こんにちは。子育て&教員のマインドサポーター、hanaです。
ようこそお越しくださいました。
今日は(も)雑談回でお送りします。
先日、和菓子屋さんに行った時のこと。
私が入店すると、店内ではご高齢の女性の甲高い声が。
女性「で、これは、つぶあんなの? こしあんなの?」
店員さん「こちらはこしあんでございます。」
女性「私、つぶあんが好きなのよ。つぶあんの方が健康にいいんだから。・・・このお饅頭は? つぶあんなの? こしあんなの?」
店員さん「・・・こしあんです。本日お出ししている商品は、全てこしあんでして・・・。」
女性「なんでわざわざ粒を取るの!? つぶあんの商品を出しなさいよ。お客の健康を考えるのも企業努力よ!」
こんな感じのやりとりが続き、結局、その方は何かをお買い上げになり、最後まで怒鳴り散らしながらお店を後にしていきました。
そういう状況のお客様に対しても、店員さんはドアの外まで出て、「ありがとうございました。お気をつけて。」とお見送りをしていました。
ここまで読んでいただいて、どんな感想を持たれましたか?
私は、「第三者」的に聞いていただけですが、
「このおばあちゃん、他の和菓子屋さんでこしあんのおまんじゅうを買えばいいのに。『こしあんのお饅頭はありますか?」って尋ねて、ない、と言われたら、『そうですか、じゃ、またた来ますね』でいいと思うけどな・・・。」
と考えていました。
さらに、「聞いているこっちまで、ちょっと不快になるなあ。気分良く買い物したいんだけどな。」とも思ってしまいました。
似たような場面、よく見かけますよね。
スーパーでギャン泣きしているお子さんを大声で叱り飛ばしている親御さん。
静かな図書館で、背負った赤ちゃんが泣き出しても、本を読み続ける親御さん。
衣料品店で、山積みで売られている靴下の中から、自分の好きなものを探し出そうと、ぐちゃぐちゃに山を崩して、落としても気にしない人。
書店で、平積みしてある本を手に取って、元の場所に戻さず違う場所に置く人。
人によっては、「いらっ」とする場面だと思います。
こんなとき、私は、「目の前で起きていることと、自分の感情は、何の関係もない」と思うようにしています。
だって、私に直接の害はないから。
「いらっ」とするかどうかは、自分次第なのです。
和菓子屋さんの話に戻しますね。
私は、一瞬「不快」に感じたのですが、すぐにその考えを手放しました。
私は美味しい和菓子を買いに来たのです。
その目的を達成することができたら、それでいい。
いろいろな人がいるのですから、いちいち反応していたら、感情を動かすエネルギーが無駄になってしまうような気がするのです。
そんなことで感情を動かすなら、感動的なエッセイを1本読んだ方がずっといい。
私は欲しかった和菓子を探しましたが、あいにく売り切れてしまったようで(本日完売、の札がありました)、別のお菓子を手にして、レジに向かいました。
先程、大声で怒鳴られていた店員さんが接客してくださいました。
私が笑顔で「ありがとうございました。」と言うと、
「今月、初めてのご来店ですよね? どうぞ。こちらはサービスです。」
と、小さな最中をくださいました。(覚えられているぐらいよく行っています。(笑)
私は嬉しくなって、また笑顔で「ありがとうございます。」と言いました。
店員さんは、「いえいえ。またよろしくお願いします。」と笑顔で出口まで見送ってくれて、先程のおばあちゃんに対してしていたことと同じように、お店の外に出て、「ありがとうございました。お気をつけて。」と深々と礼をされていました。
私も振り返って、笑顔で会釈をしました。
気分良く買い物ができました。
あのおばあちゃんも、怒鳴り倒して、さぞお疲れなんじゃないかな。
自分の機嫌は自分でとりながら、穏やかにお過ごしになったらいいのにな。
そんなことを思いながら、帰宅した今、いただいた小さな最中を食べています。
しっとり甘くて、本当に美味しいこしあんです(笑)。
おばあちゃんが何をお買い上げになったかわかりませんが、美味しくいただいて機嫌を直しているといいなあ、と思います。
何かを目にして、不安、怒り、悲しみ、嫉妬、恐れなど、マイナスの感情が湧いてくることがあったら、「それって本当に私に関係ある?」って考えて、手放してみるのもいいかな、と思います。
言うほど私も簡単にはできないことなんですけどね。(今回はたまたま上手に手放せただけかな。)
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!