おはようございます。
窓の外から聴こえる様々な音、さらりと届いてくる風の
心地がとても気持ちのいい朝です。
昨日のお話の中でジャッジということについて
でてきたのだけど
ジャッジする隙なく、事は起きています。
”起きたもの”に私たちはジャッジしているのですものね。
起きたことや現れたものは
気付いた時にはもう起きちゃってるし
現れちゃってる。
それが完璧だし、自然なのですね。
そして、それぞれの人には生きてきた中で
理想のようなものが自然にできていて
そのイメージが正解になってしまっていることが
無意識にあるのかもしれません。
固く自分というもの、今まで作りあげられてきた
”私”や、”私の人生”を握りしめていることで
どうしても思考、想像の中から抜けられず
雲となって、ここが見えにくいかもしれません。
な~んにもない。
でも、満ちていて・・・
その時その時まっさらなのです。
引き継いでいるものは頭の中だけにしかないのでした。
ジャッジが起きたらそれが起きたこと。
それもいのちの表現。
完璧な理想というものもなく
ただただ、ただの いのち というのかこの様子だけ。
でもそのただの様子が
パワフルな全体そのもので特別。
あなたもわたしも、特別だし、
ジャッジなんてできないいのちの表現なのです。
み~んな良し〇なのでした。