生きづらさの正体は、性格じゃなくて認知の癖だった

生きづらさの正体は、性格じゃなくて認知の癖だった

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こんばんは、廣瀬(ひろせ)です。

僕は普段、「やる気に頼らず人生を好転させるヒント」をテーマに発信をしています。

今日は仕事の合間にコンビニでコーヒーを買ったんですが、レジの店員さんがすごくテキパキしていて、「この人、仕事できるんだろうな」と勝手に感心してしまいました。何気ない一言の返し方とか、動きの無駄のなさとか、そういう細部に人柄が出るなと、妙に印象に残った出来事でした。

……とはいえ、そんな穏やかな気分になれる日ばかりでもないのが人生で。

実は僕自身、つい最近もこんなことがありました。

たった一通のメールを送り忘れただけで、 「自分は社会人失格だ」まで思考が飛んだことがある。

こんな経験はないでしょうか。

・LINEの既読が半日つかないだけで「嫌われたかも」と考える
・仕事でひとつ指摘されただけで「向いてない」と思う
・人と少し話がかみ合わないだけで「自分が悪い」と感じる

小さな出来事のはずなのに、なぜか「自分の存在そのもの」まで否定されたような気持ちになる。

僕はこれを、ずっと「自分の性格の問題」だと思っていた。

生まれつき繊細で、打たれ弱くて、気にしすぎる性格。
だから他の人より生きるのがしんどいんだ、と。

でも、それは勘違いだった。

生きづらさの正体は「性格」じゃない
心理学の世界には、ABC理論という考え方がある。

出来事(A)→ 思い込み(B)→ 結果としての感情(C)

人を苦しめているのは出来事そのものではなく、その出来事を「どう解釈するか」というプロセスという考え方だ。

メールを送り忘れたという出来事(A)自体には、「自分はダメな人間だ」(C)まで導く力はない。その間に、「ミスをする人間には価値がない」という僕自身の思い込み(B)が勝手に挟まっていただけだ。

これは性格じゃない。ただの思考の癖だ。

性格は変えにくい。でも癖は、気づけば変えられる。

このたった一つの違いに気づいたとき、僕は少しだけ楽になった。

なぜ人は「悪いほう」に解釈してしまうのか
人間の脳は、生き延びるために「危険を先に察知する」ようにできている。小さな違和感やミスを、実際以上に大きく評価してしまうのは、脳としてはむしろ正常な反応なのだ。

さらにやっかいなのが、自己効力感が下がっているときほど、この「悪いほうに解釈する癖」が強く出るということ。

挑戦して結果が出ない経験が続くと、 「自分にはできない」 という前提そのものが強化される。

そして次に何かが起きたときも、同じ悪い解釈のパターンを、無意識にまた選んでしまう。

つまり、生きづらさを感じやすい人は、性格が弱いんじゃない。
悪い解釈のクセを、たまたま強く学習してしまっただけだ。

たった一つの質問で、自分を責める回数が減った
理屈がわかっても、感情はすぐには変わらない。

だから僕は、たった一つの練習だけを続けた。

「今、自分はどう解釈した?」

感情が動いた瞬間、自分にこう聞くだけ。

メールを送り忘れて「自分はダメな人間だ」と思った瞬間も、一度立ち止まって聞いてみる。

「本当に、送り忘れた=ダメな人間、なのか?」
「他に説明のしかたはないか?」

すると、 「最近立て込んでいて、確認の仕組みが甘かっただけかもしれない」 という、もっと事実に近い解釈が出てくる。

人格の否定ではなく、単なる仕組みの改善点として扱えるようになる。

最初はうまくいかなかった。感情が先に動いて、立ち止まる前に落ち込みきっていることも多かった。

それでも繰り返すうちに、「一拍置いて考え直す」という新しい癖が、少しずつ育っていった。

癖なら、変えられる
生きづらさの正体が性格じゃなく癖だとわかってから、僕は自分を責める回数が減った。

完全になくなったわけじゃない。

でも「これは性格の欠陥じゃなくて、直せる癖なんだ」と思えるようになっただけで、同じ出来事でも受け止め方がまるで違ってくる。

もし今、 「自分はどうしてこんなに生きづらいんだろう」 と感じているなら。

それはあなたの性格が弱いからじゃない。

これまで積み重ねてきた解釈の癖が、たまたま今のあなたを苦しめているだけかもしれない。

癖なら、変えられる。
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