前回の続きを書いていこうと思います。
望みを叶えたいとき、良い感情を持ち続けることは大事ですが、また足かせになってしまうものは不安感と恐怖心を持ち続けることです。恐れの感情はスムーズな流れをストップさせてしまいます。なぜかというと恐れの感情は何かをやり続けることを中断させてしまったり、執着心をつくりだしてしまうからです。執着心は「こうでなければならない」という思考ですが、その思いは一気に増幅しやすく叶えるためのルートを塞いでしまいます。
~恐怖心をなくす方法~
恐怖心に打ち勝つ方法は、まず恐怖の正体を知ることです。
実は恐怖を含むすべての感情と思っているものは『過去の体験記憶(固定観念も含む)からつくられていて、思考と体感に分かれている』ということを知ることです。
私たちの脳は記憶の学習能力を持っていて、例えば過去に酸っぱい梅干しを食べたことがある人は、梅干しを口にいれることを想像するだけでも唾液が多く分泌されます。これは脳の海馬に記憶されていた過去の経験が、梅干しのイメージ(思考)と体の働き(唾液の分泌)を結びつけているからです。恐怖も同じです。過去に起こった経験や刷り込まれた観念が怖かったと覚えれば、何か起こったときに、その過去の記憶の中に関連しているものがあると脳が認識したとき恐怖感情(思考と体感)が引き起こされます。この記憶の学習のプロセスは学問用語で「古典的条件付け」と言われているものです。
恐怖の感情を脳科学的にみると、思考と体感に分離できるのです。思考とは今まさに「なんか怖いなあ」「やりたくないなどうしよう」などと頭の中で考えていることです。体感とは、震えや動悸、不快ホルモンが分泌され胸がざわざわしたり、もやもやするなどのいやーな感覚、つまり五感で感じる体感のことです。
思考は脳に指令を出して特定の体感を作り出すが、過去の体験記憶から引き起こされて起こる学習のプロセスでできた体感もまた特定の思考を作り出しているのです。つまり先に嫌な体感が起こるから怖いと思わされているのであって体感に騙されて怖さを感じて頭で嫌なこと、怖いことだと考えてしまっているといえます。嫌な体感が全くなければ不安や恐怖を感じることはできないからです。なので嫌な体感と思考を意識の中で完全分離させてお互いを結び付けなければいいのです。この現象は鬱状態のメカニズムにも関係しています。
体感は過去の記憶の学習によって起こっているだけで今現在の自分がすることには全く関係ないものです。いわば古いエネルギーであり、過去に囚われているということです。
今はやってみるまで誰も結果はわからず決まっていないのです。未来は必ず変えられます。恐怖するメリットはなく、それどころか望む未来を妨げます。望んで行動する過程で恐怖しなければ宇宙は常に最善の道を用意してくれています。
それに気づくことさえできれば、体感は相変わらず引き起こされてしまうかもしれませんが思考はポジティブに保てます。最初体感に負けずに思考がポジティブになれれば行動でき後に体感も変わってきます。より良い選択ができます。望む現実へ早く行けます。
思考から意識を変えていき、嫌な体感は後からコントロールできるようになれればいいのです。
恐怖心がないと危険察知できなくて危ないのでは?と思うかもしれません。しかしわざわざ恐怖しなくても自分には最善のことしか起こりえなく、必ず守られていると自分の世界を信頼することです。
しかし、病的な不安障害も含めどうしても嫌な体感が思考に勝てず行動の邪魔をしてしまう方も少なからずいらっしゃると思います。
次回は、どのように不安や恐怖の体感をセルフコントロールしていくか書いていきます。