不完全という完全性

記事
コラム
おはようございます。


昨日は数年ぶりの友人と会いました。
数百万という詐欺にあったような話を聞きました。
私たち人からすると不完全だという現象ですが、
彼女の背後にもさまざまな思いがありの
その現象なので、これもダメなことだとも
判断することはできないのですね。


最近自身も深い溝に落ちたり
金額は少ないけれど詐欺にあったり
お電話のお話でも
命を終わらせたいということから
さまざまの現象が現れます。


不完全さは完全。


私たち人は良い悪いと分離させて
物事や世界を見るのが普通ですが
全体、ひとつというところからは
その表現として
ひとつながりの中ですべてが起きてきているので
良い悪いと分離させてみている
それらの不完全さも
ひとつの完全な現れなのですね。


悲しいも嬉しいも
どのような表現もあっていい。


それら一つ一つ
私たちがしているように見えて
全体というひとつの表現なのです。


悪いことが起きた


それを悪いことと捉える目に気づいていく・・・
サラさんはひたすらそれをしてる気がします。


全体、ひとつの表現は分離していません。


そのようにただ起きている


不完全なことはあふれてるように見えるかもしれないけれど
実はそのような状態も
人の都合を超えた完全な働きの上のことなのですね。





サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す ココナラコンテンツマーケット ノウハウ記事・テンプレート・デザイン素材はこちら