエネルギーは驚くほど弱いからです。
「やりたいからやる」「好きだからやる」
という人に勝てるわけがないですよね。
人にはそれぞれ「自分の道」がある
だから、万人に共通する正解があるわけではないし、人がそれをやってうまくいったからといって単純に模倣するのも違うのかなと思ったりします。
たとえば、毎日腕立て伏せを20回やる、という取り組みを考えてみる。
それを喜びながら長期間続けられる人もいます。
一方で、腕立て伏せなんて嫌で嫌でしょうがない人もいる。
同じことをやっていても、まったく違います。
5年後にどちらが理想の身体に近づいているかと考えれば、答えはかなり分かりやすいでしょう。
だから私は、感情というものを自分のやるべき道を探す羅針盤、コンパスとして使えばいいと思っています。
「こっちに進みたい」
「これは面白い」
「なぜか分からないけど、これは続けたい」
そういう感覚です。
もし毎日が苦痛で、義務感しかなくて、「こんなこと一秒でも早くやめたい」と思っているのであれば、どこかがズレている可能性が高い。
もしかしたら、原因は長期的なゴールだから苦しいのではないかもしれない。
自分の道ではないものを、長期的にやろうとしているから苦しいだけなのかもしれません。
そこは疑ってみる価値はあると思いますね。
5年後、10年後のために、今日一個だけ積む
話をまとめます。
長期的なゴールというのは、今日1日の頑張りで何かが生まれるわけではない。
まず、それを認識して覚悟するということ。
そして、「自分の道」を見つける。それが誰かの道ではなく、あなたの道であるなら楽しく、喜びをもって継続できるはずです。
あとは、気長に長期的に取り組むつもりで、定期的にブロックを1個ずつ積んでいくことですね。
その際には、以前紹介した「日記」というツールがとても効果を発揮するはずです。
価値あるものには長期的なコミットが必要
本当に価値あるものを構築したければ長期的なコミットが必要になります。
夫婦関係だってそうです。
今日腹が立ったから怒鳴る。嫌になったから関係を切る。
そんな風に目の前の感情だけに従っていたら、長期的な関係はつくれません。
投資だって同じです。
目の前にある1万円を、今日の快楽のために使うこともできます。あるいは、10年後、20年後のために残すこともできます。
健康もそうですよね。
今日1日健康的な食事を食べても、ジャンクフードを食べても、大した違いは生まれません。そも、それが5年、10年続いたら大きな変化になって現れます。
人生の重要なものの多くは、こうした選択の積み重ねでできています。
だからこそ、たまには5年後、10年後という時間軸で、自分の人生を眺めてみるのもいいと思います。
今日やっても何も変わらない。
来月になっても、何も起きないかもしれない。
それでも「やってみたい」と思えるもの。
5年後、10年後に成果が出るかもしれない。でも、それでも積み上げてみたいと思えるもの。
そんなゴールを、一つ設定してみる。実際に行動してみる。
それはとても大きな価値のある行為だと思います。
その際には、自分の心の声を大切にすべきだと思います。
合理性や損得で考えても心の声は聞こえてこないはずなので。
そして、そのゴールに向かって、今日一個だけブロックを置く。
そういうゴールを一つ持っているだけで、人生はすごく豊かなものになる気がします。
ぷれぜん仙人